プロローグ
書き直し始めました。※2010.06/28
影が伸びて周りが次第に暗くなる。ぼんやりと空を見上げればまるで大きなオレンジがそこにあるような、微かに揺れているようにも見える夕日が沈んでいく代わりに空にある月が顔を出した。
月を見上げた佐藤 栖衣は思わず口を開いた。
「すごい、綺麗」
思わず足を止めた彼女はミュールの踵をカツン…と鳴らして地面を歩いた。上を向きながら歩く栖衣はふと立ち止まると顔を出した月を見て、そして地面に視線を落とした。
「はぁ」
今年二十一歳になる栖衣は大学三回生だ。梅雨があけた6月の後半に当たる今、栖衣は五月病ならぬ六月、七月病を迎えようとしていた。夏から始まる就職活動、就職活動なんて四回生が行うものだと思っていた栖衣は学年の上がった初日のグループ面談でそれを聞かされて呆然としてしまったのを覚えていた。
「就職のことなんてまだ考えたくないのに」
栖衣は今時の大学生には珍しくバイトをしたことがなかった。それは彼女の家の環境が関係していた。栖衣の家族は栖衣を入れて四人家族だ。栖衣に栖衣の兄が二人で三人兄弟、それに父親がいて合わせて四人家族、母親を幼いころになくした栖衣は母親代わりに昔から学校から帰ると家の家事を全て引き受けてこなしていた。
頭がそれほどいいわけでもなく、運動もそれほどできるわけでもない。それでも栖衣は家の家事だけは何年も続けていたおかげで人並み以上にできた。中学時代から部活と言うものを一切したことがなかった栖衣は大学に入っても講義が終わればすぐに家に帰ってしまうのでバイトもサークルもすることができなかった。
「明日は個人面談で、今度の木曜日はエントリーシートの添削・・・やだなぁ」
夜道でぶつぶつ呟いていた栖衣は足を止めると自分のお腹に手を当てた。
「お腹すいた。はやく帰らないとお父さんたち心配するよね」
珍しく遅くなってしまった大学からの帰り道に栖衣は腕時計を眺めた後、少し駆け足でそこから走り出した。
「なに、ここ」
栖衣は目をぱちくりさせた。家に帰ろうと一歩あの道路から踏み出そうとしたはずなのに、気がつけば栖衣は見たことも無いような豪華な部屋の豪華な寝台の上に座り込んでいた。唖然としてしまった栖衣だったが現実的に考えてありえないとしか思えないようなこの出来事に栖衣はある仮説を立てていた。
「これは夢。」栖衣は寝台に座り込んだまま部屋の全貌を眺めた。
(お姫様願望なんて無かったと思うんだけどなぁ・・・っていうか何!?このふかふかなお姫様ベッド!)
ふわふわのフカフカに唖然としながら栖衣は自分の座る寝台を指でさらさらと撫でた。さっきまで外を歩いていた格好のまま寝台に上がるのは忍びないと感じながら、(どうせ夢じゃない?)と心のどこかで思っていた栖衣はお気に入りの緑色のリボンのついたミュールを脱がずに足を寝台の上に乗せた。
「うわ、悪いことしてる気分」
「ベッドに土足で登るのは感心しませんよ、姫?」
耳元で聞こえた背中を駆け上がる男性の声に栖衣は体を強張らせた。
「!」
「ようこそ、トッカの民の下へ!異世界の姫様」
栖衣は声の聞こえる方へ顔を向けた。しかしその声の主は見つからない。
「へ?へ、へ?」
「こっちです。もっと下を見てください」
声に誘導され、栖衣は恐る恐る寝台の下を覗き込んだ。
「ね、ねねねねねねこぉ!?」
「ネコ?あぁそういえば姫様の国では俺たちのような生き物をネコと呼ぶんでしたね。」
「え、嘘?何で猫が喋って!?」
「ネコじゃありません。俺は王宮近衛軍騎士団長、アラン・バーゴインです。アランと呼んでください」
栖衣に聞こえるのは年上の少し低めの男性の声。しかし栖衣に見えたのは寝台の横に二本足で立つ短毛種の白い猫の姿だった。
「え!?え、ええぇ!?人形!?リモコン!?おもちゃ!?」
「玩具ではありませんよ。行き成りのことで混乱していると思いますが俺の話を聞いてください、姫」
言葉のキャッチボールができると知った栖衣は、驚いて青くなった顔を一層青くして寝台の上でピョン!とはねて固まった。栖衣が「ひぃぃぃいい!!!」と叫び出してしまいそうなのを見て寝台の横に立つ白い猫は器用に首をすくめて見せた。
「やれやれ。少し落ち着いてください、ね?俺の話を聞いていただけますか?」
「う、・・・はい」
寝台の上で縮こまる栖衣に彼は話しかけた。
「アナタはこの国の救世主となるべく最高魔術師によって召喚された乙女です。姫には悪いとは思いましたが母国のことはお忘れください。これからは俺たちの血族の花嫁となり」
「・・・は、花嫁ぇ!?」
アランの言葉に栖衣はもう一度寝台から跳ね上がった。歩いてたらいつの間にか豪華な部屋にいて、二足歩行の変な猫に会って、それでその猫の血族がどうちゃらで・・・それで、
「ようやく話を聞いていただけるみたいですね」
「は、花嫁って6月になると幸せになれるとかそういう?え?結婚とかそういう感じの花嫁!?」
寝台から身を乗り出して、目の前の白い猫に間抜けな顔を晒しながら栖衣は彼にそうなのかと質問した。
「はい。姫には花嫁となって一族の子供を産んで頂きたく召喚させていただきました」
栖衣は寝台から体を突き出した格好のまま落下し、受身も取れずに顔から地面へと着地した。