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とりっく+ほりっく!

作者: ごごまる

 ――さぁさぁ皆さん、私の右手にご注目。


 その言葉を信じたが最後、この世界は彼女の思ったとおりに姿を変える。

 きっとそれを一発で、いや数十回やられたとしても見抜くことはできないだろう。

 かく言う自分も見抜けていないのだが。


 教室が歓声で満ち溢れた。


 まだだ。

 きっとすぐに、もっと大きなサプライズが待っている。


 ――では、さきほどお借りした筆箱の中を見てみましょう。


 その言葉を疑ったが最後、それこそ彼女の狙いどおりだ。

 まさか、と思うからこそ驚きが増幅する。


 今度の歓声は、まるで悲鳴のように聞こえるほどの盛り上がりだった。


 ――物を瞬間移動させるくらい、私には容易(たやす)いことですよ。


 すごい。

 本当にすごい。


 俺の幼馴染は、そんなマジシャンだ。


――――――――――――


 細川(ほそかわ)縷々(るる)は両親がマジシャンだった。

 今もなお世界中を飛び回り、人々に幻想を魅せる両親。


 そんな親に憧れて、縷々もマジシャンを目指すことになった。

 その才能は天性そのもの。

 小学生の頃からショーやテレビ出演を繰り返し、すぐさま世界から注目されるほどの存在になった。


 しかし、彼女は世界へ渡る決断をせずに地元の中学校へ進学。

 現在に至っては高校生だ。


 彼女が日本に、それも地元にこだわる理由は二つある。

 ひとつは学生のマジックへの食いつきの良さだ。

 目の肥えた人間よりも騒ぎ、叫び、フランクな反応をしてくれる。

 縷々にはそれが快感だった。


 そしてもうひとつ、縷々のファン第一号が近くにいるから――。


「おはよ、しゅーくん」


 斯波(しば)秀悟(しゅうご)は縷々の幼馴染。


 縷々の両親は一年のだいたいを海外で過ごしてしまうため、彼女は隣近所である斯波家のお世話になることが多かった。

 その中でも秀悟とは同い年であったことからすぐに打ち解けた。

 縷々が試作段階のマジックを見せるのは師である両親か、秀悟にだけである。


「縷々、今日も一発やってよ」


「えー? 普通ならお金取る行為なんだけどなー」


「とか言いつつ、やりたくてウズウズしてるだろ」


 秀悟は縷々のマジックが大好きだった。

 お互いに需要と供給の釣り合った関係。

 それが彼らだ。


 そんな二人の間に割って入った人影がひとつ。


「はいストップ! 朝から卑猥に聞こえる会話しないの!」


 畠山(はたけやま)璃子(りこ)は高校に入ってからの友人だ。


 幼馴染という関係の二人をカップルだと勘違いし、そこからダル絡みしてきたのが始まりだった。

 今では誤解が解けていて、二人とはとても仲の良い同級生となっている。


「『一発やる』『お金取る行為』とか全部アウトだよ。周りで噂にでもなったらどうすんの」


「いや璃子、マジックの話だからな?」


「わかってるってば!」


「まーまー、璃子ちゃん。お花でも見て落ち着いてよ」


 何もなかったはずの縷々の右手からバラが召喚された。

 もちろん造花だが、一瞬で物体を取り出すこと自体がとんでもない芸だ。


「うぉぉぉ! 今日も縷々は最高だな! どうやってんの、ねぇ」


「しゅーくんにあげるためにやったんじゃないんだけどね。まぁいっか」


 塩対応のように振る舞っているが、縷々の顔はニヤけきっていた。

 褒められると思わず笑ってしまうマジシャンと、ちょっとの怪奇現象で興奮する観客は、はたから見るといちゃつくカップルだ。


 今日もうるさくなるな――と璃子だけが頭を抱えていた。


――――――――――――


「今日の日直は細川。ちゃんと黒板消せよー」


「はーい」


 担任が簡単にHR(ホームルーム)を済ませ、時計は刻一刻と授業へ進んでいた。


「しゅーくん、最初の授業なんだっけ」


「数学」


「教科書貸して。忘れちゃったから」


 秀悟と縷々の席はいつも隣同士。


 縷々は否定しているが、彼女がマジックのテクニックを駆使して秀悟の隣に座れるよう工作したなんて話もある。

 席替えはくじ引きで決まるのだが、それなのに縷々は毎回秀悟の隣になるのだ。

 怪しすぎるが、まだ誰も真相を見破れないままでいる。


「貸すって、授業中じゃなくて今?」


「そう。ちょっと見せて」


 縷々が手を差し出してくるので、それが今すぐに貸せという合図だと秀悟はすぐに気づいた。

 秀悟が縷々の左手に教科書を乗せる。


「しゅーくん。教科書一冊だけだと、もしも今日みたいに忘れたら大変だよね。だから――」


 縷々が右手を教科書の前をゆっくり通過させると、左手にあったはずの本は二冊に増えていた。


「これで安心。貸してくれてありがと」


「……教科書って手の中に収まらなくない? どうやって隠してたの」


「うーん、秘密。あ、特別にノートも出しちゃうね」


 次は物が出てくる瞬間を片方の手で隠したりせず、一瞬にして右手からノートが出現した。


 その光景が秀悟以外の同級生にも目撃され、いつものような歓声が聞こえてくる。


「またルルのマジックショーだ! 今日もすごいのが見られるぞ!」


 誰かが叫ぶとクラス中の視線が縷々へと注がれた。


「しょうがないなー。大きいのは昼休みにね。小さいマジックだけやってあげる」


 縷々は筆箱から消しゴムを取り出すと、それを左手で握った。

 左にできた握り拳の上に右手を乗せ、手の甲を包むように隠す。


「私の消しゴムって使い古して小さめだからね。こうやってちょっと振ると――」


 縷々が拳を一度だけ大きく振った。


「細胞貫通しちゃうんだよね」


 右手をどけると、消しゴムは握り拳の上――ちょうど右手で隠していた手の甲――に瞬間移動していた。


「うぇぇぇぇ!」


「キモ、スゴ!」


 秀悟は事前に見たことがあったマジックだったから、恐怖にも似た感嘆の念を抱くことはなかった。

 それでもすごいことはすごいし、摩訶不思議な点に変わりはない。


「最初はここまでね。また昼休みに」


 そう言いながら消しゴムを出現させたり、消滅させたり。

 縷々自身、マジックのしすぎで手が無意識のうちに動いてしまっていた。

 時には秀悟の机に置かれてあった物にまで手を出し、即興でマジックのネタにしてしまうこともある。


 つまるところ、彼女は中毒になっていた。

 人を騙さないと落ち着かない、そんな中毒に――。


―――――――――


「縷々。お前、授業中に何やってたんだよ」


 秀悟が聞いたのは、授業中に縷々が起こした行動について。

 くるくるとペン回しをしていたと思ったら、突然彼女の持っていたシャーペンがステッキへと変わったのだ。


 ちなみに、縷々のペン回しも常人には不可能な領域にある。

 ただ1回転させるのではなく、さらに早く、5本指すべてを使って回していた。


「ペン回しってさ、やってみると集中力上がる感じするじゃん? ステッキくらい長いものなら比例して集中力も持続するかなって」


「どんな原理だよ、それ。先生に怒られてたじゃねぇか」


「でもちゃんとしまったじゃん」


 縷々の握っていたペンがステッキになった時にちょうど教師が縷々を見ていて、すぐさま見つかった。

 縷々は成績優秀であるものの、クラスの生徒を熱狂させてしまう存在だったから、小さい問題を頻繁に引き起こしていた。

 今回のステッキ騒動もそのひとつということになる。


 でも、縷々は居心地が悪くなるなんてごめんだと感じていた。

 注意されればすぐにステッキを消し、もう一方の手からシャーペンを取り出す。

 身のこなしが完璧すぎて、教師も褒めかけるくらいだ。


「しゅーくん。お昼休みですが、お弁当は何が食べたいですか?」


「……どういうこと」


「お弁当に入ってたら嬉しいもの。ほら、言って」


「ハン――」


「ハンバーグだよね。知ってる知ってる」


 縷々が勝手に秀悟のカバンから弁当箱を取り出し、机の上に置いた。

 またその上にスカーフを被せて弁当箱を隠す。


「しゅーくんにはミスディレクションを教えちゃったから、いつもバレないかヒヤヒヤするんだよね」


 ミスディレクションとは視線を一点に集中させるテクニックだ。

 片方の手に注目させるのは、もう片方の手でしている何かしらの行動から注意をそらすため。

 そのことを秀悟に教えてから、彼はマジックのネタを見破ろうと全体をくまなく見るようになった。


「――まぁでも、こうやって雑談してるのもミスディレクションの一部なんだけど」


「マジか!? 油断してた!」


「ざんねーん! もうマジックは終わってますよーだ!」


 縷々がスカーフを上げると弁当箱そのものが変わっていた。

 秀悟のものではなく、縷々の弁当箱だ。


「はい。今日はこれ食べてね。しゅーくんのお母さんにも話は通してあるから、遠慮しないで」


「待て待て! もう一回マジックやって! 次はわかる気がするから!」


「ダメ! 私の手作りお弁当食べてからにして!」


 いちゃいちゃ、と擬音が聞こえそうな幼馴染たち。


「……あんたら、もう付き合いなよ」


 璃子の声が二人の声を鎮めた。


「いやいやいや。俺は縷々のマジックが好きであって、縷々のことは別に……」


「私も、しゅーくんはマジックの実験台だと思ってるから……。お気に入りの『物』って感覚」


 二人はお互いに言い合うと、顔を見合わせて「ねー」と声を揃えた。


「普通、気にもならない異性に弁当なんて作らないけど」


「え、それくらい普通じゃない?」


「風呂もな。今でもたまに――」


「ストップ! 聞いたあたしがバカだった……」


 顔を赤くさせたり、ニヤけたり、ヒソヒソと話したり――。

 クラスメートの反応はそれぞれだった。


「しゅーくん、エッチだもんね。『裸でマジックしてみろ』なんて言っちゃってさ」


「違うって。裸なら隠す場所がないから、見破れると思ったんだよ。お前、下着の中にも隠すじゃん」


「あー。中学の時にやったよね、下着マジック。懐かしいなー」


「――待って。秀悟さ、マジックのために混浴してるの?」


「おう。マイクロビキニ着せてるけどな」


「うわ、引く……」


 璃子は軽蔑の念を思いっきりぶつけたが、秀悟には届かなかった。

 見えないためにマイクロビキニを着せているのだろうが、余計に卑猥なシチュエーションになっている気がする。


「水着のほうが実はやりやすいけどね。しゅーくん、胸ばっかり見るからミスディレクションが簡単に――」


「違う! 谷間に隠してるかもって……」


「あ! そう言って、触りたいだけでしょ」


「誤解だ!」


「素直に言ってくれれば……。あるかもよ?」


 (あや)しく(わら)うマジシャンには、考えの読めないミステリアスな雰囲気があった。


――――――――――――


「しゅーくん、帰ろ!」


「俺の家? 縷々の家?」


「私のほう! 今日は重大発表があります」


 縷々は大きな赤い布を両手に持っていた。

 帰る前にマジックをやるらしい。


「重大発表が気になるけど……。帰るまでのお楽しみか」


「そそ。はい、布を被ってー」


 縷々が赤い布を投げ、秀悟の視界が赤で覆われる。


「おい、これじゃ何も見えねぇぞ」


「うんうん。……もういいよ」


 一瞬だけ暗闇が見え、その後に空気が暖かくなる。

 縷々から許しが出たので、秀悟は布を顔から取り目の前を見ると――。

「えぇ!? 縷々の家じゃん! は!? どうなってんの!」


「えへへー。やっと()()()()


 起きた、とはどういうことか。


「……あれ? ベッドの上? てか、何、この鎖」


 秀悟は縷々のベッドに横たわり、手かせ足かせを装着されていた。

 拘束され、体を動かすことができない。


「はい、では重大発表! しゅーくんは、今日から正式に私の『物』でーす!」


 パッ、と両手から紙ふぶきを出す縷々。

 何が起きているのか秀悟は理解できない。


「る、縷々……。何がどうなってるのか……」


「今日だけネタバラシしちゃおっか。そうだなー。ヒント、お弁当」


「は? うまかったよ……?」


「うんうん。隠し味にお薬が入ってたもんね!」


「く、薬!?」


 驚愕する観客の反応が、縷々の脳内に電流のような刺激を感じさせる。

 驚かせることが気持ちよくってたまらない。


「もうね、お弁当入れ替えマジック自体がミスディレクションだったんだよ」


「……で、何? 俺はどうなってたの?」


「うん? そりゃ、倒れたよ。ここまで運ぶの大変だったんだから」


 縷々が秀悟の服に手を入れた。

 上半身を彼女の細い指がくすぐっていく。


「ミスディレクション……。私の得意なトリックだけどさ、これって本心を隠すものなんだよね。私はネタバラシしたかったんだけど、隠すのが得意でも見せるのが下手で……」


「は? 本心?」


「うん。しゅーくんのこと、ある意味では好きだよ。だから物として、手元に置いておきたくなっちゃった」


 縷々が秀悟の胸に頬ずりをする。

 体温と匂いを堪能し、恍惚とした表情だ。


「気がついたのはね、璃子ちゃんにカップルって間違えられてからなんだ」


 秀悟に顔をうずめながら縷々は続ける。


「恋愛じゃないけど、しゅーくんのことはたしかに好きだった。胸とか見られるとからかいたくなっちゃうし、かわいいかもって思えたし……。なんかね、『飼えたらなー』って願うようになったんだ」


「何言ってんだよ! これ、犯罪じゃないのか!?」


「しゅーくんが合意ならセーフでしょ。消しゴムとかお弁当は簡単に盗めるからね、次は心を盗む番」


 自分が使えるのは『マジック』なんて名前だけれど手品(トリック)であって魔法(マジック)じゃない。

 それでも、その手品(トリック)がやめられない。

 それを構成する物として、なんとしてもしゅーくん(お客さん)を釘付けにしなければいけない。


「ルルのマジックショー、はじまりはじまり。キミの理性、すぐに消しちゃうから」


 その開会宣言を耳元に貼り付けてから、縷々の脳内はさらにスパークした。


――――――――――――


「おはよ。あれ。縷々も秀悟も手なんか繋いで、どうしちゃったの」


「えへへ。私たち、付き合うことになりましたー!」


 ――さぁさぁ皆さん、私の右手にご注目。


 その言葉はミスディレクション。

 右手にあったはずの本心なんて偽りだったんだ。


「いやー、いいねー。あたしも茶化してた甲斐があったよ」


 ――では、さきほどお借りした筆箱の中を見てみましょう。


 そこに隠していたものこそ本心。

 それが縷々の、誰にも見つけられなかった気持ち。


「ちょっとさ、『好き』って言い合ってよ。目に焼きつけとくからさ」


「しょうがないなー。しゅーくん、好きだよ」


 俺の気持ちは?

 どこにあるんだっけ。


「ほら、しゅーくんも。所有者()に挨拶して」


 消えてる……。

 俺の本心は縷々に隠されたんだ。

 こうなったら右手か左手か、口の中か下着の中か、どこにあるかなんてわからないな。


「……好きだよ、縷々」


 じゃあもう、このままでいっか――。

 お読みいただきありがとうございます!

 これのエンドがハッピーなのかバッドなのかは皆さんのご判断で……

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