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「元気かい諸君!!」


 メインフロアのリビングスペースで、紗奈が作ったお菓子の数々を楽しんでいると、基地に響き渡る大きな声が嫌でも聞こえた。


「誰もいないのかい!?」


 紗奈はこれを知っていたかのように研究所にこもっている。

 任務を終えてきた後とは思えないほど元気な少女は、少し暗い灰色の長い髪をツーサイドアップで結んでいた。


「なんだ、帰ってきたのか。いつも元気だな」


 これ以上、大声を出されるとおいしいお菓子も台無しになってしまうので、返事をしておく。

「なんだとは失礼だな、ゆーとん。君も元気そうで何よりだ」


 このうるさい存在の名前はたちばな梨花りか

 一応ここで暮らしている仲間だ。

 いつでも元気な体力バカで、俺は、ゆーとんと呼ばれている。


「ちゃんと任務は終えたのか?」


 紅茶で乾いた口を潤し、またクッキーを手に取り食べながら話をする。


「もちろんだとも、詳しい報告は後でだ。ちょっと体を洗って、着替えてきてから勝負の続きをしようではないか!」


「そうだったな。じゃあ、すぐにシャワー浴びてこい」


 ここユリュシオンには色々な施設がそろっている。

 映画館やテニスコート、ジムやビーチ、温泉や天体望遠鏡施設。

 要望すればすべてが集まる。


 他の隊員から幼稚園部隊といわれるのも仕方がない。WINDから甘やかされていると言われても否定できない。

 そんな多種多様な施設があるユリュシオンにはゲームセンターも存在している。

 ユリュシオンにはゲーム関連の施設が多くあり、クレーンゲームやアーケードゲームが揃うゲームセンターや、ゲーミングパソコンや家庭用ゲーム機などが並ぶゲーマー部屋などもある。


 そして、ゲームセンターではとあるバトルが繰り広げられようとしていた。


「ゆーとん待たせたな!」


 パジャマ姿の梨花はまだ髪が濡れていた。


「ちゃんと拭いてからこい」


「人を待たせるのは嫌いでね!」


「変な言い訳するな」


 梨花が首に巻いていたバスタールを取り上げ、髪を拭いておいた。


「それじゃあ、気を取り直してやっていこう!」


 ポーズを決める梨花だが、身だしなみはまだ整っていない。


「髪だけじゃないぞ、パジャマのボタンを閉めろ」


 梨花は任務後というのにまだまだ元気なので、上のボタンを付けていない梨花は肩が出そうなぐらいだ。


「別にいいじゃないか! 私とゆーとんしかいないんだし」


「ほら、動くな」


 俺が梨花のボタンを閉め、だらしない梨花から、女の子梨花へとチェンジさせる。


 シャンプーの香りが漂うクレーンゲームエリア。

 そこではお互い全く同じ設定、同じ環境の台を向かい合うように配置し、どちらが早く景品をとれるかを競っていた。

 クレーンゲームの向こう側は透けている仕様なので、相手の状況が分かり、白熱した試合になるのだ。


「よーい……」


 梨花の声でお金を入れる準備に入るが、なかなかスタートの合図が来ない。

 気になって向こう側を見ると、お金を入れる梨花が見えた。


「おい、自分だけ先にスタートしようとするな!」


「戦場では敵は待ってくれないよ!」


「正々堂々勝負しろ!!」


 だが、どちらもクレーンゲームは素人。

 そんな数秒では勝敗にはそこまで影響しなかった。

 一回目は商品をつかんだが、すり抜けてしまう。

 向こう側でも同じようになっていてひとまず安心。


 二回目も同じ。三回目も四回目も。

 ここで作戦を変更する。持ち上げるのではなく押す作戦だ。

 ターゲットはかわいい人形。


 だが、クレーンのアームが回転してしまい、押す位置がずれてしまった。

 その位置はちょうどターゲットの頭の中心。

 そのまま『ぎゅぎゅぎゅ』と、つぶされていくターゲット。

 それを向こう側から見ていた梨花はかわいそうな目で人形を見た後、俺をにらみつけてきた。

 つぶされた人形は元に戻ろうとする力で、クレーンのアームから滑りぬけそのまま飛び跳ね、取り出し口にダイブ。


「……」


 向こう側からの視線が怖い。


「今のは人形がかわいそうだからなしだよ?」


 人形がかわいそうだからと、今のをなかったことにしようとする梨花。

 理不尽だ……。

 まあ確かにかわいそうだったし、景品として出てきた人形は、綿が少し飛び出ている。


「わかったよ」


 結構簡単に取れそうなので仕方なく、俺は再開した。

 だが、俺はまだ知らない。

 さっきの出来事がとてつもなく奇跡に近いことだったということを。

 五十回目。


「これ意外と難しいな」


「私ならあと一回でとれるぞ!」


 何回聞いたかな、そのセリフ。

 百回目。


「これ大赤字だぞ」


「私はここから大逆転を見せてやりゅ」


 あ、噛んだ。

 百五十回目。


「大体わかってきたな」


 だいたいわかるのも当然。なんだかんだ疲れていたはずの俺もまだまだ体力は残っていた。


「そろそろ本気を!」


 この梨花のセリフも何回目になるか……。

 百九十七回目。

 ようやくだった。

 完璧な位置にはまり勝利を確信した。

 その瞬間。梨花がこちら側に来て、台を揺らし始めた。


「おいおい」


「少し気分転換に運動でもしようかなーと」


「もうちょっとましな言い訳はないのか?」


『プルルル。プルルル。機械にトラブルが発生しました。店員が来るまでその場で待機していてください』


 そして駆け付けたのはロボット店員。


「お客様、揺らさないでくださいね」


 なぜおれが怒られているのだろう……。

 というわけで、人形は元の位置に戻されてしまった。

 それからは両替しては機械にぶっこむということを何回もやっていた。


 そうしてついに三百五十一回目。

 アームは何をされても落ちないほどしっかりと、人形を掴んだ。

 これには梨花も負けを認めたが、ここからが本当の勝負の始まりだった。

 梨花は想定外の負けず嫌いだったのだ。


「これやるよ」


 二個目の人形を梨花に渡そうとしたが、梨花は受け取らなかった。


「私だってすぐとれるもん!」


「おいおい本気か? 最初の方なんてアームが人形にあたってもなかったぞ」


 そう、どうやらゲームは素人のレベルを超えている様子で、ある意味センスさえ感じるほどのレベルだったのだ。


「それは、ゆーとんを油断させる戦術」


「まあ、付き合ってやるよ」


 そこから真の地獄は始まった。


「優介、起きなさい」


 ふわふわした頭に響く紗奈の声。


「ん?」


「いつまで待ってもリビングに来ないから探してみたら、いつまでここにいるのよ」


 紗奈はエプロン姿で、手には包丁を持っている。


「お、お、落ち着け……」


「私はいつでも落ち着いているわよ」


 なら、なおさら怖い。


「梨花は?」


 梨花が見当たらない。


「事情を聴いて、アドバイスしたら一回でとれたのよ。今は取った景品を自分の部屋にもって行ったわ」


 俺は放置されたのか……。

 何のためにこんなに待ったのだろうか……。


「今日は紗奈が作ってくれたのか」


 紗奈の言動からして料理を作っていたのだろう。


「まだ料理の途中だから手伝いなさい」


「わかった」


 キッチンには梨花も合流し、三人で調理が始まった。

 それにしても、梨花は本当に体力があるな……。

 三人で作ったのはみそ汁や唐揚げなどの簡単な料理。

 そして、食事の後は必ず現状報告会が開かれる。

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