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届かない……。
とてもとても遠かった。
視界に広がるその星空ははるかに遠いところで輝いていた。
『そろそろ起きなさい』
芝生に寝そべり、空に手を伸ばしていた時、紗奈の声が通信機から聞こえてきた。
「仮眠していただけだ」
空に向かってのばしていた手を下ろし、腕で目の上に置き、現実から離れようとする。
『次の任務を説明するわ』
任務か……。
「なあ、紗奈。宇宙に行ったことあるか?」
ばかげた質問だ。いや、質問にすらなっていない。俺は答えなんて求めていないんだ。
『……いい優介。あなたが見ている世界はこの世界の一部でしかないの。今、どこか遠くの地では、想像したくもないような地獄が広がっているかもしれない。逆に幸せな世界があるのかもしれない。でもね、どの世界にも必ず風は吹くのよ』
恋愛系の小説でありそうなフレーズ。だが、紗奈はどこにいても繋がっているなどと言いたかったのだろうか?
「任務内容を説明してくれ」
この荒れ果てた世界にもまだ人は住んでいる。
人口爆破が騒がれていたころとは比べ物にならない数だが、人々はまだ生きていたのだ。
生き残った人々は組織を作り、生活していた。
それら組織は大きなものから小さなものまで多種多様であり、兵器を生産して反乱軍を支援するものや、秘密基地のようなものを建て、食料確保に日々の時間を費やしたりするものまでたくさんだ。
その中にはもちろん医療に関係する組織も多く存在している。
そして任務内容はその中でも大きな医療組織であるアムネシアに手伝いとして医療支援を行うこと。
最近各地で頻繁に起こる戦闘で医療組織も手が足りていないのだとか。
特にアムネシアに関しては最近起こった西日本大規模戦闘によって大人数の負傷者が関東に集結しているそうで、病室は埋まっているらしい。
アムネシア最大の病院に俺は来たわけだが、手術を助けられるような知識もない俺が来てどうするんだか……。
「それで、本当の任務はなんだ?」
ありえない。紗奈がそんな任務を言い渡すなんて。ここは俺にはあっていない戦場だ。
『そうね。西日本から負傷者が大量に関東区域に流れ込んでいることは知っているわよね?』
今、日本では大きく分けて三つの戦場がある。北日本を中心に行われている戦闘、俺が主に任務を行っている東京最前線防衛、そして西日本である。
「ああ、もちろん」
『その負傷者の最後尾が数日後に到着するのよ。その後ろに敵の偵察部隊がいるのよ』
「なるほどな」
『その対処をしなさい』
アムネシアはもともと大学病院だった場所を使っているが、当時のような空間が広がっているわけではない。
ここにはもう個室はなく、通路にもベッドが並んでいた。簡易的な手術室も新たに作られていて、対応に追われている印象を受けた。
「お兄さん。今は勝っているの?」
ベッドが並ぶ病室の窓側。そこには俺よりも若い少女が寝ていた。
その少女は右目に眼帯を付け、左腕に包帯を巻いる。そして、その少女の見張りを頼まれた俺は、少女と会話をしていた。
「どうだろうな」
俺にも分らなかった。
昨日死んだ人からすれば負けかもしれないし、今生きている人からすれば勝ちなのかもしれない。
「外に行きたいな……」
「それじゃあ外に行くか」
ここにいると鬱になりそうだ。
見渡せば必ず視界に移るほど、大量に置かれたベッドからは痛みを訴える声が届く。
それは夜も続く。外に出たくなるのではなく、外に出ないとおかしくなってしまうのだ。
「いいの?」
「リハビリならいいんじゃないか?」
こんな歪んだ世界で久々に見た笑顔は、どこか特別なものを感じた。