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「まず、バグについて確認させてくれ。まずは霧崎から。資料によるとお前のバグは探知となっているが詳しく教えてくれ」
風花隊の隊員を家のリビングに集め、話し合いをできる環境を整えた。
これから約一か月訓練をするわけだが、一人一人の情報を知り、作戦を考え、それに合った訓練をしなければ間に合わない。
「電子探知です。周囲五十メートルの電子機器を探知できるんですよ。まあ、無人機が五十メートル付近にいれば音とかでわかるんで使えないんですけどね」
電子探知……電気回路を使用していればなんでも探知可能ということだろうか?
「例えばそれは銃につけられているサイトのようなものでも探知可能か?」
「電気の流れが少しでもあればわかりますよ。さすがに五十メートル付近ではきついかもですが、普通にわかりますよ」
なるほど、なら少しは使えそうだ。今回は対人戦。敵はもちろん銃を持っている。部隊のセンサー的な面を担ってもらうことになるだろう。
「それじゃあ、尼野。音を消すとはどういうことだ?」
ファイルを一ページめくり、バグの欄について聞く。
「そ、それはちょっと違います。音の波、つまり空気の振動を少し操れるというもので、音を消すのではなく、かき消したり、全く違う波にしたりできます。無人機はいろいろなセンサー積んでいるので、意味ないですけど」
使い方によっては使えるかもしれない。自分の足音を消し、銃声もせればステルス的な戦術が使える。
「違う波ということは音を作るということか?」
「そ、そうです」
「それはどこから発生させるんだ?」
音を発生させるとなると発生源が必要になる。波を作る発生源が……。
「周囲三十メートルで、目視可能なら音は作れます。空気を揺らす感じで」
ステルスとかく乱、その二つが使えればそれなりに戦える。
「紗月のバグは肉体強化といったところか?」
過去に一緒に戦ったことがあるため、ファイルを見なくても大体の予想はつく。
「下半身が中心です。力と敏捷性には自信がありますが、ただ素早いだけです」
足腰の強化というわけか。シンプルだが、意外とシンプルなものが一番強かったりする。
「承知した。次、瓜窪。壁をすり抜けるとは?」
壁をすり抜けるのであれば相当強そうだが……。
「トンネル効果のような原理なのかはわかりませんが、壁や床などの物体をすり抜けることができます。ですが、すり抜けている間は水の中にいるのと同じで呼吸ができないため、それほど長くは……」
なるほど、長時間可能であれば相当な実力だが、都合よくはいかないか。
「風花のバグはフラッシュ?」
ゲームで出てきそうだな。
軍事面から見れば、スタングレネード、別名フラッシュバンからも何となく予想できる。
「目で見える範囲ならどこでも強烈な光を発生可能です。ですが直接物体に光が触れても意味はありません。熱のようなものも発生していないので直接的な攻撃は不可能です」
「なるほど、全員のバグは理解した。今回の敵は元第一一〇一隊の奴らだ。だが、敵は三人。一一〇一隊のほとんどが今も入院中だからな。そこで、一つ質問する。勝つためには何が必要だと思う?」
敵は少ないが、相当な実力者だ。数で上回っているとはいえ、今の実力では到底かなうわけがない。
「そんなの実力だろ」
霧崎が即答し、仲間も頷く。
「ああ、そうだな。だが、ほとんどの戦場で完全な実力は出せない。なぜかわかるか?」
「疲労、ストレス、怪我などの状況によるものでしょうか?」
真面目に、俺の話をメモしている尼野が質問に答えた。そう、戦場は誰にも予想できない状況だって生まれる。そんな中では本当の実力は発揮できない……かもしれない。
「勝つためには様々なことが必要になる。重要なのは指揮官だ。どんな状況下でもそれに合った作戦を考えることができれば、その状況での最大限の実力は発揮できる。勝つためには戦術と戦略が必要なんだ」
戦術と戦略、確かに一対一での戦いでは戦術の方が重要になるかもしれないが、集団戦闘においては戦略が勝敗のカギを握るといってもいい。戦闘術は戦略には勝てないからだ。
「そこでだ、まずは作戦を立てる必要がある。作戦を立てるためには相手や自分、味方の情報がカギになる。情報がなければ作戦なんて作れない。だが、今回の敵は情報がある。そして仲間の情報もある。それらをもとに作戦を立ててみるといい。」
『了解です』
隊員全員が立ち上がり、俺に敬礼をしてくる。慣れない感覚だ。
俺は一度自室に戻り、小説を読み時間をつぶす。一冊を読み終え、リビングの様子をうかがうと、今回の階級戦で使われる地図を机に置き、みんなで作戦を立てていた。
教官らしいことを何もできていないかもしれないが、人が成長するために必要なのはライバルなのだ。
誰かに強制的に教えてもらうより、ライバルに負けたくないという目標をもとに、自分から強くなりたい。学びたいと思うことが重要だ。やる気のないやつにいくら教えても成長はしない。
「教官! もしよろしければ、射撃の指導をしてもらえないでしょうか」
リビングでコーヒーを片手に読書をしていると、霧崎が話しかけてきた。
その目は真剣で、熱意のこもったお願いであることが伝わってくる。
「承知した。準備をしてから訓練場に向かうから、先に行っておいてくれ」
コーヒーを飲み切り、立ち上がる。
「ありがとうございます。それでは後程」
霧崎は敬礼をした後、その場を後にした。
『ドンッ』
銃声が響く射撃訓練場。様々な銃声が鳴り響く。
「作戦は決まったのか?」
小さい体には似合わない大きなスナイパーライフルを撃つ風花。
「はい、階級戦の時は狙撃銃を使う予定はないですが、練習しておきたくて」
イヤーマフを外した風花はこちらに敬礼をしてくる。
ユリュシオンでは敬礼をすることはないため、やはり俺には新鮮に感じられた。
「大体のことはできていると思うぞ。後は、標的を狙っているとき口を開けないようにすればいい」
人は何かに集中すると、口を無意識に開けることがある。
集中することはいいが、口を開けていては射撃時に舌を噛む危険性がある。
「は、はい」
風花は恥ずかしそうにうなずく。
「後はルーティンを決めるといいぞ」
風花はそれなりに射撃の実力はあるようなので、軽くアドバイスをしておくだけでいいだろう。
「ありがとうございます」
風花は深くお辞儀をした後、再度射撃練習を始めた。
他のみんなも基礎はしっかりとできていて、目立つ者はいない。
俺も銃を極めているわけではないので、教えられるか不安になってしまう。
「それで、俺に何を教えて欲しいんだ?」
霧崎が構えた様子を見る限り、霧崎もそれなりに銃を撃ってきたと思われる。
「教官は人を撃ったことはありますか?」
予想外の質問に少し考える。
「どうだろうな」
「俺はありません。今回の敵は同じ人間です。実際に死ぬわけではないですが、サイトに敵が映ったとき、俺は引き金を引けるか心配なんです」
なるほど、それは言えている。
今まで無人機と戦ってきた俺たちはもちろん、人を殺すことはほとんどない。いや、ないといっていいだろう。
階級戦は今までも行われていたが、一部でしか行われていなかった。人を前にして、本当に引き金を引けるのだろうか。
「迷わない方法を教えて欲しいわけか」
「はい」
迷わない。それは考えないことに似ている。
「迷わないなんてことはできないな。人を撃つときに迷わなくなれば、もう心が死んでいる証拠だ。そうなりたいのならたくさん人を殺し、自分の心も殺さないといけない。だが、今回は人を殺すわけじゃない。敵を人だと思うな。敵は敵だ。今まで共に笑い、共に泣き、思い出を分かち合ってきた大切な仲間を殺す存在だ。俺が言えることはこれぐらいだ。後は銃を撃つことに慣れるしかない。撃って、撃って撃ちまくれ。そうすれば慣れるさ」
結局は経験だ。俺は感覚派だからアドバイスはあまり得意ではない。
紗奈だったらどう教えるかな……。
「敵は敵ですか……ありがとうございます!」
その後、一人一人の射撃姿勢を見たり、呼吸を見たり、一応できそうなことは一通りやったが、教えるのはやはり難しい。