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『トントン』


 ある程度荷物の整理を終え、椅子に座り、隊員の情報が書かれたファイルに目を通していると、ドアを叩く音が聞こえてくる。


「どうぞ」


 ファイルから目線を上げ、ドアの方を向く。


「先ほどはいろいろと……すいませんでした」


 紗月は手を硬く握り、俯いたまま謝罪してくる。


「私も自分の意見を押し付けていました……」


 さつきの謝罪はどこか感情がこもっていないように感じた。多分、そんな話をするためにここに来たわけではないのだろう。

「それを言いに来たのか? それに関しては俺も悪かったと思っている。だが、こんな話をするために来たわけじゃないんだろ?」

 俺はファイルを閉じた状態で机の上に置き、椅子に座った。


「それは……」


 少し顔を上げ、俺の表情をうかがうようにこちらを見てきた紗月。

 俺がベッドをやさしく叩くとさつきはベッドの縁に座った。


「これから嫌でも一か月は一緒にいるんだ。嫌なことがあれば全部言ってくれ」


 俺も、紗月の目を見て真剣に伝えようとするが、すぐに目線をそらされてしまう。


「なんで、なんで助けてくれなかったんですか……」


 やはりそのことか……。

 紗月……あの時の少女は君だったのか。

 それはだいぶ前の話だ。


 WINDが設立されてからすぐに現在の紗奈隊は生まれた。

 その紗奈隊に初めて与えられた任務は、現在の関東地区の無人機を完全制圧するというものだった。

 そのころ日本全体が無人機に支配される寸前で、紗奈隊を主体とするWINDが関東地区を制圧したため、今の関東地区がある。

 東京を除いた関東地区の制圧が完了し、敵を東京、西日本、北日本に分断することに成功したわけだが、関東地区制圧時、WINDの部隊の多くが全滅し、西日本や北日本まで手が回らなかったため、今の状況が生まれている。


「無敵の英雄といわれたあなたの部隊は私たちの部隊を助けてくれなかった……」


 俺の回答を待たず、紗月は続ける。

 今でも覚えている。それが、俺がはじめて戦場で『見捨てる』という判断をした時だった。

 当時、紗奈隊は全員が単独行動をし、他の部隊の援護を行っていた。そして、紗月が指揮をしていた部隊と、紗奈隊の次に功績をあげていたエリート部隊から同時に救援要請が来たのだ。


 距離的には紗月の部隊の方がはるかに近かった。

 だが、エリート部隊をここで失えば今後に影響が必ず出る。

 それは一種のトロッコ問題だった。

 情報からどちらも救うことは不可能ということはわかった。

 どちらを救い、どちらを見捨てるか……。その選択は俺にすべて託されていた。


「実力的に今後に必要な部隊を判断した……」


 嘘をついても仕方がない。ストレートすぎるかもしれないが、濁らせるのもよくない。


「ずっと紗奈隊は憧れだった……。けど、あなたの実力があれば私たちの部隊を救ってからもう一つの部隊を救うことができたと今でも思うんです」


 そう。あの後、エリート部隊に合流したとき、エリート部隊はぎりぎりの戦いではあったが、まだ持ち超えられていた。

 紗月の部隊を救ってからでも間に合っていたのだ……。


 もちろん、その戦闘を終え、すぐに紗月の部隊の救援に向かったが、紗月以外は既に倒れていた。

 紗月が戦っていた無人機を倒すのにかかった時間はたった数秒だ。

 俺はすぐにその場を離れた。


 どうしても紗月とは目を合わせられなかった……。自分の選択ミスで彼女の仲間をしたという事実から逃げたのだ。


「そうだ、君の仲間は救えていた。俺が見捨てていなければ紗月の仲間は死ななかった」


「どうして……どうして私のせいだと言わないんですか!」


 紗月は歯をかみしめ、涙があふれる顔を俺に押し付け、力がこもっていないこぶしで殴ってくる。

 さつきをやさしく抱きしめ、紗月の気持ちとともに受け止める。


「どうして私が強くなかったからだと言ってくれないんですか!」


 ずっと誰かに攻めてもらいたかったのだろう。君のせいと言われてももやもやは晴れない。それならお前のせいだと言われた方がいいのかもしれない。


「あいつらの顔を思い出せ。怒ったことがあったか? いつも笑っていただろ? こんな狂った世界で戦えと命令されたあいつらは、紗月といるときだけはいつも笑っていた。あいつらはお前の下で戦えることを誇りに思っていたと思うぞ」


 たまに紗月の部隊を目にすることがあった。どこの隊よりも元気で明るく。腐った世界でも輝いていた。憧れていたのは俺の方かもしれない。


「こんなこと、俺が言える立場じゃないが、あいつらは紗月の下で幕を閉じることができてよかったと、思っているんじゃないか? 紗月はだれよりも仲間思いの優しい奴だ。その経験は必ずお前を強くする」


 本当に俺が言える立場ではない。だが、周りに何かを言ってくれる人もいないのだろう。


「本当に私の仲間でよかったと思ってくれているんですかね」


 俺をたたくのを止め、顔を俺の胸元に押し付け、涙を拭う紗月。


「俺には断言できないが、あいつらはいつも楽しそうだったじゃないか」


 俺は片手で紗月の頭をなでる。何故だろうこの気持ちは……懐かしい?


「まだ胸のもやもやは取れないですが、私は元隊長として、助けられなかった仲間の分まで生きていきます。ご迷惑をおかけしました」


 紗月は顔を上げ、俺の方を見る。近い、とても近い。

 涙を含んだ大きいな瞳は輝き、優しく笑う紗月はどこか魅力的であった。


「す、すみません……」


 恥ずかしくなったのか、紗月は俺から少し離れる。


「いやなことがあったりしたら気軽にここにきていいからな」


 そう言うと、紗月はむーっとフグのように頬を膨らませる紗月。


「私たち同年齢ですよ。覚えていますよね?」


 そうだった。見た目や言動から忘れていた。


「すまん。まあ、その、これからよろしくな」


 紗月に握手を求める。


「は、はい」


 少し恥ずかしそうに紗月は俺の手を握る。

 だが、そんな簡単に悩みは晴れない。

 いや、俺には晴らすことができない。俺があの時……だが、後悔しても何も変わらない。

 俺にできるのは未来を変えることだけだ。もう紗月にあんな思いをさせないために……。

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