14
「ここか……」
ファイルに載っていた住所には苔をはやした河原に屋根、ひび割れた壁という古さを漂わせる一軒家があった。
下から三等、二等、一等隊員だが、俺が来たこの隊は三等。
情報によると三等はWINDの本部周辺ある、寮のような場所に住んでいて、二等に関しては寮か基地を選べるようになっていて、一等に関してはそれなりの基地が用意されるようだが、なぜ三等が基地? いや、家を持っているんだ?
「誰だ! ここには金なんてないぞ!」
そういって飛び出てきた少女はピンクの短い髪を風になびかせ腕を組んでいる。
「君こそなんでこんなところに?」
「私はこう見えても十七歳だ!」
「そうか」
驚くべき事実だが、内心どうでもいい。
周囲には人影がなく、風に飛ばされて道路にはごみが散乱している。
「それで何の用ですか」
自称十七歳のロリはその短い手で俺を指さしてきている。
「その人は多分、教官だ」
家の玄関からまた一人出てきて、少女に助言する男。
金と黒がバラバラの髪が目立つが、背が高く、眼鏡をかけていて真面目そうな印象を受ける。
「これから少しの間お世話になることになった寺橋優介だ」
軽く挨拶をする。少しの間だが一緒に暮らす人達だ。あまり関係を悪くしたくない。
「私は認めない! なぜこの人なんだ……」
いきなり嫌われているようだ。
「そいつは気にせず中へどうぞ」
「それでは失礼する」
こうして俺は風花隊と合流した。
「名前読んでいくから返事してくれ。霧崎」
「はい!」
元気な声で敬礼をした男。
家族が警備ロボットに殺され、敵の無人機をすべて壊すと誓った男。よくある主人公のような奴だ。
だがな、そんな奴はこの世界のどこにでもいる……。
「次、尼野」
ファイルのページを一枚めくり、写真と実際の顔を見て名前を呼ぶ。
「は、はい!」
霧崎をまねし、敬礼をする男……。
心は乙女とでもいうようなヒョロヒョロな奴だ。
「次、仲下」
ファイルをまた一枚めくり、名前を呼ぶ。
「お前なんかに呼ばれる名前はねえ」
先ほどの自称十七歳の女の子だ。
やたら俺を嫌っている印象を受ける。
「そうか、なら何と呼べばいい?」
「先輩とでも呼んでもらおうか」
腕を組んだ自称十七歳はどうしても俺の下にはいたくないらしい。
「そうか……先輩これからよろしくな」
名前は便利に物事を進めるために必要なものではあるが、名前自体はどうでもいい。
アニメキャラなどで、悪魔という名前のかわいい子がいれば、悪魔=かわいいと、見たものは思うように、名前の印象はその人物によって変わる。要するに名前はどうでもよくすべてはその者や人物の内容なのだ。仮にこの女を先輩と呼ぼうと実際の関係がそうではない以上、何も変わらないのだ。
「な、なんですんなり認めるんだ!」
ほほを膨らませ俺をにらみつけてくる自称十七歳。
「立場、階級、地位、身分、人はいつだって比べ合う。それは組織を構成するうえでは必要かもしれないが、一人一人の関係にまでそういったものは必要か? 俺はそうは思わない」
「必要だ……」
俯き、自称十七歳は固くこぶしを握る。まるで負けず嫌いの子供のように。
「自分の方が上だと感じないと関係を保てないのか? 人と人を比べるのは不可能だ。運動が苦手だが、勉強が得意な奴もいるし、勉強も運動も苦手だが、動物への愛はだれにも負けないというやつもいる。自分が優位な足場で比べてどうする。人は同じではない。そもそも比べる対象ではない。まず、他人と自分を比べたがるのは自分に自信がない証拠だ。自分と他人を比べ、自分の優位性を保とうとするやつは先へは進めない。何かに挑戦し、没頭した人間は他人と比べたり、見下したり、そんなしょうもないことはしないと思うぞ」
「何上から偉そうに言ってんだ! 比べることが愚かか? 自分の意見を押し付け、自分の方が大人だとか思っているのか? お前こそ人と自分を比べて見下してるじゃないか!」
固く握ったこぶしは震え、かみしめた歯は彼女の意見を伝えてくる。
俺も十七歳。年齢なんて関係ないが、相手を子供のように扱っていた。
無意識のうちに俺も人と比べていた。結局俺も同じなんだ……。わかった気になって、大人ぶって、相手の怒りを買って、しょうもないのはどっちだよ。
「力を持っている奴は好きかって言えるけどな、私たちみたいな底辺はそんなことでしか生きていけないんだよ! 無力な人たちのこともできれば考えて……ほしい」
「すまなかった」
お金を持てば人は変わるように、力を持った人も変わる。自分ではわかってなくても、実際に代わっているのだろう。考えを改める必要があるな。
「教官、俺、まだ呼ばれてないんですが?」
空気を読めないのか、空気を読んだのかは知らないが、先ほどの真面目そうな眼鏡男が口を開いた。
「そうだな、次、瓜窪」
「はい」
眼鏡の位置を人差し指で調整し、真面目感を漂わせている瓜窪。
「……」
俺は仲下に視線を向け、少し考える。中下とは呼んでほしくないみたいだが、先輩とここで呼ぶのも、さきほどと何も変わらなくなってしまう。
「紗月……それでいい」
紗月は視線をそらし、少しもじもじしながらそう言った。
それは彼女の下の名前だ。
「では、紗月。すまなかった。後で時間をとるのでゆっくり話そう」
俺はさつきの目を見て言うが、途中で視線をそらされてしまう。
「わ、わかりました」
とりあえず、これで……。
いや、待て。
この部隊の名前って風花隊だよな……肝心の隊長がいないぞ。
「それで隊長はどこだ?」
隊員を解散させた後に、独り言をつぶやく。
「隊長ならずっと部屋にこもっていますよ……」
俺の独り言に反応してくれたのは、もじもじとした様子の尼野だった。
「助かった」
一軒家のリビングから出て、二階に向かう。
二階には個室が並び、それぞれ各隊員のプライベートスペースとなっている。
ちなみに教官である俺の部屋は一回にあるようだ。
「本日より風花隊の教官をすることになった寺橋優介だ。風花隊長、ドアを開けてもらえるか?」
「は、はい」
扉を開けたのは中学生ほどの少女だった。ショートブラウンの髪からはシャンプーのにおいが漂う。
ファイルを見ると年齢は俺と同じらしい。
ドアの奥を少し見ると、可愛らしい人形が置かれ、いかにも女の子の部屋な空間が広がっていた。
「風花って下の名前か?」
苗字には思えない名前につい聞いてしまう。
「そ、そうです」
緊張しているのか俯きながら答える風花。
「隊の名前を苗字にしなかったのは理由があるのか?」
基本的に隊の名前は名前ではなく苗字を使うのが一般的だが理由はあるのだろうか。
「そ、その……間違えちゃって」
手をもじもじさせながら話す風花。恐らくあまり人と話慣れていないのだろう。
「間違えた?」
「書類のことです。WINDの新しい階級制度でできた新しい部隊の隊長がどうしてか私になって、その、光栄なことだとはわかっているのですが、予想外で、慌てて書類を書いたら間違えてしまって……」
自分が隊長ということに不安を感じているのだろう。そりゃ、だれだって感じる。戦場で最善策に近い案を考えるのはそう簡単なものではなく、大きなプレッシャーが伴う。自分の命令で、もしかしたら仲間が死ぬかもしれないんだ。そんな責任重大な役職に任命されたことに不安を抱くのは当然だ。
「WINDに直接できないと言わないのか?」
「そ、そんなこと言えません。私たちの部隊は戦闘組では最底辺の部隊ですよ? 私たちの基地がここなのは多分、すぐに全滅すると思われているからです。実力のない足手まといはさっさと自滅してほしいとWIND司令部も思っていると思います」
風花は思っていることを言った後気づく。
今自分が話している相手はWIND司令部に近い部隊に所属していることを。
「あ、あの……」
「ちゃんと考えはあるじゃないか。ただ上の命令に従っている俺より、君は隊長に向いている。それに、俺はWIND司令部とは直接話したことはないし、この部隊を強くするのが俺の任務だ」
そう、WIND司令部とは紗奈を通して話すため、そこまで関係が深いとは言えない。
「うれしいです……優介さんは自信ってありますか?」
ようやく顔を上げた風花。優しく揺れる瞳は髪と同じく優しい色に染まっていた。
「自信か……どうだろうな。俺がしくじっても仲間がきっと何とかするから……それって自信とは言わないよな」
俺はいつも戦場では一人だが、必ず紗奈とはつながっているし、もしものことがあれば仲間が任務を放棄してでも援護に向かってくれるはずだ。
それに、俺にできない任務を紗奈は命令しない。
俺は自分を信じているのではなく、仲間と紗奈を信じているのだ。
「そうですか。自信がなくても信じあえる仲間がいれば大丈夫なのでしょうか?」
服をぎゅっと握りしめ、聞いてくる風花。
「仲間がいれば意外と何とかなるもんだ。けど、戦場ではそう簡単にはいかない。信じすぎれば崩れた時のダメージがでかい。けど、あいつらは風花にとっていい仲間になると思うぞ」
いい仲間になるかはわからない。だが、俺の任務はこの部隊を強くすること。最初から部隊が崩れていては話にならない。
「ありがとうございます。私、隊長……やります。だから、教官。私たちを強くしてください!」
風花は優しい笑顔で俺にお礼を言った。
その優しい笑顔をみると、遠い記憶を思い出すかのような感覚になる。とてもとても遠い記憶。やはり俺は何かを忘れている。
「任務は完璧に遂行するさ」
それは俺が俺に向けた命令でもあった。
『あんなこと言ってよかったの?』
一か月暮らすことになる部屋に移動し、荷物の整理をしていた俺の耳に紗奈の声が聞こえてくる。
「聞いていたのか?」
ベッドの縁に座り、紗奈との会話を優先させる。
『ええ、それでみんなとは仲良くなれそうかしら?』
「母親みたいだな……まあ、うまくやれるよう頑張っては見るよ」
『そうね、いきなりお互いの主張をぶつけ合ったものね? それにもう女の子たちを名前で呼んでいるものね。まあ、頑張りなさい。また今度連絡するわ』
どうやらすべて聞かれていたらしい。
「ああ、了解した」
教官というものは俺には向いてないかもしれない。だが、向いていないからあきらめていては成長しないよな。