13
戦いが始まってからどれくらいが経ったのか、数えている人はもういないだろう。
人生で初めて聞いた銃声は頭の奥深くまで響き渡り、しっかりと刻まれた。
それを起こしたのは日本が開発した汎用人工知能ステラだ。
ステラの登場により、日本の技術力、経済力、そして影響力は格段に飛躍した。
様々なジャンルで人からロボットへ置き換わり、その指令をつかさどっていたのがステラだ。
軍事面では無人機の導入が本格的に始まり、ステラネットワークというものが出来上がりつつあった。
そのステラが暴走しだしたのが、この戦いの始まりだ。
それは全世界でも起こっていた。もう、人類には希望の光なんてなかったのだ。
だが、俺たちはまだ生きている。
紗奈によると、ステラには現在ストッパーのようなものがあるそうだ。
「それがなくなれば、即座にこの世界は終わる……」
正直世界が終わると言われてもピンとこない。
これから先、どうなるのかなんて誰にも分らない。
なんで俺はバグが使えるんだ?
なんで俺はこの世界に生まれたんだ?
この世界はわからないことだらけだ。
「優介、起きなさい」
その声でその日は始まった。
「どうして紗奈が俺の部屋にいるんだ?」
紗奈は俺の寝ているベッドの縁に腰を掛け、何かのファイルを読んでいる。
「前に言っていた教官の件なのだけれど、あなたの配属先が決まったわ」
ファイルを閉じこちらに視線を向けた紗奈はよく見る寂しげな瞳をしていた。
「そうか、ファイルも見せてくれ」
紗奈が差し出してきたファイルを受け取り俺が教官として入る部隊の詳細を確認する。
部隊名は風花隊。
部隊人数は五人。
WINDの部隊再編成の影響で集まったメンバーなので、チーム力が欠けていると……。
「なあ、俺みたいないつも単独行動している奴が、この部隊の教官に向いているのか?」
正直、俺は適任ではない気がする。
紗奈は別途の縁に腰を掛けたまま本を読んでいる。
その小さな後ろ姿はどこか頼りがいがあって、でもすぐに壊れてしまいそうな感じがした。そして、綺麗な首筋から肩甲骨あたりまで見える白いワンピースはいつまででも見ていられそうなぐらい美しいものであった。
「私の背中ばかり見てないで、準備をしなさい」
本を読んだまま紗奈はそう言ってくる。
見られていないと思い、見ていたのだが、紗奈には目が後ろにもついているんじゃないかと思ってしまう。
「すぐに出発か?」
俺はベッドから起き上がり、大きなリュックを取り出す。
「もちろん。あなたが教える部隊は今度の階級戦で、西のエリート部隊、第一一〇一隊出身のメンバーが揃う部隊が対戦相手よ。まずはそこを倒してきなさい」
なぜ通常部隊がエリート部隊を倒さないといけないんだ……。
「それは命令か?」
「あら、できないのかしら?」
これは大変なことになったな……。
俺はすぐに別途から起き上がり、着替えを始める。
「ちょっと私がいるのに服を脱ぎ始めるってどういう……まあ、優介らしいわね」
本を読んでいるようだが、チラチラとこちらを見てくる紗奈は珍しく本に集中できていない様子。
「別に、裸になるわけじゃあるまいし、出発はすぐなんだろ?」
「そうだけれど……。これから少し会えないかもしれないし、ハグしてあげましょうか?」
唐突に紗奈から出たハグという言葉。紗奈は俺を子ども扱いする癖がある。母性本能というやつだろうか。
「紗奈がしたいだけなんじゃないのか?」
「調子に乗る子は嫌いよ。まあ、頑張ってきなさい」
俺の背中に手を乗せ、紗奈は部屋から去っていった。
さあ、出発だ。
ここには一か月ぐらい戻らないかもしれないし、忘れ物はしないようにしないとな。