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『こちらWIND司令部、一〇九五ひとまるきゅうご隊へ。オペレーションファントムアリアを開始せよ』


「了解。これよりオペレーションファントムアリアを開始する」


 これ以降、WINDからの連絡や支援は一切ない。


「本部からオペレーション開始の指示が出た。作戦通り行動せよ」


 一〇九五隊の隊長からの指示が隊員に伝わった瞬間、その場の空気は凍り付く。

 過酷な戦場で経験を積んできた一〇九五隊でも、今回のオペレーションは恐怖を感じていた。


『二班了解』


『三班了解』


 一〇九五隊は隊員九名を三名ずつの三つの班で任務を行っている。

 そして一班の班長でもあり、一〇九五隊の隊長でもある柏岡かしおかいさむは最重要最前線基地アリアにいた。


「これよりオペレーションファントムアリアを開始する」


 武が開始を宣言すると、二班及び三班は他の最前線基地へと移動を開始した。

 今回の任務は現在の東京の状況を偵察すること。そのため班ごとに侵入ルートを分けることになったのだ。


「許可証はあるか?」


 武が確認を取る。

 最前線基地を通過するには反乱軍本部の許可証が必要になる。


「もちろんだ。武は本当に心配性だよな」


 武の肩に手をのせ、武を安心させるのは一〇九五隊副隊長、西亀にしきだ。


「私も持っています」


 西亀につられるような形で答えたのは鈴沢である。今回の任務において、鍵になる人物だ。

 なお、最前線基地を通過してすぐに戦場が広がっているわけではない。

 基地から周囲一キロは志願兵が警備しているからだ。


「お前今何歳だ?」


 そう尋ねてきたのは基地の入り口を警備していた反乱軍の一人だ。


「それはここを通るときには必要ではない」


 WIND隊員の平均年齢は16歳。

 一〇九五隊の隊長の武の年齢は17歳だ。

 だが、基地を通過する際、年齢は関係ない。


「生意気な小僧が、さっさと帰りな」


 その男に対しては無言で許可証を見せ、時間を使うことなく突破した。


 基地の外から一キロまでは安全区域であるため、壁に囲まれた東京内部を進んでいく。

 一キロメートル付近につくと、テントなどが建てられていて、簡易的な本物の最前線基地が作られていた。

 周囲を監視しながら時間をまつ一班。


「こちら武から二班及び三班班長へ、聞こえるか?」


 計画していた時間になり、武が無線機で全体に呼びかける。


『二班班長聞こえています』


『三班班長同じく聞こえています』


「現状を報告してくれ」


 オペレーションを次の段階に移すため、状況を確認する武。


『二班は現在、壁の内部一キロメートル付近で待機中』


『同じく三班も待機中』


 その報告を聞き、武が立ち上がる。


「それではこれよりオペレーションファントムアリアを第二フェーズへ移行する」


 その声で一〇九五の未来がまた一つ動いた。

 

「班長、一つ聞きたいんだが、今回の作戦についてなぜWIND司令部は俺たち一〇九五隊にこのオペレーションを命じたんだ?」


 班長へ質問する西亀。だが、その疑問は一〇九五隊全員が持っているもので、一班班長であり、一〇九五隊隊長でもある武にもわからないものだった。


「俺たちはWINDの指示通り動けばいい。いつもそうだったじゃないか」


 今まで、WINDの命令で受けた作戦において一〇九五隊から戦死者は出ていない。

 だからこそWINDの命令に従うことに疑問をいだくことは少なかった。


「班長、私も気になります。確かに一〇九五隊は決められた任務というものは少なく、いつも様々な任務を与えられてきました。ですが、今回の任務に関しては、私たちの部隊以外に適役な部隊があります」


 フードを目の下程までかぶり、顔を隠したのは一班の三人目、鈴沢も西亀と同じく班長に質問する。


「確かに、WINDには偵察部隊がある。そして、本来偵察部隊が先に偵察を行った後、俺たちがその情報をもとにそこを潰してきた。だが、今回は東京だ。いくら偵察に特化した部隊だろうと、敵に遭遇したらまず生きては戻れない場所だ。他にも何らかの考えがあるのかもしれない」


 今回の任務に関しては、どこに敵がいてもおかしくない状態だ。

 一〇九五隊を使う前に、無人機での簡易的な偵察ぐらいした方がいいと、武も考えた。

 だが、WINDにも何らかの考えがあるはずだと確信していた。それほどWINDを信頼しているのだ。

 東京という未知の領域は、本当に未知なのだ。


 今まで戦ってきた戦場では、ある程度の情報はあった。

 だが、今回は情報がない。それは目隠しをした状態でリングに立ち、相手を待つようなもの。

 たとえ関東のエリート部隊だろうと、恐怖を感じないわけがない。


「疑問を抱くのは自由だが、オペレーションはもう始まっている。もうどうすることもできない以上、オペレーションに支障をきたすことはないようにしろ」


 戦場での考え事は命取りになりかねない。武は自分に言い聞かせるように西亀と鈴沢に言った。


「了解」


「了解です」


 そして、一班は東京中心部へと足を進めていった。


「なんだか空気が悪いな」


 窓ガラスが割れているビルが立ち並び、道路に置かれた車はひっくり返り、銃撃戦の傷跡を残している。

 ビルの割れたガラスの隙間からカラスが出入りし、ごみをあさっている。


「異臭もひどいが、この不気味な空気はぞっとするな」


 西亀は腕で口元を覆いながら武に同意する。確かに悪臭もひどい。あの日、東京では武器を持った軍事用無人機や警備ロボが次々と武器を持たない市民を襲った。

 そうして出来上がった屍は回収されるわけもなく、放置されているのだ。

 それに……。


「ああ、敵がここまでいないのはおかしい。どこかで監視されているような気がするな。鈴沢頼めるか?」

 敵の気配を全く感じないのだ。飛び回るカラス、暗い道を這うゴキブリやネズミ。それらすべてが敵につながっているかもしれない……。

「わかりました。それでは、援護をお願いできますか?」


 鈴沢は目を閉じ、手で地面を触る。鈴沢のバグは触れたものに振動を与えるというもの。それはレーダーのように使用することができる。また、直接及び間接的に敵に攻撃することもできる。


「ああ、承知した」


 バグを使用する際、意識を集中させる必要があるため、味方の援護が必要になる。

 何もなければいいが、戦場では起きてほしくないことが、一番起きてほしくないタイミングで起きるのが普通なのだ。


「あの……手が」


 手? 口を開いた鈴沢の声は震え、見るからにおびえていた。

 その原因はすぐ目の前にあった。

 地面からロボットの手が生え、鈴沢の腕を掴んでいたのだ。

 そして、徐々に地面へと飲み込まれていく。


 武は状況をとっさに整理する。

 現状ロボットの手を破壊するのは難しい、破壊する前に鈴沢が地面に飲み込まれるだろう。最前線で戦ってきた一〇九五隊だからこそ、思考が停止することはなかったが、即座に最善策を考え出すことは不可能なのだ。

 武は一つの考えにたどり着くまでに一秒もかからなかったが、少し俯いた。


「西亀!」


「了解だ」


 一〇九五隊副隊長であり、一番武と付き合いが長い西亀だからこそ、言われなくても武が考えたことはわかっていた。


「ああああああああ」


 その叫び声と悲鳴が混ざった音は周囲に響き、その音に合わせるように血が舞った。

 西亀は血の付いたナイフを振り、血を落とした。


「西亀、鈴沢を担いで飛べるか?」


「おうよ」


 六階建てのビルの屋上まで避難できたが、これはかなりまずいことになった。

 東京の敵は東京外部とは全く違うようだ。


「鈴沢、これを飲め。落ち着いたら言ってくれ」


 鈴沢の腕に止血帯を巻き、薬を飲ませる。

 今は情報が欲しい。

 そのためには鈴沢に落ち着いて話せる状況になってもらう必要がある。


「なあ、班長。他の班は大丈夫なのか?」


 自分の班のことばかりに意識が向いて、隊長としての任務がおろそかになっている。


「いつもサポート助かる西亀」


 今までの戦場でも西亀には色々とお世話になってしまった。今回の戦場でも難しい判断を迫られることになるかもしれない。西亀は力もすごいが、いつも冷静で助かっている。


「気にすんな」


「こちら一班、二班及び三班で応答できるものは応答してくれ」


『…こ……二班……』


 ノイズが走る音で聞き取れない。ちょっとしたノイズはよくあることだが、ここまでひどいのは初めてだ。


「こちら一班から二班へ、聞き取れなかったため、もう一度言ってくれ」


『……』


「ダメか……」


 つながらないと話にならない。情報が少なく、敵の姿もわからない。そんな状況下ではイレギュラーが多発し、連鎖する。どこかでこの連鎖を止められなければ負ける。


「西亀、モニターをだせ」


「おう。二班は全員無事だが戦闘中、通信装置が破壊されてしまったようだ。三班に関しては……ここは地下か?」


 西亀はペンのようなものを取り出し、そこから空中に映し出された東京のマップをみると、様々な情報を確認できた。

 モニターには一〇九五隊員の位置や、それぞれの心拍数などが表記されている。

 通信装置がやられたときに、情報を伝える二つ目の手段がモニターだ。

 一〇九五隊員はいろいろなセンサーを付けており、他の隊委員の情報をすぐに知ることができる。


「逃げて……」


 鈴沢の小さな声が聞こえる。


「鈴沢落ち着いたか?」


 薬が効いてきたようで、血もだいぶ止まり、痛みも引いてきた様子。


「あれは勝てないです。敵は東京の地下に大都市を作っています」


 地下か、先ほどの攻撃で何となく気づいてはいるが……。


「数は?」


 地下ということが分かっただけでも成果はでかいが、数も知っておきたいところだ。


「私のバグの効果範囲には約数万規模の動きは感じました」


 その数万が東京外部に出てきたら人類はすぐに壊滅するだろう。


「三班方面に動く振動が多数伝わってきました」


 武は表情を曇らせる。敵は情報がない新型、それに数も圧倒的に相手の方が……。

 三班の援護に向かって大規模な戦闘を起こしても一〇九五体は全滅。

 基地へ戻っても追ってきた敵に襲われ、人類が終わる可能性だってある。


 どうする?

 どうしろと?


 WINDとは敵からの探知を恐れ、通信はできない。この状況下でのトップは武。武の命令にすべてがかかっている。


「班長、水でも飲もうぜ。こういうときほど落ち着かないと」


 水の入った水筒を笑顔で武に渡す西亀。


「西亀……」


 武は冷静さを取り戻した。


「俺たちはいつだって困難だと思われた戦場を生き延びてきたじゃないか。俺たちはずっと仲間だ。そうだろ武?」


「西亀、お前っていい奴だな」


「おいおい、照れること言うなよ。いやまて、ここから恋とかそういう展開はやめてくれよ?」


「誰もそんなの望んでねーよ。この譲許言うかでそんなこと言えるお前は尊敬する」


 西亀はいつでも冷静で、俺を支えてくれる。


「気は楽になったか?」


「ああ、ありがとうな」


「このぐらい一〇九五隊の副班長として当たり前だ!」


 頼れる仲間はいいものだ。そうだ、いつも俺は仲間がいたからどんな戦場でも乗り越えてこれたんだ。


「鈴沢、一人で戻れるか?」


 鈴沢には現在の情報をWIND本部へ伝えるという任務とともに、即座に病院へ向かうよう指示を出した。


「問題ないです。それではご武運を」


「オペレーションファントムアリアを最終段階へ移行するとともに、新たな任務としてすべての班が合流し、後を追ってくるものが完全に消えた時、最前線基地へ戻ることにする」


「おうよ」


 ここが墓場になるかもしれない。だが、どこまでもついてきてくれる西亀となら、悔いはない。

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