【二十二】
室内をひとわたり見渡してから、三人をじろりと見る。
稲妻型のタトゥーが入った顔がにやりと笑った。
「ふん。ジェンの実験とやらを邪魔してやろうと思って来たが、手間がはぶけたようだな」
野太い声、ごつい首。太陽の紋章の紅い胸当てと腹帯。
濃く太い眉が動く。
「能力者が三人、だと?『超越者』は……おまえか」
あかりを見る。
「わざわざここまで死にに来るとはな。物好きな小娘だ」
「来たくて来たわけじゃないわよ」立ち上がってにらみ付ける。
「同じ一味のくせにそんなことも知らないの。どこの馬の骨だか知らないけどいきなり小娘呼ばわりは失礼じゃない」
ふん、と鼻を鳴らした。
「粋がるな。どうせここで死ぬのだから名前なぞ知っても仕方ない。――俺はバトンガ。ジェン共のような能無しと一緒にするな」
かちんと来た。
「何よ偉そうに。どっちがどっちだか知らないけど、両方ともいかがわしい手段で子供を攫うただの卑怯者でしょうが」
バトンガの目がぎらりと光った。
轟、と室内の空気が圧力を増す。机の上の書類が飛び散った。
あかりの髪が風に揺れた。
目は逸らさない。
ジュディがあかりの袖を掴む。
「気をつけて。こいつ、能力者ね。――かなり強いね」
「――俺を侮辱することは許さん」
ずい、と一歩動く。
あかりが口を曲げる。
「人のことはぼろかす言うくせに。ずいぶんとナイーブな神経をお持ちですこと」
あかり、とみつるも腕を引く。
「あたし嫌いなのよ、こういう上から目で四の五の言う奴。ひとこと言ってやらないと気がすまないの」
バトンガが刀の柄に手をかけた。口の端を曲げる。
「口の減らん小娘だな。苦しんで死ぬことになりたいと見える。――あの時、あっさり親の手にかかっていれば楽に死ねたのにな」
一瞬意味がわからなかった。悟った瞬間、全身が粟立った。
「まさか……あんたが、ママを」
顔が蒼ざめた。ぎりっと歯を噛みしめる。
「――許さない」
目線をはずさずに傍に置いてあったバッグを掴み、金属の棒を取り出した。
「お前だけは許さないわ」
棒をかざす。金属音がして、棒が三倍に伸びた。
バトンガが剣を抜いた。大きくて鉈よりも太い。
あかりがジュディの腕に触れた。
「みつるを連れて逃げて。――こいつが用があるのはあたしだけよ。あたしが相手をするわ」
ジュディがでも、と言いかけた。手で制した。
「大丈夫、あたしも後で必ず行くから。――こんな卑劣な奴には絶対負けないわ」
「――わかったね」心配そうにしぶしぶ頷いた。
向き直る。
杖を逆手に構えた。
「来い。変質者!」
バトンガの髪が逆立った。
剛剣を大上段に振りかぶると、真っすぐに振り下ろしてきた。
あかりが踏み込み、杖を跳ね上げる。落ちてくるバトンガの手首に添えて捻る。剣が軌道を曲げられ横の机を断ち割った。
バトンガが目を見開く。杖の先端が素早く眉間に飛ぶ。
「やあッ!」
思い切り突いた。がつっと音がしてバトンガの首がのけぞった。ぐおッ、と声が出る。すかさず手元に引いて上から叩きつける。
戻ってくる頭をがん、と打った。
「ぐわッ」頭を押さえてかがみこむ。
杖を引き、すすっと体を下げる。ジュディの方を見て、頷く。ジュディも頷いた。
開口部から通路へ走り出る。
「変態さん。悔しかったらここまでおいで!」
バトンガが顔を上げた。額から血が一筋垂れた。
鬼の形相になる。剣を引き抜くと応、と吠え、猛然とあかりの後を追った。あかりも走り出す。
「みつるちゃん、行こですね」ジュディが腕を引く。
「あんなこと言って――あかり大丈夫かな」心配そうに振り返る。
「わたしも心配。あかり敵を引き付けるつもりね。でも今はただ信じるね」顔を見返す。
みつるがややあって頷く。二人も走り出した。
開口部からトキが顔をのぞかせた。室内を見回す。
動きがないのを確認すると後に合図した。銃を構えた隊員たちが足早に入ってきて展開する。
「連中の研究施設だ。心臓部だな」トキが機械に近寄る。班長、と声をかけた。
「たぶんどこかで転換炉とつながってるはずだ。全部吹っ飛ばそう。機械室は押さえたかな」
班長が頷いた。
「アルファに確認済みです。こちらにも爆炸器をセットします。人質はいないようですね」
「ジュディもいないから多分助けたと見ていい」
荒れた室内と倒れている男たちを見やりながら言った。班長が手で合図する。
隊員たちが腰に装備した爆弾を外し、次々と機械に取り付けていく。
「セット完了しました」トキが頷く。
「撤収準備だ」
※
通路を抜け、角を曲がり広い空間に出た。天井までの高さが六メートル近くある。間接照明が壁に埋め込まれているが全体が薄暗い。
息を整え、スペースの中央部に進んだ。
通路の向こう側から足音がする。角から大きな人影が現れた。
あかりの目に怒りが陽炎のように揺れているのが見える。
「来たわね、変態親父」
バトンガの目が紅く光る。血が眉間から一筋流れた形相は怒りに滾っている。
「俺に傷をつけた代償は高くつくぞ、小娘」
地の底で唸るような声だ。少し気圧されながらもふんと口を曲げた。
「普通の人だったらあの一発でのびてるとこなのにな。ずいぶんと分厚い頭蓋骨をお持ちなのね」
腰だめに構えた。
バトンガが手前で足を止め、柄を両手で握ると頭の前で構えた。刃先がゆっくりと円弧を描く。
怒りの陽炎が剣に燃え移っていくように見える。あかりの周囲をじりじりと回りながら距離を詰めてきた。
「むん!」
踏み込んで袈裟懸けに振り下ろす。杖が手首に飛ぶ。捻る。
曲がらない。
(ばかな!?)
両手で杖を支えて体を捻って躱す。すかさず横から水平に剣。
(ならば!)
杖をさっと引いて素早く頭越しに回し手首に打ち下ろした。ばしっと音がしてバトンガの右手が剣から離れる。
剣が落ちない。左手一本添えたままで右から左へ剣が走る。
くっ、と言って右手を顔にかざす。剣を左手一本で持っている。
あり得ない、と体を数歩引いて考える。
杖は関節を押さえ、梃子の原理で動かす。人体ならば曲がらないはずはないのだ。
――もしかして、念力?
燃え移る陽炎。剣ごと腕を念力で固定して振っているのか。
斜め下から切り上げてくる。杖で押さえる。杖ごと体が押され、数歩飛ばされた。
(やっぱりそうだ。腕力でできる押し方じゃない)
逆手に持ち変える。だとすると。考える。
(――あたしにもできる、ってことよね)
意識を敵の剣に集中する。
肩口に構えられた剣の刃先から力をじわじわ押していく。陽炎が徐々に手元に下がっていくのが見える。
バトンガの眉が動く。ちらと剣を見る。異変を察したようだ。
おおっと吠えて上から切りかかってくる。すかさず杖を床面に下げ、体も下げる。念力のそれた剣先を右へはじく。杖をすっと伸ばして下から腕をかいくぐる。顎を突き上げた。
「がっ!」
首が跳ね上がる。踏み込んで思い切り喉を突いた。金属に当たるような手応え。
(なにこれ?)
バトンガは数歩下がっただけだ。杖を引いて構え直す。
変だ。並みの人間なら喉仏を直撃されてただで済むはずがない。
(頭といい喉といい――こいつ、ほんとに人間なの?)
バトンガがにやりと笑った。悪鬼のような笑いだ。
「少々遊んでやればいい気になりおって……俺を本気にさせたな。後悔しても遅いぞ」
「口だけは達者なのね、まだ喋れるとかどういう喉してるのよ。――あんたのへなちょこ剣なんか怖くないわよ。この言うだけ番長」
バトンガが右掌を縦にして顔の前で構えた。剣を持った左手は開いている。
目を見開き、口の中でぶつぶつと何か唱え始めた。
「……アルガマイテ・ベレ・デロンゾ、リデラマイテ・ゾラ・アロンゾ、ソリデベラデ・エジアラディアマイデ・エンゲヴェラ・オンゾビラジ……」
轟、と音を立てて剣が燃え上がった。
(え?なにこれ、手品?)
あかりが二三歩下がる。
「スーパイの炎の剣、受けて見せるか」
左右に振った。炎が大きく尾を引く。熱気があかりの顔に届く。熱い。
両手で持ち、右から斬りかかってきた。杖を立て先端で弾く。炎だけが落ちて腕にかかる。
「あちっ」
跳び下がった。踏み込んでくる。水平に薙ぐ。躱す。炎の尾が体に届く。
「あちちち」
パーカーの裾がちりちりと音を立てた。
(――たち悪いわね、これ)
通常、杖だと距離を取った方が有利になるが、これでは逆に不利だ。
考える間もなく斬り込んでくる。杖で受ける。下から来る。弾く。そのたびに炎があかりの身体に降りかかった。
熱さが思考を奪う。躱すのが精一杯だ。
敵が剣を振るたびに火の粉が飛ぶ。髪が焦げ臭い。呼吸が荒れてきた。
バトンガが笑う。
「はははは、先ほどの元気はどうした。もう終わりか」
斬り込まれる。炎が邪魔して小手が打てない。弾く。右から来る。がん、と杖で受ける。炎が顔にかかる。一瞬目を閉じる。突かれる。避ける。脇腹をかすめた。
パーカーの裾にぱっと火がついた。手で払う。熱い。熱い。熱い。
パニックになりそうな自分に気づいた。
(これじゃだめだ)
稽古を思い出す。すすすっと距離を取った。
――集中するんだ。
「ほらほら、逃げてばかりいても無駄だぞ」
ぶんぶんと剣を振り回す。長い炎が尾を引いて床に散る。
目を閉じる。集中。
音が消える。
熱が消える。
――集中。
半分眼を開く。
見える。
下から斬り上げてくる影。体を右へ。炎が横を下から上へ逸れていく。
振りかぶる影。振り下ろされる前に体を前へ。杖が手首を打つ。逸れないのは承知の上だ。掻い潜る。腕の間に杖を差し込む。顎を打つと同時に反転して腕を取った。
背負い投げ。
受け身を知らないバトンガは防ごうとして剣を持ったまま腕を前に出した。剣が先に落ちた所へ顔から落ちた。
「ぐわあっ!」
栗色の髪に炎が燃え移った。たちまち顔中に燃え広がる。剣を取り落とし転げまわった。炎が床に点々と散る。
数歩距離を取って構え、見守った。
顔を押さえてのたうち回る。
かがんで頭を掻きむしっていたが、やがて火が治まり、動きが止まった。
ゆっくりと起き上がると、向き直った。
薄く煙を上げている頭の焦げた皮膚がめくれて垂れさがっていた。片目が黒く焦げて爛れている。
頭の皮膚の下から銀色のものが炎の色を反射していた。
あかりが口を覆った。
(――金属?)
「見たナ」
爛れて曲がった唇から歪んだ声が漏れた。焦げた片目に人差し指を突っ込み、瞼をむしり取った。
血の色の向こう側に透明なガラス玉が現れた。
「俺の身体は脳と皮膚、それに内臓の一部以外は、全て機械ダ」
ガラスの目がぎろりと動いた。
「俺ハじぇんノすぺあトシテ作られタれぷりかダ。ジェンが居なけれバ、俺がリーダーである筈ダッタ」
ゆっくりと歩いて、まだ燃えている剣を掴んだ。
「無能なジェンが憎イ。奴を含む能力者はすべて憎イ。――人間でいられるお前タチが憎イ」
下から剣を振りあげる。
動きは見切った。右へ躱す。
(並の攻撃ではダメージにならない、か。――佐伯流がなぜ『裏』杖術なのか教えてあげるわ)
左から来る。屈みながら杖を回す。中心部のボタンを押さえた。
杖が真ん中から二つに分かれる。
片方で剣を右に流し、片方で無事な方の目に思い切り突きを入れた。
ぶつっと音がする。
「ゴ!」
バトンガが呻いた。身体を引いて目を押さえる。
――いまだ。
捻る剣を掻い潜り、右側から二本を固めて頭部にフルスイングした。
「やあッ!」
がん、と金属音がして体がぐらりと揺らいだ。
二本の棒をくるりと回し、再び一本に繋ぐ。
――とどめだ!
喉を狙う。右腕がふと前に出る。手首からかちりと銃口が飛び出した。
(わ!)
体を捻るのと光弾が発射されるのが同時だった。肩を掠めた。
「あつッ!」
身体を捻って倒れ、杖を取り落とした。
サイボーグが片手に剣を下げたまま、ゆっくりと体勢を立て直す。
「機械仕掛けの木偶人形。――どこまで根性曲がってるのよ」
ぎっぎっぎ、とバトンガの口が歪んだ。
「ナントデモ言え。キサマはココ、デ、死ぬノダ」
銃口をあかりの顔に向けた。
黒い影が稲妻のように飛び込んでくる。
バトンガが振り向くと同時に影が喉を斬りつけた。ナイフだ。
「あかり逃げて!」
「――ネコちゃん!!」
鉄の喉にはナイフは刃が立たない。ネコが目を見開く。振り払う腕をかわす。
あかりの前に立ちはだかる形になった。
「ゴア!」
バトンガが吠えた。
剣が右上からネコの身体を袈裟に斬った。
びくっと身体が跳ねる。
時間が止まる。
熱い。
冷たい。
すうっとネコの意識が遠ざかる。
ああ……あかり……あかり……。
ゆっくりと身体が傾く。天井が回る。
……あたし、たち、また、いっ、しょ、に。
倒れた。
「――ネコちゃあん!!」
飛びついて肩を抱いた。
胸から流れる血が腕を濡らす。
「ネコちゃん……なぜ……」
一度閉じかけた目がうっすらと開いた。震える手があかりに伸びる。
あかりがその手をしっかりと握った。
「あのとき……この手……欲し、かった」
頷いた。涙があふれ出す。
「――ごめん、あかり……あり、が……と」
手がぱたりと落ちた。
動かない。
「――ネコちゃああああああん!!」
涙が頬を流れ落ちる。目を閉じたネコの顔に滴り落ちた。
「――ネコちゃん――ネコちゃん」
あたしのために。あたしのために――。
頭が真っ白になった。
遠くでなにか聞こえる。
「がが、がっがっが――裏切り者メガ、しょせんは使い捨ての虫けらヨ。道連れができて良かっタナ。がっ、がっ、がっ」
ぼっ、と胸の奥に火が灯った。
それは瞬く間に体の隅々にまで広がって行き、見開いた目の前が真っ赤に染まった。
流れる涙が燃え上がるのがわかる。
自分の中で轟々と音を立てて炎が立ち上がる。顔も頭も見えない炎に包まれた。
髪が逆立つ。
ゆっくりと顔を上げる。
――よくも……よくも――よくも!……よくも!!!
ぐわっと見えない爆発が起こった。
バトンガが剣を持ったまま吹き飛ばされ、十メートル以上離れた壁に叩きつけられた。
「げがっ!」
身体が動かない。
壁に貼り付けられ、足が床から浮いている。首だけを辛うじて動かす。
少女がゆっくりと立ち上がった。
全身が白く発光している。両眼が火を噴くようにぎらぎらと光り、胸の中央部も光っている。
一歩ずつ近づいてくる。一歩、また一歩。
近づくたびに身体を締め付ける圧力が強くなっていく。身体がめりめりと音を立てた。
「がが……ぐが……げ」
胸当てに亀裂が入り、内側にめり込む。鋼鉄の肋骨が折れ曲がり、内側に潰れていくのがわかる。
「げぎぎ……げげ」
ごりっと首が横を向いた。横から物凄い圧力がかかってくる。びきっと音がして壁に亀裂が入った。轟音と共に壁が背後に崩れた。身体が後ろの空間に投げ出される。瓦礫が頭を打つ。
しばらく倒れていた。
片腕が動かない。首を回す。肩が外れていた。腰をひねる。足は辛うじて動く。片腕を支えにして起き上がる。
白く発光する少女が傍まで近づいていた。
動く片腕を少女に向かって伸ばす。
「こんな……ハズガ……コノ、俺が……こんな、細ッ首……俺が」
呻く。
伸ばした腕がぎりぎりと雑巾のように捻れていく。
「あが……が……が」
ぎぎぎぎ、と音がして鋼の骨がねじ曲がり、肘と手首に火花が散った。
ごきん、と肩が外れた。身体が傾ぐ。
倒れない。
何かの力が体を立たせていた。足が宙に浮く。
少女が右手をかざした。
「――がわッ」
身体が跳ね飛ぶように宙に浮いた。天井に向かって飛ぶ。
「あ――あ――あ」
声が遠くなる。がーん、と天井に音が響く。
全身が天井にめり込んでいた。びきびきびき、と天井に亀裂が走る。
少女の顔が上を向いた。
引きはがされた体が凄まじい速度で落ちてくる。虫を上から叩きつぶすような勢いで水平に床に激突した。
ぐしゃあん、と金属が潰れる音がする。
少女が背を向けて歩きだした。
背後で轟音と共に天井が崩れ落ち、瓦礫が男の身体を完全に埋め尽くした。




