表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伴剣流奇譚:王殺し  作者: 雑魚メタル
プロローグ
2/5

天変地異


 いま日本各地では、様々な怪奇現象や天変地異が続いていた……。



 大雨の中、砂浜を撫で削り、岸壁を打つ波の音に紛れて、太鼓の音が響いている。

 とある海沿いの町には、荒波にその岩肌を削られた小高い丘の上に、海に向かって立つ鳥居があるのだが、今日はそこで、鬼面を被り奇抜な装いをした男たちが数人、降りしきる雨の中、太鼓を打っていた。

 平時であれば豊饒祈願または海への感謝を込めて奏でられるものが、今はまるで、その音で以て海からやって来る何かを押し返そうとしているかのようであった。

 男たちは降りしきる雨に服が濡れるのも気にならぬ様子で、一心不乱に打ち鳴らす。

 そのとき、荒れ狂う波の間で、何か大きなものが動いたように見えた。


――ドドン


 太鼓の音が海の上に響き渡る。

 その音に押しやられるように、鳥居のある崖と同じほどの大きな何かが、荒れ狂う海へゆったりと倒れていく。巨体が海面を打つと、一際大きな波が立った。

 海が荒れている。




 ***




 西の方にある小さな村町では、原因不明の病が流行していた。

 朝は元気に飯を食っていた者が、昼頃になって酷い眩暈と吐き気に襲われたかと思うと、その夜には酷い熱を出して、そのまま寝たきりになってしまうというものだ。

 他への感染を防ぐために、この辺りで一番広い家を持つ男のところへ集められたが、その原因は一向に分からず、病人は増える一方である。幸いなことに未だ死者は出ていないが、高熱が続けばそれもどうなるか分からないと医者は言う。


「お医者踊り?」

「そうじゃ。それをすれば生きられる者はすぐに治り、死ぬ者ならばすぐに死ぬ」


 古くからこの村には、その名の踊りを踊って祈祷すれば、疫病が忽ち治るという言い伝えがあったそうだ。市町村の廃置分合により失われてしまったが、依然は年に数回行われていたらしい。古老の一人が覚えていた。


「やっとこせ、よいとこやな、あらら、これはいーいしゃ、よいとこいしゃ」


 祈祷というが、唱えるのは祝詞ではないらしい。老人が言うにはこれで良いのだそうだが、その言葉の趣旨が全く分からない。

 しかし、踊り始めてしばらくすると、何人かの病人が目を覚ました。


「踊れ踊れ!」


 男はそう言いながら、己も踊るべく両手に幣束を持った。

 これが本当に踊りの効果なのか、あるいはただの偶然なのか。迷信だの何だのと議論している暇はない。男は病人たちの枕元に立つと踊り始めた。

 これで回復すれば良いが。未だ伏せっている病人たちの中には、彼のまだ幼い娘もいるのだ。




 ***




 まだ雪の残る山中の村では、毎年の小正月に行う予祝儀礼の剣舞が、急遽執り行われることになった。

 舞手の若者はこの村に暮らす老夫婦の孫息子で、頼まれた際には些か面倒だとは思いつつ、これも家族孝行と頷いた者だ。たいして練習もしていないにも拘らず初手に抜擢された。

 青年は、舞の直前で使用する剣を渡されて、思わず驚く。


「こ、これ真剣じゃないですか!」


 手に伝わるズシリと重い感触に狼狽えた。練習では木刀だったのに。

 しかし周囲の者たちは黙ったまま、誰も口を開こうとしない。青年は腹を括るしかなかった。

 白装束に身を包み、部屋の中央に立つと、ふわりと冷たい風が頬を撫でた。

 教えられたばかりの型を思い出しながら動き始める。すると剣の重さはあまり気にならなくなった。それほど練習をしたわけでもないのに、体も良く動く。

 舞に合わせて剣を振り降ろす。


「ギャァアアア!」


 恐ろしい叫び声と共に、手に持った剣が何かに当たる感触がした。

 慌てて辺りを見渡すが、近くには誰も居らず、当然怪我をした者もいない。

 嫌な予感がして、青年は止まることなく舞い続けた。動きながら辺りを窺うが、皆あの声が聞こえなかったのか、誰一人として止めようとはしない。

 舞の手に倣い、回転しながら剣を横に凪ぐ。


「ギャアッ!」


 再び剣に何かが触れた。青年は恐ろしくなったが、動きを止められない。まるで己の体ではないかのように、足が勝手に動き、手が躍る。

 体の動くままに、青年はその手に持った剣で見えない何かを斬っていく。

 いつになったら止められるのか。青年がそう疑問に思ったとき、同じ衣装を着た、年の瀬も同じくらいの男が部屋の中に入ってきた。

 彼が舞の初手で構える。踊り続けていた青年が、その型にピタリと重なった瞬間、彼は糸が切れたように倒れ込んだ。祖父母が慌てて引き寄せる。


「ようやった! ようやってくれたなぁ!」


 急に自由になった体に目を丸くする青年を、二人は涙を滲ませて抱きしめる。


「ギャア!」


 その声にビクリと肩を揺らした青年は、新たな舞手が剣を振るっているのを見て、漸く恐怖から解放されたことがわかった。すると猛烈な疲労を感じると共に、眠気がやってくる。


「疲れたろ。寝てもいいよぉ」

「もう大丈夫だ。ありがとう、ありがとうなぁ!」


 青年は涙ながらに喜色を浮かべる祖父母の様子に安堵して、そのまま眠りについた。

 とにかく、ひどく疲れていたのだ。




 ***




 関東のとある町では、子どもたちが相撲を取っていた。

 土俵に上っている子どもは、この辺りで一番の力持ちで、負けん気が強く、背丈も大きな子であった。残りの子どもたちは、大人たちと並んで土俵を囲んでいる。


「エーッチョ!」


 大人たちの一人から、奇妙な掛け声が上がった。

 すると、次々に叫び始める。


「エーッチョ!」

「エーッチョ、エッチョ!」


 皆が口々にその奇妙な掛け声を叫び、土俵に上がった子どもを鼓舞するよう拳を振り上げる。

 子どもは声援に後押しされたかのように、相手の体がありそうな場所を掴みかかった。少年の顔が苦しげに歪む。力いっぱい押しても相手はビクともしないのだ。


「エーッチョ!」


 掛け声が耳に届くと同時に、少年は腕に一層力を込める。ぐぐっと相手の体を持ち上げると、それに対抗して見えない何かが少年のまわしを掴もうと手を伸ばしたのがわかった。その瞬間、少年は息を止めて力いっぱいに相手を押し出す。

 見えない何かは土俵の上に、どうっと倒れ込んだ。




 ***




 川が轟音と唸り声を上げている。

 流れる水は茶色く濁り、山から運ばれてきた岩や木の根が、激流の中で翻弄されているのが見て取れる。上流にあった橋は、この濁流に呑まれて消えてなくなってしまった。

 市街地を流れる川曲がりでは、消防や近隣住民により堤防が築かれていた。しかし川の水位の急激な増量とその勢いは凄まじく、皆の顔には諦観が浮かんでいた。それでも逃げないのは、ここを破られれば町に甚大な被害が出てしまうという事実があったからだ。


「決壊するぞぉ!」


――ドドン、ドドン。


 誰かが言うが早いか濁流が押し寄せ、堤防にぶつかる。心臓を揺さぶる重たい衝撃音が二度ほど響くと、次の瞬間には、物凄い勢いの茶色い塊が土嚢を押し破って飛び込んできた。

 逃げ遅れた者たちを濁流が襲う。――その時だ。


「急急如律令」


 静かな声が聞こえたかと思うと、川は溜息のような音を残して勢いを失くした。

 人々に襲い掛かろうとした濁流は消え去り、靴の上ほどの高さで緩やかに流れていく。

 急に過ぎ去った脅威に人々が目を丸くしていると、再びあの声が響いた。


「負傷者の救助にあたれ」


 声のした方を振り返ると、その声音に相応しい落ち着いた表情をした若者がいた。

 彼の周囲の人間が動き始めると、助けられた者たちも慌てて行動を再開した。崩れてしまった堤防をもう一度作り直す。彼らは手を動かしながらも、狐につままれたような顔をしていた。

 そんな彼らを余所に、青年は油断なく辺りを見渡すと、僅かに顔を顰める。


「……切りがないな」


 水がまた勢いを増そうとしていた。




 ***




 九州のとある寺院に、今日は珍しく神仏両方の衣装を身に纏った者が揃っていた。

 一方は祓串を振って祓詞を奏し、もう一方は印契を結んで一心不乱にマントラを唱えている。

 治栄(ちえい)は僧侶の方の孫にあたる。まだ修行中の身であるために、部屋の中に立ち入ることは禁じられていたが、何か得るものがあるだろうと言われて連れて来られたのだ。

 扉の開いた隙間から覗いているが、二人とも先ほどから唱えているだけなので、学ぶことなど無さそうに見える。

 だがそのとき、お堂の奥にある仏像の後ろに、何かが浮かび上がった。

 治栄は「あっ」と、声を上げそうになった。

 ゆらりと影が蠢くと、それは忽ち人の型をとった。長い黒髪は濡れそぼり、不浄の色で織られた奇抜な衣装に身を包んだその姿は、異様の一言に尽きる。背丈もお堂の天井に届いて余りあるほど高い。


「鬼だ」


 治栄は思わずそう呟いていた。

 だが特に恐ろしいのは、髪が貼り付いて見えぬ顔が、その前で唱え続ける二人の姿などまったく目に入らぬ様子で宙を彷徨っていることだ。治栄は鬼の眼が己を捉えてしまわぬよう、扉の影に隠れて息を潜めた。


――ギシッ、ぽたぽた……。


 お堂の床の上を、何かが歩く音がした。それに合わせて、水の滴る音も聞こえる。

 二人は鬼に気付いておらぬようで、唱える声に変化はない。治栄は恐ろしさのあまり逃げ出したかったが、二人を置いて行くのかと己を叱咤して踏み止まった。


――ギシッ、ぽた……。ギシッ、ぱたた……。


 足音は段々と近付いてくる。治栄は恐ろしさのあまり息を止めた。

 その直後に、彼の見ていた床の上を誰かの足が通った。治栄の顔ほどもある大きな男の足だ。血色が悪く、所々赤黒く変色している。治栄は驚き固まったので、顔を上げずに済んだ。

 足の持ち主は治栄にも気付かなかったようで、立ち止まることなく彼の前を通り過ぎる。


 治栄は暫く固まっていたが、金縛りが解けたように深く尻餅をつくと、慌てて空気を吸い込んだ。まるで夢のようだが、足が通った場所には水溜りができていた。それに鼻をつく嫌な臭いがする。

 お堂の中では未だに祓詞とマントラが唱えられていた。鬼はどこへ行ったのだろうと辺りを見回すと、寺から海へと続く真っ直ぐな道の向こうに歩いている姿が見える。覚束ない足取りにはまるで生気が無い。随分遠くにいるはずだが、あの長身の所為で大きく見える。

 治栄はあれが他の者に害を与えるのではないかと恐ろしかった。鬼を解き放ったのはこの寺である。その責任を取らねばならないのでは。

 震える足を叩いて起こし、治栄は後を追うべく腰を上げる。


「止めてはなりません」


 急に背後から声がかかり、治栄は飛び上がった。

 慌てて振り返ると、そこには見覚えのない巫女が一人いた。年の頃から言って神職の娘だろうか。顔合わせの時にはいなかったので、後からやって来たのかもしれない。


「海の向こうは常世の国。そのまま逝かせるが吉でしょう」


 巫女の声は清涼で、治栄の恐怖に縮まった心を幾分か癒してくれた。

 だがそうなると益々あの鬼を逃して良いものかと不安になる。


「でも……」


 治栄はもう一度振り返った。

 鬼は真っ直ぐ続いた道の上を歩き終わると、そのまま海の上を進み始める。その先に何があるのだろう。巫女の言う常世の国があるのだろうか。あるいはそんな国は無いと気付いて戻ってくるのだろうか。

 不安に思う治栄の背を、巫女はそっと押す。治栄はその手を母のように温かく感じた。


「さぁ、おじいさまを手伝って差し上げなさい」


 巫女に促されるままお堂の中に足を踏み入れると、治栄は祖父の隣に正座した。

 祖父は一瞥したが止めなかったので、治栄も倣って経を唱え始めた。




 ***




 日本最北端の山では、季節外れの大雪が降っていた。

 隣の家さえ見えないほどの猛烈な吹雪で、人々は家の中に籠って天気の回復を待つしかない。海岸近くに住む男も例に漏れず、勤め先から早期帰宅を命じられ、家に居るところであった。


――バリバリバリッ


 木が裂けるような爆音が聞こえたかと思うと、ドドンと大きな地鳴りが響く。

 心の臓が震える重低音に、男の家族は何事かと言いながら家の中心に自然と集まった。

 窓を覆っていたカーテンを開けると、吹雪の中で何かが光る。


「龍神さまじゃ……」


 聞こえた声に振り返ると、足を痛めて寝たきりだった男の母が立っていた。


「お袋、足が!」


 振り返った男の後ろで閃光が走る。

 ビカッと空が光ったかと思うと、また激しい亀裂音と地鳴りがした。


「言い伝えは本当だったぁ。龍神さまは本当に居ったんじゃ」


 男の母は感極まった様子でそう言うが否や膝をつき、天に向かって拝み始める。

 慌てて止めようとする嫁孫を余所に、媼は「ナンマイダ、ナンマイダ」と、唱えて止まない。


「龍神……?」


 窓の外を振り返りながら、母が拝む吹雪の中にある場所のことを思い出した。

 信心深い母は、男が幼い頃よりあの辺りにある弁天宮には龍神がいるのだと言っていた。まさかそんなことが本当にあるのだろうか。

 男が疑問に思ったとき、再び空が光ったかと思うと、地上から天に向かって稲妻が走った。

 細長い紫の光は、吹雪の中まるで空を飛ぶように横に走って消えていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ