中
「三人で楽しそうに何してたの?」
美月はピクニックシートに座ると、華に尋ねた。
「ゲームよ」
「ゲーム?」
「そう、くじを引いて役割を決めるんだ。これだよ」
そう言って、幸夫は紙コップを美月に見せた。中には割り箸が入っていて、割り箸の先には、ボールペンで〈正直〉または〈嘘つき〉と書かれてある。幸夫の下手な字だ。
「〈正直〉を引いたら、ぜったいに嘘を言わない。〈嘘つき〉だったら、本当のことを言ってはいけないんだ。ただし、動詞や形容詞を否定して、固有名詞とかは変えちゃいけない」
「ふーん。おもしろそうね。それで、あの……、秋野さんは、さっきから何してるんですか?」
〈ナレーション〉だ。美月が興味津々の目をして聞くので、俺は簡潔にそう答えた。
「賢人くんは、ナレーターをやってたの。状況説明係ね。モノポリーの〈銀行〉みたいな感じかしら? すごく上手いのよ」
「こいつは、頑固で融通がきかないけど、ふだん小説を書いてるから、こういうの得意なんだ」
幸夫は、いつもひとこと余計だ。そしてどこか抜けている。
「美月もやる?」
「うん、やるやる」
そう言って、美月がゲームに参加した。ナレーションは俺が続けることになった。3人は順に割り箸を取り、今度は、幸夫と美月が〈嘘つき〉、華が〈正直〉になった。
「間違ったら罰ゲームよ」
華が言うと、みんなそれを了承し、そしてゲームが再開された。
「さっきは、どんな話をしていたの?」
「僕たちのことじゃない」
「いいえ、違うわ」
美月は頭をひねった。否定の否定をすると分かりにくいのだ。夫婦のノロケ話なんて犬も食わないだろう。
「それを言うなら夫婦喧嘩でしょ」
美月は「くすっ」と笑って、俺にツッコミをいれた。
「美月、ナレーションに反応したら駄目よ」
「いや、いいんだよ」
「まあ、それより、最近、美月はどうなのよ?」
「え? わたし?」
「長年、片思いだった人、いたよね?」
「え、ええ、まあ……」
美月は華から目をそらし、指をいじりはじめた。
「告白した?」
「うん……、し、してみた」
「どうだった? 彼、なんて言った?」
華は情け容赦なく、恋バナを続けようとした。美月が「した」と言ったのは嘘だと、華も分かっているはずだ。心やさしい華に、デリカシーがないはずがない。
「したのに、彼が返事をするはずないじゃないか」
幸夫が口をはさむ。
「あいつは、不真面目で浮気性なんだ」
誰だか知っているような口ぶりだ。
「自分の事より、親友の幸せを第一に考える人よ。美月、彼の事、どう思ってる?」
「え? わ、わたし……」
これでは完全に女子会だ。彼女はチラチラと俺を方を見る。第三者の男がいたら話しづらいに決まっている。ここは別の話題にするべきだろう。幸夫もそう思っているに違いない。
「僕は聞きたくないな」
「ほら、美月、この際よ、言っちゃいなさい」
この憐れな美しい女性は、新婚夫婦にせっつかれて困った顔をしていた。幸夫と華は楽しんでいるようだ。彼女を助けてあげたいが、親友同士の会話に口を挟むことはできない。
彼女はしばらくモジモジと悩んでいたが、思い切ったのか、真剣な顔になると、突然、正座をして言った。
「秋野さん!」
俺はびっくりした。彼女は宝石のような瞳でこっちを見ている。
「わ、わ、わたし……」
目尻に光って見えたのは涙だろうか。彼女は勇気をふりしぼって、俺に言う。
「あの……、わたし、あ、あなたのことが、大きらいです!」