上
春日幸夫は、子供のころから、幼馴染の冬木華と好き合っていた。家が近いこともあり、しょっちゅう公園で一緒にあそんだり、登下校をともにした。両家の親同士が仲がよく、春日家と冬木家は一緒に旅行することもあった。
幸夫と華の母親たちは、ふざけて「将来ふたりは結婚するのかしら」などと言っていたが、そのうち父親間で金銭のトラブルが起きると、両家の交流は断絶してしまった。父親から「あの家の人間と話をするな」と、きつく命令され、ふたりは中学高校と、会うに会えない状況になった。
しかし、ふたりはお互いのことを、ずっと想っていた。幸い、ふたりは友人に恵まれていた。友人たちの奮闘により、両家のいさかいが解消され、ふたりはめでたく結婚。式には、たくさんの友人が集まり、彼らを祝福した。幸夫も華も心から幸せだった。
しかし、結婚から一年。
季節が移りかわるように、愛もまた変化するのだ……
幸夫と華のふたりは、郊外の広い芝生広場の上にピクニックシートを広げて座っていた。仲良く、お揃いのジーンズに、色違いのチェックの長袖を着ていた。
広場は林に囲まれており、芝生の所どころには、新緑のケヤキが何本か孤立するように植えられている。爽やかな風が、その梢を微かに揺らす。他に子供づれの家族やカップルが数組。今日は雲一つなく、南国の海のように透き通った青空が広がっていた。
バスケットの中には、ランチ用のサンドイッチやフルーツが詰まっているが、まだ手を付けてはいない。しょうが紅茶の入った紙コップからは、湯気が遠慮がちに立ち昇っていた。
「華、愛しているよ」
幸夫は、割り箸の何本か入った紙コップを脇に置くと、そう言った。
「ほんと?」
華は嬉しそうに幸夫の目を見る。
「ああ、もちろんさ。君のためなら何でもするよ。君は?」
「わたし?」
華は、はにかむように笑った。それは天使のように可愛らしい笑顔だった。
「わたしは、あなたの事が大きらい」
「ほんと?」幸夫は少し考えながら、聞き返した。
「ええ、あなたを見るだけで虫唾が走るわ」
ふたりは楽しそうに見つめ合う。もしこれが少女漫画であれば、彼らの背後には赤い薔薇が描かれるだろう。
「結婚できて本当にしあわせだよ」
「わたしは後悔しているわ。はやく離婚して自由になりたいの」
「急いては事を仕損じるだ」
「思い立ったが吉日じゃなかったかしら」
ふたりは笑い合った。
「それにしても、美月さん遅いな。もうそろそろ、お昼だけど」
「何言ってるの。ぜんぜん遅くないじゃない。ちょっと早く来るって言ってなかった?」
夏木美月は、華の親友だ。この日曜は天気が良いので、一緒にピクニックしようと計画したが、少し遅れると連絡があったのだ。
「あ、そうなんだ」
「待たないで帰りましょうか?」
そんな風に話していると、広場の南、木々の間の小道から、白いワンピースとカーディガンを着た清楚な女性が現われた。長く栗色の髪。肩掛けのポシェットの他に、小さな紙袋を大切そうに抱えていた。遠くなので豆つぶのように小さく見える。彼女は静かに、そして快活に芝生の上を歩いてきた。
「美月ー! こっちこっち」
華が立ち上がって手を振ると、美月は嬉しそうに手を振ってやって来る。
「ごめんごめん。幸夫さん、華、待った?」
「わたしは一秒も待ってないよ」
「僕は、けっこう待ったよ。日が暮れるかと思ったね」
華はやさしく言うが、幸夫は笑顔で、ずけずけと言った。美月は申し訳なさそうな顔をする。
「秋野さんも、遅れてごめんなさい」
彼女はそう言って俺の方を向くと、恥ずかしそうに笑った。