裁定者たち
神と聞いて、万人はどんなものを思い浮かべるだろう。
高貴で人とは一線を画すもの。人々に幸せと希望をもたらすもの。人の悪事を捌き、人の善行に報いるもの。
俺はどれかというとどれでもなく、なんの力もなく人々をただ天界から見ていることしか出来ない、ごく一般の人間と変わらないものだと思っていた。
結論をいえば、そのどれも正解だ。
今、神を目の前にしている俺にはそう言える。
「あぁーっ・・・、また変なのがみつかった・・・」
神と称された女性は、紙に映し出された文字を見て亜麻色の長い髪を振り乱しながら、胡座をかいて悪態をつく。
高貴さも神聖さもなく残念ながら、そこに神らしい姿は影形もない。
「また特異点が見つかったんですか・・・?」
「そうなのよー・・・。しかもまたやっぱり重役。魔導顧問の次は、騎士団長よ・・・。はぁーあ、もっとモブっぽい人なら楽なんだけどなぁ・・・」
銀髪のメイド少女が運んできたお茶をすすりながら、神は愚痴を吐く。
「ってことは・・・また・・・・・・」
「そうね。シャルル、出動よ」
その言葉を聞いて、銀髪少女は少しだけ表情に影を落とした。
「あの・・・、少しだけでもシャルルに休息の時間を与えてあげることはできませんか・・・?」
「どうして?」
「いえ・・・。国の中枢まで忍び込んで、重鎮を討つというのは精神を消耗します。この仕事では、一瞬の気の緩みが死に直結する、というのは私もよく知っていますので・・・」
懇願する少女はちらちらとこっちを伺う。俺は目を閉じ、ノーコメントを貫く。
「だってさ。どうなのシャルル?」
「俺は構わないよ。まぁ休息はあれば嬉しいけど、作る暇がないなら仕方ないさ」
「だそうよ、シエナ」
「うぅ〜っ・・・・・・」
本人公認で懇願を跳ね除けられた少女はうなることしか出来ない。
しかし彼女にも譲れないものがある。決心したように、ばっ!と顔を上げると、
「分かりました。じゃあ次は私もついていきます」
「だってさシャルル。どうす・・・うわぁーすっごい嫌そうな顔してるー・・・」
・・・分かるくらい気持ちが表情に出てたらしい。
「・・・今回のような潜伏任務なら、人数は多ければ多いほど発見される確率が高まる」
「二人とも上手く潜伏すればいいだけじゃない?」
「そうです! 私だってシャルルのように特殊能力はありませんが、足でまといにならない程度には強いのですよ!」
まぁ・・・、シエナなら足でまといになることはないだろう。これは気分的な問題と建前だ。
こんな汚れ仕事はおいそれと人に見せられるものじゃない。もちろん俺が何をするか、彼女も重々承知している。だがそれで納得できるほど潔くはない。
それにこの仕事は考えることが多い。仕事中はもちろん仕事後だ。浮かび上がる罪悪感は、誰かと共にいることで分かち合える。だが分かち合いたくはない。自分のやったことは自分一人で背負わなければ意味が無い。
「いやー、シエナには帰ってきてからマッサージとかをお願いしたいなぁ」
「帰ってきた後のケアよりも帰ってくるための手助けの方が必要なんです! そんな甘い言葉には騙されませんよ!」
・・・どうやら意思は固いな。
「まぁまぁ。シャルルだって全ての任務を1人でこなせるわけじゃないだろう? 久々のパートナー任務だと思って観念しなさいな」
神さまもアナザーサイドだ。俺に味方はいない。
「聞き耳立ててりゃ、面白い話じゃねえか」
「ちっ、余計なの増えた」
半開きになっていた部屋の戸から現れたのは、ほどよく肌の焼けた見るからに屈強そうな男。
「ことアサシン任務に置いては孤高を貫いていたシャルルがパートナー任務に出るとは激レアじゃねえか。な、俺もついて行くぜ」
「絶対ダメです」
男の言葉に間をおかず返答したのはシエナ。
なぜか頬をハムスターのように膨らまして、「空気読めよ」というように威嚇している。
しかし男は慣れたようにそれをあしらい、俺の肩に丸太みたいな腕を回して、
「なぁいいだろシャルル? それともお前はやっぱり女の子じゃないとダメなのか?」
「やっぱりってなんだよ・・・。俺そんな女たらしのイメージを作った覚えはないぞ・・・」
わかりやすい煽りだ。しかしここで無視すれば、彼はシエナを相手取って面倒な争いを起こすつもりだろう。板挟みの身としては折衷案を取るしかない。
「わかったよ。3人で行こう。ただし! ここで言っておくが、これ以上は絶対連れていかない────」
「えっ!? シャルルがパートナー任務に行くって!? オレも行きてぇ!」
「あても興味あるわ〜」
連れていかない・・・からな・・・・・・。
ドアを開けて、またまた面倒なのがたくさん増えた。気づけば俺の次の任務の話題だけで、この部屋には5人の人と、1人の神が集まってしまった。
「「私(俺、オレ、あて)が一緒に行く!」」
あーあーあー。もう取り返しがつかないなー。
それを傍目に完全に他人事のように神さまは、
「モテる男は辛いねぇ」
「今回の任務降りていい?」
「君じゃなきゃ無理だよ」
「だよね」
「「シャルル! 誰と行くの!?」」
今日も我らがアイリス神を主神として、アイリスファミリーは元気です。
────────
今から数百年前、現世で1人の青年が亡くなった。
死因は拷問による衰弱死。あまりに無残な死に方だった。
青年は輪廻転生にのっとって天国を訪れ、神からもう一度元の世界で生まれ直す、という旨の説明を受ける。
しかしそれを聞いた青年は、「またあの希望のない世界へ生まれなければならないのか・・・」と涙を流した。
その姿を見た神はさすがに酷なのではないかと同情し、彼の第二の人生における別の道を探した。
そして見つかったのは、別の世界線で生まれ直すということ。
そこから現世で死んだ者の魂を、他の世界線へと送り込む「異世界転生」が始まった。
神は彼を前例とし、転生者が彼らにとっての異世界を豊かにしてくれることを祈って、次々と現世で亡くなった者たちを異世界転生させた。
転生者たちは皆、世界線でを超えた影響からか特殊な能力をその身に宿して生まれ直した。そして彼らは必然的に世界を大きく変える立ち位置に上り詰めた。
しかし統率する者があれど、世界は良い方向に動くとは限らない。
中にはその能力に着せて、人々の上に立ち、やりたい放題に悪事を働く者もいた。
というかそういう人がほとんどだったそうだ。
そもそも異世界転生は元々例外事なのだ。元の世界での生活を謳歌した者や、そこまではいかずともそこそこの人生を送った者には、神達も異世界転生の話など出しもしない。
つまり異世界転生してきた者たちは皆、元の世界で貶められたり、散々な目にあってきた者たち。その記憶は異世界に来ても失うことはない。
そんな者たちに力を与えたらどうなるか。
わかり切ったことだろう。
人からもらった劣等感を消そうとする。人の上に立ち、従わせ、自らの力を誇示せんとする。人や世界を自らの思い通りにしたいと思う。
要するに性根が曲がった奴らに力を与えれば、ロクなことにならないということ。
もう一度言うがそういう人がほとんどだったというだけで、能力を以て善行に尽くすものもいる。
しかし結論からして、異世界──この世界はもとあるべき姿から大きく歪んでしまった。
その事態を遅ればせながら察したこの世界の神たちは、事態を収集するために1人の神と、その神に仕える転生者を数人送り込んだ。
そして特異点──つまり問題を引き起こす転生者たちの排除、更正に着手した。
そうしてこの世界に派遣された神が、
「我が主神、アイリス神というわけだな」
「久々に聞きましたね、その話」
任務に向かう途中、銀髪少女シエナと屈強男のアレックスと共に、自分たちの存在理由について振り返っていた。
結局パートナー任務には、早い者勝ちということで最初についてくると言い出した2人がついてきたわけである。
「で、アイリス神と一緒に送り込まれた転生者っていうのが、シャルルやアレックスなのですか?」
本人は非転生者──正真正銘、この世界の原住民であるシエナが問うが、俺は首を横に振った。
「いや・・・アレックスはそうだが、俺は違う」
「そうなんですか? え、でも、シャルルはアイリスファミリー初期メンバーでしたよね」
もともと俺は過去の話をあまりしない。てっきり俺が転生時からアイリスに付き添っていたと思い込んでいた彼女は首をかしげる。
「まぁアレだ。拾われたんだ」
「そんな犬みたいに・・・」
「実際、犬みたいな拾い方だったかもしれん」
「えっ」
不思議がられても事実だ。これ以上話せることは無い。
もっとも俺はあまり過去の話を自分からする方じゃないので、こういった話をする機会自体少ない。何を言ったところで大体仲間を驚かすことが出来る。
「そこんとこは初期メンバーの俺が説明してやろう」
昔話をしない俺に代わって、アレックスが口を開く。先程までなぜかアレックスに対して不満丸出しだったシエナも、顔を輝かせて食いつく。そこまで人の話を聞きたいかね?
「こいつと出会ったのはな・・・、雨の日のことだった」
そんな切り出し方で昔話が始まる。
「元々、こいつは特異点として認識された標的でな。んで俺とマチで始末しに行ったんだ。んで見事拘束したんだが」
「えっ、シャルル負けちゃったんですか!?」
「あの頃はまだガキだったからなぁ」
「そうそ。まだ身長も俺の半分くらいしかねぇガキもガキだ。始末すんのが可愛そうでならなかったぜ」
アレックスはそう言ってはいるが、あの時は遠慮なしに本気で殺しに来てたと思う。尻尾まいて逃げることしか出来なかった俺はマジ怖かった。
「だが・・・、一緒についてきたアイリスが突然『この子連れて帰ろう!』とか言い出したんだ。あの時は正気を疑ったぜ。なんせ特異点を仲間にしようって言うんだからな」
「さすがアイリス様。それで今のシャルルがあるのなら、その人を見る目に賞賛を送らなければなりませんね!」
むふん!となぜか誇らしげなシエナ。
「まったくだ。最初は俺も警戒心剥き出しだったんだが、いつの間にか信頼に変わってたよ。んで今では孤高の狼だ。あの頃は可愛かったのになぁ・・・」
「お前は父ちゃんか」
思えば俺もファミリー入りしてからもう10年くらい経つのか・・・。俺以降にファミリー入りした者も多く、今では割と大所帯だ。
何度も共に修羅場をくぐり抜けて、絆は強まり、信頼は強固なものになった。そう考えると今回みたいなパートナー任務もたまにはやるべきなのかもしれない。性にはあわないけども。
「でも良かったです。アイリス様の決断がなければ、私もシャルルには出会えなかったのですから」
胸に手を重ね、そう答えるシエナ。
家族っていいなぁ。あの頃の俺にも聞かせてやりたい、この言葉。でも任務は一人で行かせてよ。
昔話に矜持しているのも束の間、視界にうっすらとした光が差し込んだ。
荷台のシートを軽くめくると、昨日もみた王国の街灯たちが目に入った。
というのも俺たちは王国の中心である王宮から少し離れたところにある宿屋に今回の拠点を構えた。そんなわけで王宮付近まで移動しなければならず、今晩はちょうど王宮に向かう荷馬車を見つけたので、その荷台に紛れ込んだのである。
特徴的な形の街灯は、王宮が、そして任務開始が近いことを報せる。
「そろそろ王宮だ。今回の作戦はふたりとも頭の中に入ってるな?」
シエナとアレックスはゆっくりと頷く。
「魔導顧問が殺られて、昨日の今日で向こうも警戒しているはずだ。少しでも不穏な動きが見られたら即座に警笛がなるだろう。決して見つかるな。行くぞ」
合図とともに3人で荷台を飛び出す。俺とシエナは同じ方向へ。アレックスだけは別ルートだ。
そして家屋の屋根を忍者のように鋭く駆ける。
風を切るとともに、闇夜に溶け込む羽織った黒コートがたなびく。
ここからが俺たち裁定者の仕事だ。