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転生者を刈る

陽はとっくに落ち、夜も老けた。


街に多く点在する街灯だけが夜道を照らす。その灯りだけを頼りに男は駆けた。


「はっ・・・! ひっ・・・! ああっ・・・!」


息は絶え絶え、額には汗が滲む。その表情は酷く何かに怯えていた。


男は騎士団の人間だった。元々つけていた鎧と魔導に優れた者の証であるコートは逃げる上で重くて、幾つか脱ぎ捨てた。


今まで男は天から授かった恵まれた力で、金、名声、女、何にも不自由することなく育ってきた。


敵と相対しても騎士道精神の元、正々堂々と戦えば大体勝てた。


更に騎士としての実力も優れているのに、魔導の才はそれよりも上をいった。


それくらい男は強かった。そしてその強さを糧に男は自分に絶対的な自信を持っていた。


しかしその自身という名の心の鎧さえも剥がされた。それがなくなった頃、男には半泣きでみっともなく逃げ出すという道しか残されていなかった。


「はぁはぁ・・・、クソっ!」


入り組んだ住宅街の路地を男は逃げる。


王都勤めの男には、この辺の土地勘が無い。闇雲に逃げていればいずれは・・・、


「なっ! 行き止まりだと、クソがっ・・・!」


目の前に広がる灰色の壁。行く手を阻まれた男は元来た道を、元来た暗闇へと引き返そうとする。が、


「どうも初めまして。殺しに来ました」


「!?」


暗闇の中から、全身を黒コートに包んだ人影が姿を現す。発された声は異常なまでに冷たい青年の声だった。


「くっ! やれるもんならやってみやがれ! 言っておくが俺はなぁ! 神から力を授かった選ばれしにんげ・・・!」


男が言い切る前に、音もなく投擲されたナイフが男の大腿に突き刺さった。


「ぐあああああっ! 貴様っ! なんて卑怯な!」


騎士道精神を重んじる男は、名乗りもあげず攻撃してきた目の前の黒コート青年を糾弾する。


「好きなだけ叫ぶといい。だが今から一言一言よく考えて発することだ。何がアンタの遺言になるか分からないからな」


黒コートの青年は1歩1歩踏みよる。その手には新たなナイフが握られていた。


「はい、これ罪状。読んでみりゃ、税金の不正使用に権力を脅しに、善良な女性市民に対する性的暴行。戦いは騎士道精神を掲げといて、仕事はとんだゲス野郎じゃねぇか」


懐から取り出した紙を掲げながら、青年の声は微かに笑った。しかしその顔には狼をかたどった面をつけており、その表情は伺えない。それが追い詰められた男の恐怖心を煽る。


「お、俺は、この国の魔導顧問だぞ! 俺を殺せば国が、王が黙っていない! お前のような賊風情など王の元にゴミクズ同然に消えさ・・・ぐああああっ!」


最後の強がりと、吠えたてる男の大腿に刺さったナイフが自然と抜ける。抜けたナイフはひとりでに宙を舞い、青年の手に戻った。


「ほう。アンタみたいなのを魔導顧問に任命して、仇を討とうとする愚王なら、そいつもすぐあの世に送ってやるよ心配すんな」


「なっ!?」


一国の王を討つ。それはとてもおいそれと口にできるものじゃない。


しかし面の奥、透かして見えた青年の青く輝く目には、それを本気で語った青年の想いが写った。


「俺のモットーは『死者に口なし』。王だろうがどんなお偉いさんだろうが、死んでしまえばそれは等しく『ただの肉塊』だ。そこに振りかざせる力なんてありはしない」


青年はゆっくりと面を外す。その下には男の想像通りの冷たい目をした、端麗な少年の顔があった。


「アンタが前世でどんな人間だったかは知らんが、今世での特殊能力による異世界転生は楽しかったかい?」


「!? なぜ俺が『転生者』だと……」


「知ってるさ。これは『神』の裁定だからな」


「!?」


男は驚愕した。自分がこの世の人間ではない、と言い当てられたこともそうだ。


男は数年前、前世での生を終え、この世界へと転生してきた。その際、自分に力を与え、自分の豊かな第二の人生を祈ってくれた、その神様が自分を消せと命じたなんて信じたくもないだろうが。


「そ、そんなはずはない…! 俺は神さまに選ばれて、この世界に来たんだぞ! デタラメを言うな!」


「はぁ……。自覚はあるだろうに。自分の胸に手を当てて聞いてみるんだな。 神に背いた行いがなかったか」


そう言われれば、いくつか思いついてしまうのが人間というものだろう。男の顔には、また汗が滴る。


「神さまはあくまでアンタら異世界転生者に『健全に』幸せになって欲しいと願ってこの世界に送り込んでんだぜ? 恵まれた力を振りかざして、この世界を歪められちゃ、神さまも困るらしいのよ」


それを聞いた男はすぐに贖罪の言葉を並べ立てる。


「わ、分かった! これからは悪いことしないからさ! 今回は見逃してくれ、頼む! 俺だってまだ異世界生活を楽しみたいんだよぉ……!」


もう男の中にプライドなど残っていなかった。死を前にすれば、どんな人間もこんなものだ。


「窮地になってから命乞いするくらいなら、最初から真面目にやってりゃいいのに…。どうして人間ってのは追い詰められないと学習しないのかね、はぁ……」


同じ人間として二度ため息が漏れた。


人間は失敗して学ぶ生き物だが、失敗しちゃいけないことはいくらでもあるし、失敗しなくても予測して学べることはある。


「残念ながら今のアンタに命乞いの猶予は残されていない。何を言おうが何を出そうが無駄なのさ」


男はその言葉に、さらに汗を流した。


「もうこうなってる時点で遅いんだよ。悪いな。恨むなら、悪事をやめられなかった自分を恨め」


「ま、待ってくれ! 俺はまだ死にたくな────」


「じゃあな」


青年が掲げた腕を振り下ろすと、宙に浮いていたナイフが男の心臓を貫いた。


絶命した男の胸から血が流れることはない。


ただ身体の縁から、輪郭が薄くぼやけ、光となっていく。そして光となった身体はだんだんと空へ消えていく。


青年は目をそらすことなくそれを見つめていた。


「次は…、もう少しまともに生きろや」


男の死体が完全に光と化すと、刺さっていたナイフだけがカランと虚しく地に落ちた。そのナイフを青年は拾い上げる。


これも仕事だと納得しようとするが、それは罪の忘却に過ぎない。自身の悪事を、騎士道精神で忘却していたこの男と何ら変わりなくなってしまう。


青年は手元のナイフを消すと、踵を返して歩いていく。


今日もまたその黒コートとナイフの元に、悪しき異世界転生者へ制裁は下された。




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