正義と秩序
きっと人にはそれぞれの正義がある。
少女は知らない。その正義は時に誰かを傷つけることを。
「だったら・・・! これがあなたの!あなた達の正義だって言うの!? 人を殺すことがっ! 誰かの大切な人を奪うことが・・・!」
美しく儚げな白の鎧を纏う少女は涙を流し、歯を食いしばって糾弾する。
糾弾の照準が向けられているのは、全身を黒コートに包み、その風貌に似合った冷たい瞳の少年。
「だったら・・・! あなたの正義は間違ってる! 絶対に・・・! 人の大切な物を奪うことで、救える物なんてこの世に1つもありはしないッ!」
少女が何を叫んでも少年の表情は変わらない。
冷え切ったように青く染まる少年の瞳は、これ以上冷めることができないよう。心が冷え切ってしまえばきっと傷つくことは無い。
だから少年は知っている。自分の正義は誰かにとって糾弾され、理解されない物なのだと。
「・・・正義か」
重く響くような口調だ。
「この世に自分と同じ考えの人間が1人として存在しないのなら正義なんてあるだけ無駄さ。故にアンタと俺がここで敵対しているのも仕方の無いことだ」
少年は右手にナイフを、少女は光の剣を握りしめる。その刃先はしっかりと敵の方を向いて捉えていた。
「もしアンタが俺を間違いとしたいならその剣で俺を貫けばいい。俺はそれを逃れてみせよう」
自分の心臓部に親指を突きつけながら少年は言う。その目に死などは写っていないが。
「だが一つだけ訂正したい。俺たちが守るのは正義なんかじゃない。ただ一つ、この世の『秩序』だ」
それを聞いた少女が喰ってかかる。
「人を殺しておいて何が秩序よ! あなたたちのやっていることは混乱そのものじゃない!」
「人の存在が世界の秩序を助力しているとは限らない。この世には存在してはならない人間がいることを君は知った方がいい」
「ふざけるな! この世に存在価値のない人間なんていない!」
そんなことを涙交じりの声で叫べるだけ、少女は綺麗な存在だった。きっと少年の目には眩しく写っただろう。
誰からも必要とされない人はいないなんて綺麗事だ。世の中から、人から見捨てられ、存在価値などないゴミのように生きている人間なんていくらでもいる。
それを知らないこと、認めないことはただの弱さだ。
……知って、認めたところで強くなれるとは言えないが。
「私はあなたを許さない・・・! あなたには然るべき裁きを・・・、私が与えてやる!」
「そうか・・・、なら────」
人は綺麗なままでは生きられない。この世界は白い物だけで作られているわけではないから。
怒りや憎しみは人を黒く染めてしまう。
今、目の前の彼女がそうであるように。
ただ彼女は何も知らない。知らないままに怒りを心で爆発させている。
少年に責任転嫁する気はない。自分が悪だとはっきり認めていた。
しかしこのままでは彼女はあまりに憐れだった。
だから少年は少し息を吸って、目を閉じ、決意する。
「────俺はアンタを救おう」