002、海榊紫黄(みさかきしおう)
「こ、ここ、こっからどうなるんです?」
「え? 僕のは、ここまでなので……」
向かい合ってそんな会話をしていたのは、少年と少女。
制服を着た少女は高校生。天下御免の女子高生。ただし、カバンのロゴからそう判断できるだけで、雰囲気的には中学生と言っても通りそうな見た目である。学校ロゴの入ったベージュのカーディガンの袖先からちらりと見える指は白く細い。
繊細そうな長い指だが、爪はマニキュアがなくても光沢が出るように磨かれている。校則違反はしたくないが、なんとなくお洒落にしたいという妥協点である。部活やっていない系女子の利点でもある。
秋口にカーディガンは寒くないのだろうか、と少年は思う。といっても彼自身の学校の制服も半ズボンである。寒いのが苦手な彼は膝が出ない程度の丈のものを着ているが、
(そういえば、ナチュラルに服の名前とかが出るように勉強しないと……ですね)
先輩たちは、頭の中のキャラクタの服装を表現するのにどうしているのだろうか、と疑問に思った少年は、今度機会があれば訊いてみようと、決意する。
さて、その少年。彼は小学五年生。こちらに関しては、先程述べたように近所の小学校の制服を着ている。制服を着る小学校であるという事実と少年自身の持っている雰囲気が何処かのお坊ちゃまを思わせる。
しかし、その二人が向かい合っているのは、不似合いな場所である。
『クレイエル・デ・メール』。お洒落っぽい雰囲気をなんとなく感じる店名であるがざっくりと事実だけで言ってしまえば、主として女性従業員が色気とアルコールと軽妙な会話を売りにするタイプの店舗である。
開店前ではあるが、一般的に言って、子供っぽい女子高生と、半ズボンを履いた小学生の向かい合うにふさわしい場所ではない。
「……ところでコーコさん」
「うん?」
「こういうお店に制服で来て大丈夫ですか?」
「あ、うん。これうちの学校の制服じゃないから」
「……?」
「ついでにいうと、カバンもそうなんだけど」
そう言うと、携帯端末を操作して、何かの画面を映し、少年に見せる。
「えっと……」
そこに写っていたのはコーコと呼ばれた少女より若干大人びた制服の少女が学校の教室と思しきところでうつらうつらとしている写真だった。夏らしく、写真に写った少女は熱気にさいなまれたような表情である。
「これがうちの学校の制服だよ」
「――確かに違いますね」
携帯画面とコーコを見比べた少年は言いながら若干顔を赤らめる。
「えっと、この写真はちょっと僕には刺激が強いので」
確かに、彼の言う通り、その写真が撮影された夏という季節がそうさせるのであろう、写っている少女のシャツは胸元が大胆に開いている、流石に下着が写ったりはしていないが、小学生の高学年には刺激が強いかもしれない。
「あんまり、うちの子の性癖を歪めないでね?」
コツン、と少女の頭が軽く叩かれる。
いて、と反射的に声を上げつつ少女が顔をあげると、そこにいたのは少年の母親だった。
「えっと、そんなつもりはなかったんですけど」
若くみえるその母親は、画面に写った写真を見て。
あー、と息を吐いた。
「うん、これは、シオに耐性がなさすぎな気もするわね」
うぅ、とうつむく小学生男子。そちらから視線をコーコに移して……。
ごめんね、と言いながらガラス張りの机に置かれたのは、ティーカップが二つとクッキーだった。
一つ鼻を鳴らして、普通の紅茶でないことがコーコにもわかった。
嗅いだことはあるのだけれど、何だったか、と一瞬思考を止めて。
「ローズヒップ」
「うん、好きかしら、紅子ちゃん」
「あんまり飲んだことは無いですけど、好きです」
それは良かった、といって、女性は奥に戻っていった。
「あ、クッキーも美味しいですねぇ、これ」
「お客さんからもらったやつだと思いますよ、それ」
女の子のいる店に、差し入れ的に持ってくるものだからきっと良い菓子なのだろう、とコーコは思いながら口に含む。
ローズヒップの酸味に合う――静かな時間が流れた。
・
しばらく、と言ってもカップの湯気が消え去らない程度の時間であるが、皿のクッキーが無くなる程度の時間が経って。
カップに口をつけたシオと呼ばれた少年が、コーコに聞く。
「赤舟亭、って、メンバーで集まったりしないんですか?」
「んー、学校のクラブ活動とかとは違うからねみんなで集まるっていうのはあんまり無いかな……」
返答すると、シオは少し落胆したような表情を見せた。
「うーん、でも、紫黄君はみんなとお友達になりたいんだよね?」
「え、っと。そういう言い方をすると子供っぽくてなんか嫌ですけど……、そうですね」
言い方を間違えたかな、と、コーコは軽く頬に手を当てたあとに、
「じゃあ、何人かのメンバーがよく来る場所を……えっと、向こうが良いって言ったら教えてあげる」
「本当ですか!?」
先程まではおとなしくて、何処か冷めていそうだった印象の少年のあまりの食いつき具合に、コーコは若干圧されるようにして上体を背もたれに預ける。
うん、と何とか返事をして、コーコは店を出た。
曲がり角を曲がる瞬間まで紫黄が手を振ってくれていたのは彼の期待の現れだろうか。
私も、そんなに、交流が得意なタイプじゃないんだけどなぁ、と自分の兄にほのかな恨みを覚えながら帰宅の途を行く。