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あれからどれだけの月日が経っただろう。坊主を追い払った次の日から、私のトンネルには、人っ子一人来なくなった。……正直、寂しい。
……はっ?! 私としたことが、いつの間にか人に感化されてしまったようだ。なんということだ……。まったくもって嘆かわしい。こういうときは、トンネルの外でも散歩してくるか……。
白い雪が深々と降り積もる中、私はトンネルから外へと繰り出した。外を散歩すれば、煮え切らないこのざわざわとした気分を、紛らわせることができると思ったのだ。
雪の中は良い。すべての音を包み込んで、見える世界を白一色で塗りつぶし……そして私の頭の中から、余計な考えを消し去ってくれる。
……だからこそ、そこで人が倒れておっても、私は心を穏やかにしていられたのだと思う。もしも今が夏の暑い時期だったなら、私はイライラが押さえきれず、思わずこの人間の魂を喰らっていたはずだ。なにしろ私は、暑いのが嫌いで、年がら年中涼しいトンネルの中を住み処に選んだくらいなのだからな。
「……生臭坊主め。こんなところで何をしておる?まさか、また金儲けか?」
そこに転がっておったのは、いつぞやに見かけた最後の訪問者。人に化けた私の姿を見て、腰を抜かしながら逃げ出していきおったあの坊主だった。さすがは生臭坊主。自ら生ゴミを体現するとは、恐れ入る。
「……死ぬのか?」
そう呼び掛けてみたが、しかし、坊主の方から返事はない。多分、もうすぐ死ぬか、あるいはもう既に死んでいるのだろう。
そういえば、私がここのトンネルに住み着いてからというもの、この近くで人が死んだという話を耳にしたことはない。まぁ、車すら通らぬこの道で命を落とすなど、動物たちに襲われるか、自ら命を絶ちに来ん限り、あり得ん話だから当然だがな。
……そうか。つまり、こやつが、私の知る限り最初の死者になる、というわけか。肝試しにやって来て死ぬのではなく、金を儲けようとして失敗し、そして野垂れ死ぬ、というわけだな?哀れというか、自業自得というか……。
そう考えていたら、段々と腹が立ってきた。この坊主は、私が招いたわけでもないというのに、勝手にわざわざ人の家の前までやって来て、そして愚かにも息絶えるのだ。
まだ、それだけなら良い。こやつが死んだことを町の人間たちが知ったなら、きっと皆、私がやったのだと思うに違いない。私が坊主を呪って殺した、とな。さらには、この場所を悪霊の住まう危険な場所だと決めつけて、興味半分で肝試しを繰り返すのだろう。ああ、なんということだ……。
「……はぁ。やめだ、やめ。こういう悪い思考は、延々ぐるぐると回り続けるものだからな……」
私は、あえてそう口にすると、生臭坊主を我が家であるトンネルまで引っ張っていくことにした。ここに死体が残ると、色々面倒だからだ。その際、坊主の身体に触れることになったわけだが、微かながら温もりが残っておるような気がしたのは、坊主が辛うじて生きておったためか。
「さて、どうしたものか……。そこの川に流してやろうか?それとも、このまま生き埋めにしてやろうか?熊に食わせるというのも悪くない。要するに、誰かに知られることなく、跡形なく消し去ってしまえば良いだけの話だからな……ふっふっふっふ……」
この坊主をどうしてやろう……。私はそんなことを考えながら、坊主を連れて、来た道を戻っていった。