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「……あやつらのことを驚かせてやろう」
私の日課は、このトンネルにやってくる者たちを怖がらせることだ。
まったく、肝試しぶーむだか何だか知らんが、どいつもこいつも、ただ静かに暮らしたいだけの私の生活を、町から遠く離れたこの場所まで、わざわざ荒らしにやって来る。そのうちどうせ、虫の鳴き声に驚いて、キャーキャー喚いだ挙げ句、勝手に帰っていくだけなのだから、そのまま放置しても良いのだけれど……。しかし、それでは、私の腹の虫が収まらんのだ。2度と来ないよう、恐ろしい目に遭わせてやろう!覚悟するがいい!
……そんな日々を私は過ごしていた。
そして、私がここに住み着いてから、およそ50年ほどが経ったある日のこと。
「……ここは危険です!ここには悪霊が住み着いています……!」
……などと戯言を口にする坊主が、私のトンネルへとやって来た。
こやつ本当に私の姿が見えておるのか?……おーい!今のお前の前に立っておるぞー?
しかし、私が手を振っても、坊主はあらぬところを注視しておるだけで、やはりこちらの姿に気づいた様子は無い。
ここ最近、こういう連中が増えた。昔は『こんなところにくるお前らが悪い!』と、肝試しにやって来た若者たちのことを一喝する坊主が多かったように思うのだが、どうも昨今では、坊主たちの間でびじねすとやらが流行っておるらしく、私の住んでおるような薄暗いトンネルなどに出向いては、戯言を並べて、若者たちから金を巻き上げておるようだ。まったく、地獄の沙汰もなんとやら、とは良く言ったものだと思う。
……ふん、分かった。なら、お前たちのために一肌脱いで、悪霊とやらになってやろうではないか!
そう決めた私は、いつも通りの行動に出た。
とはいっても、大それたことをするわけではない。来訪者どもの足下へと少しひんやりとした冷気を送ってやるだけだ。それだけで、人間たちは大抵、身を震わせて逃げ出していく。最小限の力で、最大限の成果を得る……えー、何と言ったか……えころじー……いや、えこのみー……まぁいい。
そして今日この日も、肝試しに来た若者たちは、みな我先にと逃げ帰っていった。空気を冷やしたことでトンネル内に生じた霧に、何かの姿でも見たのだろう。ちなみに言っておくが、私の姿ではない。
そんな中で、最後まで逃げなかった人間が1人だけおる。あの生臭坊主だ。こやつは見所があるな……。
「…………!」
ほう?坊主らしく、経なんぞ唱えておる。だが、私には効かん。幽霊などという不確実なものではないからな。さて、こやつのことをどう料理してやろう?
いつも大体同じ方法で人を驚かせてきたから、たまには、違う方法で驚かせるというのも良いかもしれん。……そうだ。そういえば前に、狐が人に化けて、村から食べ物をくすねておるのを見たことがあったな……よし。ならば、私も人に化けて、この坊主をこらしめてやることにしよう。
そう考えた私は、坊主の前に、すーっと人のような姿を見せることにした。トンネルの闇を纏うような黒く長い髪。今時、誰も着ないような暗い色の和装。そして、血に染まったような真っ赤な帯。……うむ。我ながらすばらしい悪霊の姿だと思う。さて、坊主の反応はいかがなものか……。
「…………!」びくっ
ふむ。驚いておる、驚いておる……。その驚きぶりが嬉しくて、私は思わず口元をつり上げた。
そうしたら、坊主のやつ、血相を変えて逃げ出していきおった。……ふん、他愛もない。所詮は人の子か……。
そして誰もいなくなったトンネルの中で、私は1人ため息を吐いた。