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第4話『対価』

「どうも、お世話になりました」

 

 心の内を吐露し、随分とスッキリした私は、少し酔いが冷めたところで店を出ることにした。

 

「あの、代金はこれでも……?」

 

 そう言って、私は革袋をカウンターに置き、口を開いた。

 中には銀貨が数十枚入っており、大人ひとりがひと月は生活できるだけの額が入っている。

 

「うーん、銀貨でっか……。銀貨はだいぶあぶれてきてんねんなぁ」

 

 ハッサク殿が困ったような表情を浮かべる。

 たしかにこれだけの料理と酒には見合わない対価かもしれない。

 

「申し訳ない、私にはこれくらいしか持ち合わせが……」

「その義手よこしなさいよ」

 

 すると、アミィ殿が突然そんな提案をしてきた。

 

「義手、ですか……。しかし……」

「それ、魔力が通るってことは、ミスリルが含まれてるのよねぇ?」

「ええ、微量ですが」

「おおっ!! ミスリル!!」

 

 なぜかユージ殿がミスリルという言葉に大きく反応し、アミィ殿が呆れたように一瞥する。

 

「ゴゼンって、こういうの好きそうでしょ?」

「ああー、たしかに」

 

 アミィ殿の言葉を受けユージ殿が申し訳無さそうな顔を私に向ける。

 

「あの、その義手って、やっぱり外すと困りますか……?」

 

 その問いかけに私は笑みを返し、義手を外した。

 

「命のお礼には安すぎますが、どうぞお納めください」

「そんな、命なんて大げさな……」

 

 大げさなものか。

 この店に来られなければ、私はあのまま迷宮で命を落としていただろう。

 だったら義手のひとつなど、安いものだ。

 

「ま、食事の代金にしてはもらいすぎね。だからお釣り代わりにこれ、あげるわ」

 

 義手をユージ殿に渡したあと、アミィ殿が茶色い小瓶を差し出してくれた。

 

「これは……?」

「フィジカルポーションみたいなものよ。アタシが祝福したげてるから、ありがたく飲みなさい」

「はぁ、それはどうも」

 

 どうやら金属の蓋をひねって開けるようなので、早速開けようとしたのだが――、

 

「待ちなさいよっ!!」

「はい?」

「なんでここで開けるのよ」

「まぁ、身体に細かい傷も受けてますから、さっそく飲もうかと……」

「ダメよ! これはあっちに帰ってから飲みなさい。こっちで飲んでも栄養ドリンクに毛が生えた程度の効果しか出ないんだから」

「はぁ。よくわかりませんが、その……、わかりました」

「あと、その銀貨はちゃんと持って帰りなさいよ。要らないから」

 

 私はアミィ殿の言葉に苦笑を漏らしつつ、受け取った小瓶を腰のポーチに入れ、カウンターに置いた革袋を懐にしまった。

 

「本当にお世話になりました。では私はそろそろ行かせてもらいますね」

「まいどおおきに」

 

 改めて私が別れの挨拶をすると、まずハッサクさんが謎の挨拶を返してくれた。

 

「アランさん、お気をつけて」

「また……殴り合い、しよや……ぐふふ……」

 

 続けてユージ殿とライゼン殿が返してくれたが、アミィ殿はそっぽを向いてグラスをあおっていた。

 

「失礼します」

 

 ――ゴガッ……!!

 

 立て付けの悪いガラス戸を引き、店をあとにする。

 

「……お幸せに」

 

 アミィ殿が何かを呟いたようだが、上手く聞き取れなかった。

 

**********

 

 細い階段を下りた先は、黒い空洞のようになっていた。

 

 そこを抜けると…………。

 

「ダンジョンの、外か……」

 

 彼らの言ったとおり、私は無事ダンジョンを出ることができたようだ。

 振り返ってみたが、木の扉も、階段への入り口のような空間の穴も見えなかった。

 

 ダンジョンでは各階層のフロアボスを倒したあとに、帰還用の転移陣が現われ、一瞬で外へ出られるようになっている。

 私がいるのも、その転移陣を使ったあとに着ける帰還場所だった。

 

「ふぅ……」

 

 ひと息ついた私は、腰のポーチから茶色の小瓶を取り出した。

 

「こっちに着いたら飲めって言ってたよな……」

 

 私は右の小脇に小瓶をはさみ、左手で蓋を回した。

 

 ――プシュッ!!

 

 と小気味良い音が鳴る。

 蓋を開けたあと、私は小瓶を左手に持ち替えて中身を一気に飲み干した。

 

「ぷはぁ……。少し癖はあるけど、結構美味しいじゃないか」

 

 通常のフィジカルポーションにくらべ、アミィ殿にもらったポーションは甘酸っぱくて美味しかった。

 

「この瓶、綺麗だよな……」

 

 どうやら金属の蓋を閉めれば再利用できそうなので、私は蓋を締め直して腰のポーチに瓶を入れた。

 

「さて、帰る――ぐぁっ……!?」

 

 帰還場所から外へ出ようとした私は、右腕に激痛を感じて悲鳴を上げてしまった。

 

「がぁっ!! ぐ、うぅ……ぎぃああぁぁぁ!!」

 

 痛い……、右腕が痛い……!!

 失われたはずの右腕が、これまで味わったことのない、フラマゲーターに食いちぎられたときよりも激しい痛みを発している。

 

「おぉぁ……ぐぅぅ……!!」

 

 私はあまりにの痛みに倒れ、うずくまり、のたうち回った。

 周りに人の気配はない。

 こんな姿を見られず幸運だった思うべきか、助けを求められず不幸だったと思うべきか……。

 このまま死ぬのではないかと思えるような痛みがしばらく続いたが、やがて治まっていった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 痛みが完全に治まり、少し落ち着いたところで、俺は両手をついて(・・・・・・)起き上がった。

 

「――っ!?」

 

 自身の行動に驚き、視線を動かすと、失われていたはずの右腕があった。

 

**********

 

「あなたっ!?」

 

 帰還場所をあとにし、探索者組合(ギルド)に入るなり、妻が私を呼んだ。

 

「ビアンカ……どうして?」

 

 迷宮探索者(ダンジョンシーカー)時代も、廃業した後も、ずっと私を支え続けてくれた我が妻ビアンカは、目に涙を溜めて駆け寄ってくるなり、痛烈なビンタを私に食らわせた。

 

「バカぁっ!! なんで……なんでこんな危険なこと……」

「ごめん……」

「どうして私に黙ってたのよぉ……。私だって元迷宮探索者(ダンジョンシーカー)なんだよ? 少しくらい力にならせてくれたっていいじゃない……!!」

「本当にごめん……。君を危険な目に合わせたくなかったから……」

「私だってあなたが危険な目に合うのは嫌よっ!! なんでそんなことがわからないのよぉ……」

 

 ビアンカは顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。

 

「なにが……不満だったの……? どうして、こんな……」

「君との生活に不満なんてない! 君と結婚してからずっと、俺は幸せだったよ」

「だったら、なんで……」

「それでも……、どうしても、叶えたい夢があったんだ……」

 

 そう言って俺は、ビアンカの頭にポンと手を置いた。

 

「夢……? それって、どんな――っ!?」

 

 そこでビアンカは、何かに気づいたように息を呑んだ。

 

「あなた、これ……」

 

 彼女は自分の頭に置かれた俺の手を取った。

 俺の、右手を。

 

「そんな……どうして……?」

 

 戸惑う妻を、私は少し乱暴に抱き寄せ、彼女の背中に両腕を回した。

 

「ずっと……こうしたかった……!!」

「うぅ……あなたぁ……!!」

 

 俺は彼女の存在を確かめるように、強くビアンカを抱きしめた。

 そして妻を強く掻き抱くことで、自身の右腕の存在をも、強く確認できたのだった。

  

「ふぐっ……あなたぁ……腕が……うぐぅ……よかっ、たぁ……」

 

 しばらく俺の腕の中で震えていたビアンカが、ふいに顔を上げた。

 涙に濡れた妻は、輝くような笑顔を浮かべていた。

 

 

「た、頼むっ! 見捨てないでくれぇ!!」

 

 そんなとき、急に男の悲鳴のような訴えが耳を突いた。

 そしてその声に、俺とビアンカは同時に声のほうへと視線を向けた。

 

「あぁっ!? ふざけんじゃねーぞ!! テメーが罠に解除に失敗したんだろーがよ!!」

「こっちゃいらねー毒くらったせいで、たっけぇキュアポーション無駄に使っちまったんだぞ!?」

 

 ひとりの中年男が、若い二人組に詰問されているようだ。

 

「すまねぇ……! すまねぇ……!! あんときゃ酒が切れて手が……」

「あぁ!? じゃあテメーいつも酒のんでダンジョンに潜ってたのかよっ!!」

「っざけんじゃねーぞおっさんよぉ!! んなやつに俺らの命あずけられるわきゃねーだろーがぁ」

「そんな……酔ってねぇ……ちょっとだけ……舐めるくらいで大丈夫なんだよ」

「うっせー!! もう新しい斥候も見つかったんだよ! オメーとはここでおさらばだよ!!」

 

 そう言って若い男の内のひとりがその場を去っていく。

 残ったもう一人は中年男の肩にポンと手を置いた。

 

「おっさんよぉ、もういいんじゃねぇか?」

「え……?」

 

 若い男のセリフに、中年男は青ざめた。

 

「わかってんだろ? アル中じゃあ迷宮探索なんて無理なんだよ!」

「う……あぁ……」

 

 中年男はその場に崩れ落ち、残った若い男もその場を去っていった。

 

「クレト……」

 

 俺は思わず中年男の名を呟いてしまった。

 

「――っ!?」

 

 その声が聞こえたのか、別の理由で気づいたのかわからないが、クレトがこちらを向き、目が合ってしまった。

 

「へ、へへ……」

 

 するとクレトは媚びるような笑みを浮かべて、俺たちのほうへフラフラと歩み寄ってきた。

 

「よ、よぉ……、誰かと思えば、アラン……それに、ビアンカじゃねぇか」

 

 ビアンカが露骨に眉をひそめる。

 

(老けたな……)

 

 彼と別れて10年以上になるから仕方がないのかもしれないが、それでも私とは比べ物にならないほど衰えているようにみえる。

 厳しいダンジョン攻略の中、斥候として神経をすり減らしながら戦い続けたせいだろうか。

 装備はそれなりのものを身に着けているが、頭は半分ほど禿げ上がり、頬はこけ、歯は何本か抜けている。

 吐く息からはドブのような臭いがしているのだが、もしかして内蔵を傷めてるのではないだろうか?

 

「お、お前ら、復帰したのか……?」

 

 そこでクレトは私の右腕を見て目を見開いた。

 

「アラン、お前ぇのそれぁ……義手、じゃねぇな……? まさか、治ったのか!?」

「ああ、幸運なことにな」

「そーかよ! いやぁ俺ぁお前ぇならいつか戻ってくるど思ってたんだよぉ!!」

 

 大げさに俺を持ち上げながら、クレトは話し続ける。

 ビアンカはすでに顔を背けていた。

 

「へ、へへ……ビアンカも、まだまだべっぴんじゃねぇか……」

 

 クレトが下品な視線をビアンカに向ける。

 

「ど、どうだ? また昔みたいによぉ、3人で――ぶべらっ!!」

 

 なんだかムカついたので思いっきり殴ってやった。

 クレトの頬を打ち抜いた右の拳がジンジンする。

 いまはその痛みが心地よかった。

 

 クレトはその一撃でダウンしたのか、白目をむいて泡を吹いている。

 

「ぐふふ……」

 

 その姿がおかしくて、俺はなんとなくそんな笑いを漏らしてしまった。

 

「なによそれ?」

「ん?」

 

 そんな俺の不気味な笑みに抗議するような視線をビアンカが向けてきた。

 

「こいつはざまぁないけど、あなたにそんな笑い方は似合わないわよ」

「ふ……だよな」

 

 自嘲するように苦笑したあと、妻の腰に手を回し、そのまま探索者組合(ギルド)をあとにした。


次回エピローグは短いので、本日夕方ごろに更新します。

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