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第3話『我が望みは……』

 ――ゴガッ……。

 

 私がペペロンチーノ――ユージ殿に何度も聞いて覚えた――を食べ終えてしばらく後に、立て付けの悪い入り口のドアが開いた。

 扉の向こうから現われたのは、ユージ殿が着ているのと似たような、スーツとかいう服を着た長身の男だった。

 ユージ殿と違ってシャツが黒く、色のついたメガネをかけているので、どこか不気味な印象を受けた。

 

「あ、ライゼンさんいらっしゃい」

「ぐふふ……」

 

 ライゼンと呼ばれた男は、なぜかユージ殿とパシンッ! と手を合わせ、店内を一通り見回したあと、私のほうを見て視線を固定した。

 

「ん……?」

 

 彼は目を凝らし、身をかがめてこちらに歩み寄ってくる。

 

「んん……?」

 

 そして私にほど近いところまで止まった。

 

「もしかして、あっちの人……?」

「……ええ、まぁ」

 

 ここの人たちは私のような迷宮探索者(ダンジョンシーカー)を『あっちの人』というらしい。

 

「へぇ……。ええときに来たな……」

 

 ライゼン殿がぼそりと呟く。

 

「なんで、右手だけ篭手、着けたままなんですか……? 鎧は脱いどるみたいやけど……」

 

 ライゼン殿が私の右手を見てそう問いかけてくる。

 

「ああ、これは義手でして――」

「義手……?」

「えっと、はい」

「もしかして、金属の義手……?」

「そう、ですね」

「ぐふふ……」

 

 不気味に笑ったライゼンさんは、上着のボタンを外した。

 

「ほな、殴り合いしよか……」

「はぁ!?」

 

 突然の申し出に、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

「ちょっとライゼンさん、いきなり失礼ですよ?」

 

 いや、失礼というより、意味がわからないのだが……。

 

「金属の義手やで……?」

「まぁ、珍しいですね」

「どんなもんか知っときたいやろ……?」

「はぁ……」

 

 ユージ殿がやれやれと言いたげな様子で首を振りながら、私の向かいの席に座る。

 

「すいません、アランさん。ひとつ彼の腹を殴ってやてもらえませんかね?」

「ええっ!? ど、どうして……?」

「なんというか、そういう趣味の人といいますか……」

「趣味? 殴られるのが……?」

「んー、殴り合うのが? いや、俺もあんま理解できないんですけど、アランさんさえよければ」

「ぐふふ……いつでもええで……」

 

 私の傍らに立つライゼン殿が、そう言って上半身の筋肉を誇示する。

 

「まぁ、お世話になったユージ殿の頼みであれば」

 

 そう言って私は立ち上がり、ライゼン殿の前に立つ。

 なるほど……、殴り合いを趣味と言うだけあって、只者ではない雰囲気が漂っているな。

 彼が本気で迷宮探索者(ダンジョンシーカー)を目指せば、結構いいところまでいくだろう。

 

「では、いきますよ?」

「ぐふふ……」

 

 そして私は、金属義手でライゼン殿の腹を殴った。。

 

「ぐふぅっ……!!」

 

 ライゼン殿が腹を抑え、膝をつく。

 

「だいじょうぶですか?」

「ぐふふ……。ええもん、もっとるやないか……」

 

 腹を抑えたまま、ライゼン殿は気味の悪い笑顔を浮かべ、ヨロヨロと立上がった。

 どうやら大怪我はさせずにすんだらしい。

 

「ほな、いくで……」

「ごふっ……!!」

 

 続けてライゼン殿の拳が私の腹に刺さる。

 見立てどおり、なかなかの実力者だ。

 

「ほな、飲もか……」

 

 なぜか宴会が始まってしまった。

 

**********

 

「なるほどぉ! 強欲の迷宮(ダンジョン)というのをクリアしたら、なんでも欲しいものが手に入るってわけですね!?」

「ええ、だから私は失った右腕を取り戻したいんですよぉっ!!」

 

 酒を飲み始めてから、私は身の上話を何度もさせられた。

 その度にユージ殿は大げさに相槌を打ってくれるものだから、私は気分が良くなってしまい、誰にも話したことのない迷宮攻略の目的まで話してしまった。

 

「ほうか……。ほなジブンの右腕が戻ったら、それでクレトのクソボケを殴り倒すんやな……?」

「はっはっは!! それもいいですねぇっ!! …………でも、私は……。私は自分の腕で……」

 

 私はそこで言葉をつまらせてしまった。

 迷宮攻略の目的を……、自分の腕を取り戻したあとにどうしてもしたかったことを改めて思い出したからだ。

 人に話せば馬鹿にされるようなことかもしれない。

 そんなことのために命をかけるなど、愚かなのかもしれない。

 それでも、私は…………。

 

「よーし、じゃあオンバコさまにぶちまけちゃいましょう!!」

「オンバコさま……?」

 

 ユージ殿がなにやらよくわからないことを言いながら、木製の小箱を持ってきた。

 彼もまた我々とともに酒を飲み、そこそこ酔っているようだった。

 

 その木箱は人の頭よりひと回りほど大きなもので、外側に木枠が付いている。

 蓋にはなにやら見たことのない文字が書かれていた。

 

「これがオンバコさまです」

 

 そう言ってユージ殿が箱の蓋を開けたのだが、中は空洞だった。

 聞けば、最初に見た壁画を背に座り、このオンバコさまとやらいう木箱に顔を半分ほど突っ込んで喋ると、いい具合声が反響するのだとか。

 

「絶妙なAMラジオ感がでるんですよー」

 

 とユージ殿は言うのだが、意味はよくわからなかった。

 

「じゃあオンバコさまに向かって思いっきり叫びましょー!!」

「えっと……、それになんの意味が?」

「ふっふっふ。霊験アラタカなオンバコさまに願い事叫ぶと、願いがなう――」

「本当に!?」

「――なんてことは一切なく、ただなんとなくスッキリします」

「はは……」

 

 なんだそれ……。

 でも、大声出してスッキリするというのも悪くないか。

 

 聞けばここから出ると、ダンジョンの入口に戻るらしい。

 その話が本当なら、私は絶望的に追い詰められた状況から無事生還できるとうことだ。

 しかし、逆に言えば今回の探索はこれにて終了ということでもある。

 そしてここまで来てみてわかったことだが、強欲の迷宮をソロで攻略するなど土台無理な話なのだ。

 私の願いを叶えようとすれば、もっと深層に潜らねばならないだろう。

 もう一度挑めるかと問われれば答えは否だ。

 今回はあわよくばという一縷の望みに賭けて勢いで挑戦したが、その一縷の望みすらないことを実感できた。

 

 私の夢は叶うことなく夢のままで終わる。

 なら、このオンバコさまとやらに胸の内を吐き出した所でバチはあたるまい。

 そう思い、私はユージ殿から木箱を受け取った。

 

 壁画の前に用意された椅子に座り、箱の木枠を持って顔を半ばまで突っ込んだ。

 

『私は――』

 

 はは、本当だ。

 声の反響具合が、なんだかおおもしろい。

 

『私は、失った右腕を取り戻したい! そして取り戻したその腕で……』

 

 そこまで言って、胸が詰まった。

 迷宮探索者(ダンジョンシーカー)として命をかけながらも楽しく活動していたこと。

 そんな中、仲間をかばって右腕を失ってしまったこと。

 助けた仲間に見捨てられたこと。

 迷宮探索者(ダンジョンシーカー)を引退し、郷里に帰ったこと。

 結婚して、子供には恵まれなかったが穏やかな生活を過ごせたこと。

 幸せであったにも関わらず、それに満足できず再びダンジョンに挑んだこと。

 そこで、死にかけたこと。

 そんなことが胸の内をめぐり、言葉を詰まらせながら、私は知らず涙を流していた。

 そうやっていつまでも黙りこくる私を、この店の人たちは何も言わずただ見守ってくれていた。

 

『私は、腕を、取り戻して……』

 

 呼吸を整え、もう一度口を開く。

 

『自分の、腕で、妻を……、もう一度妻を抱きしめたいっ……!!』

 

 木箱と壁画とが織りなす反響とともに、私の声が店内に響く。

 

 そう、これが私の夢。

 命がけで叶えようとした、私の夢だった。


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