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第1話『謎の扉』

本日3話目です。

 右腕に激痛が走る。

 前腕にかみついた魔物――フラマゲーター――は、そのワニ似た容姿そのままの咬合力でもって私の右腕をガリガリと咀嚼した。

 フラマゲーターの鋭い牙は劣竜種(ダラーカ)の革で作られた鋼鉄並みに硬い手甲を易々と貫き、前腕の皮膚と筋肉をズタズタに引き裂いた。

 

「アランすまねぇっ!!」

 

 斥候役のクレトが泣きながら叫ぶ。

 それなりに優秀な奴だが、少しばかり情緒不安定で、抜けたところがあるこの男は、察知すべき敵の気配を見落としてしまった。

 その結果危うく喉笛を食いちぎられるところだったのを、私が突き飛ばして今に至るというわけだ。

 

「ぐぅっ……気に、するな……!!」

 

 痛みと熱で意識が飛びそうになるのを必死にこらえながら、私はなんとかそれだけを口にできた。

 このフラマゲーターのやっかいなところは、火属性を持っているところだ。

 鋭い牙で噛まれた傷は、引き裂かれたそばから焼かれていく。

 おかげで出血量は少なくて済むが、反面痛みは相当なものになる。

 

「ぐ……がぁ……」

 

 歯を食いしばり、痛みに耐える。

 ここで油断して意識を手放せば、その痛みだけで死に至る可能性もある。

 まぁ、それ以前に意識を失った時点で餌にされてしまうだろうが……。

 

 ワニ型の魔物に噛まれた場合、逃げようと腕を引けば事態はより悪化する。

 その異常な咬合力からはA級の迷宮探索者(ダンジョンシーカー)ですら逃れることはできないといわれている。

 痛みを怖れず、タイミングよく押し込むと上手くすればフラマゲーターは顎を開くことがあるので、逃れるのであればそれに賭けるか、腕を切り落とすしかない。

 

「この……ワニ公がぁっ……!!」

 

 気合いとともに罵りの声を上げながら、私は思いきり腕を引いた。

 逃げるつもりなら悪手だ。

 しかしここでコイツを逃がす(・・・)わけにはいかない。

 

 バリバリと骨がかみ砕かれる音を聞きながら、私は腰に差していた解体用のミスリルナイフを引き抜いた。

 腕に噛みつき、食いちぎることに集中している間抜けなフラマゲーターの目に、ナイフを突き刺す。

 

「グギャアアァァァ!!」

「ぐぅっ!! ビアンカっ!!」

 

 耳障りな悲鳴を上げてフラマゲーターの口が開き、右腕が解放される。

 その隙に私は敵前から飛び退き、魔道士のビアンカに合図を送った。

 

雷撃(サンダーボルト)ッ!!」

 

 すでに詠唱を終えていたのか、合図を送ると同時に雷撃魔法が放たれた。

 相変わらずタイミングといい魔法の選択といい、私の意図をきっちりと汲んでくれる。

 

「グゲゲゲゲゲゲゲッ」

 

 通常であればフラマゲーターに通じない威力の魔法だが、目に刺したミスリルナイフが導体となり、雷撃はナイフを伝って敵の脳を容赦なく焼き尽くした。

 

 

 

「すまねぇっ!! 本当に……、申し訳ねぇ……!!」

 

 斥候のクレトが手をついて謝る。

 結局俺の右腕は、骨まで焼き砕かれたことで治癒魔法でも回復できなかった。

 そのことに対し、クレトは涙を流しながら謝り続けた。

 

「気にするな。無事帰れてよかったよ」

 

 腕の1本くらい、仲間の命に比べたら安い物だ。

 

「アラン、お前は命の恩人だ!! 俺はこの先一生お前に恩を返していくからなっ!!」

「はは、仲間なんだからお互い様だろ。クレトが死ななくてよかったよ」

「ありがとうっ……、ありがとうっ……!!」

 

 そんな私たちの様子を、どこか冷めた目で見るビアンカの姿が妙に印象的だった。

 

**********

 

「夢か……」

 

 懐かしい夢を見た。

 まだ私がパーティを組んでいた時代。

 ダンジョンの最奥部を目指してひたすら戦い続けた、若かりしころの思い出。

 

「ふぅ……」

 

 大きく息を吐いた私は、右手に視線を落とした

 前腕部までを覆う無骨な金属篭手(グローブ)に包まれた右手は、私の意思に従って開閉を繰り返した。

 

「よしっ……!!」

 

 自らを叱咤するように声を出し、立ち上がったが、暗澹とした気分は拭えなかった。

 

 あれ以来誰ともパーティーを組めなくなった私は、結局迷宮探索者(ダンジョンシーカー)を廃業した。

 結婚し、郷里に帰って近場の魔物を狩りながら細々と暮らしていた。

 残念ながら子宝には恵まれなかったが、それでも献身的な妻に支えられながら送る生活に、これといった不満はないはずだった。

 

 しかし、私の心の奥底にくすぶっていた迷宮探索者(ダンジョンシーカー)の炎は、年を追うごとに強まっていった。

 魔物を狩り続ける生活のおかげで、腕は衰えていない。

 いや、むしろ往時よりも強くなっている実感はあった。

 しかし私もあと数年で四十を迎える。

 どれだけ鍛練を積んでも衰えていく身体に焦りを覚えた私は、妻の制止を振り切ってこの『強欲の迷宮(ダンジョン)』へと挑んだのだった。

 

「……見通しが、甘かったな」

 

 自嘲気味につぶやく。

 万全の体制を整えて挑んだ迷宮探索だった。

 出だしは順調で、5階層までは特に問題なく進むことができた。

 しかし6階層から徐々に戦闘がキツくなり、7階層で転移トラップに引っかかった。

 魔物の群れの中に突然放り出された私は、必死で剣を振り続け、群れの半数を仕留めつつなんとか逃げ出すことに成功したが、そこで水や食料などを入れた背嚢(バックパック)を失ってしまった。

 

安全地帯(セーフエリア)に逃げ込めたのは幸運だったが……」

 

 ダンジョンには安全地帯と呼ばれる、魔物やトラップの存在しないポイントがまれにある。

 必死に逃げ込んだ先が安全地帯だとわかったので仮眠を取り、疲労は少しマシになったが、食糧の問題はどうしようもない。

 腰袋(ウェストバッグ)に入れておいたフィジカルポーションで、多少なりとも水分と栄養は補給は可能だ。

 しかし万一怪我をしたときのために取っておきたいところだが――、

 

「背に腹は代えられないか……」

 

 腰袋のフィジカルポーションを手に取る。

 

「ん……?」

 

 小瓶の栓に手をかけたとき、私は言い知れぬ違和感を覚えた。

 

「なんだ……?」

 

 違和感の正体をつかめぬまま安全地帯となっている小部屋を見回したところ、私はある物を発見した。

 

「……扉?」

 

 たしかここは細い回廊の先にある袋小路のような小部屋だったはずだ。

 ここが安全地帯でなければ、私は魔物の群れに追い詰められていただろう。

 この安全地帯に入る際、扉をくぐった覚えはない。

 そもそもついさっきまでこの扉は存在しなかったはずだ。

 なぜなら、安全地帯といっても『ここが安全地帯です!』といった案内があるわけではなく、袋小路に追い詰めら得たと思った私は、とにかく逃げ道がないかとトラップを警戒しつつ部屋の隅々まで調べ尽くしたのだ。

 その結果、いつまで経っても魔物が追いついてくる気配がないため、私はここを安全地帯だと判断したのだった。

 どこにでもありそうな木製の扉だが、もしこの扉が最初からあれば私は気付いていたはずだし、魔物から逃れるためにここをくぐっていただろう。

 

「トラップ……?」

 

 突然現れた扉にトラップの可能性を見いだしたが、ソロで迷宮探索を行なう上で必須ともいうべき〈罠探知(トラップサーチ)〉スキルにはなんの反応もなかった。

 

「行くか……」

 

 このままここにいても遠からず干からびるだけだ。

 帰ろうにも、魔物の群れが待ち構えているかも知れない。

 よしんばそれを抜けたところで、戻るにも進むにも物資が足りない。

 ならばこの扉の先にある何かしらの可能性に賭けるのも悪くないだろう。

 

「すまないな……」

 

 もし帰れなければ悲しむであろう妻に対する謝罪を漏らしながら、私はその扉に手をかけた。

 

 ギィと音を立てて扉が開く。

 

「階段……?」

 

 扉の向こうには、狭い上り階段があった。

 私は恐る恐る階段に足をかける。

 

「木製……。なにかの建物か?」

 

 一歩二歩と慎重に上ったが、靴を通して足に伝わる感触や、狭い空間に響く足音は木製のものだった。

 木製の階段にカーペットを敷き、金属の滑り止めをしつらえているらしい。

 左右を見れば、壁も木造であるようだ。

 ここ『強欲の迷宮』は石造りのダンジョンなので、木製の壁と階段があるとすればダンジョン内に建てられた何かしらの建物だということになる。

 上り階段ということで出口が少し近づくのではないかと期待したが、この狭い階段は階層を抜けるには少し足りないようだった。

 

 階段を上りきったところは踊り場になっており、左に折れるとさらに階段が続いていた。

 これを合わせれば一階層ぶんくらいにはなるだろうか?

 そう思いながらも、私はその階段へ踏み出すことができなかった。

 

 階段を登りきって左に折れた踊り場の、さらに左手にまた新たな扉が現れたのだ。

 

「これは……見事な硝子(ガラス)だな」

 

 細かく波打つような模様の硝子がはめ込まれた木製の扉。

 私はなぜか、引き寄せられるようにその扉の取っ手に手をかけた。

 

 ――ゴガッ……。

 

 立て付けの悪い不安定な扉が開き、カラカラと鳴子のような音が鳴る中、警戒しつつ中に入る。

 

「……カウンター? 酒場か?」

 

 入ったところでまず目に入ったのがバーカウンターのような物だった。

 棚には酒が入っていると思われる硝子瓶が並んでいる。

 

「なんと……」

 

 まるで磁器のようななめらかな表面、そして完全に中身が見える透明度。

 これほど見事な硝子瓶を、私は見たことがない。

 そんな硝子瓶が、無造作に何本も並べられていた。

 

 ゆっくりと歩を進めると、右側に大きく開けた空間が現れ、そこにはテーブルや椅子が並べられていた。

 やはり、ここは酒場なのだろうか?

 

 客席とおぼしき空間に足を向ける。

 

「おお……」

 

 私から見て右側、入り口の扉があるのと同じ側の壁面に、見事な絵が描かれていた。

 どこか懐かしさを覚える石造りの街並みが壁一面に描かれていたのだが、ふと視線を落とすとその壁の前にうずくまる人影が見えた。

 どうやらこの絵の作者らしく、色の付いた棒で何かを描き足しているようだった。

 

「あの、失礼だが……」

 

 丸腰と思われるその人物に、多少警戒しつつ私は声をかけた。

 

「ん?」

 

 まばらに色が抜け、少なからず薄くなった灰色の頭髪を後ろでひとつにまとめた男がこちらを向いた。

 

「ああ、ごめんごめん、気ぃ付かへんかったわ」

 

 男はそう言いながら立ち上がり、こちらを向いた。

 彼は薄い布の服に、ボロボロのズボン、そして変わった形のサンダルという、およそダンジョンには似つかわしくない軽装だった。

 

「お、その恰好、あっちの人やな」

「あっち……?」

「えーっと、今日は木曜やから……あー、欲張りさんの日やな」

「モクヨウ……? “欲張り”とは、強欲の――」

「あ、ちょお待ってや」

 

 先ほどから意味不明なことを口走る男の言葉を拾いながらなんとか会話を続けようとしたが、突然言葉を遮られてしまった。

 

「あー、どこやったかいな…………お、あったあった」

 

 そしてズボンのポケットをまさぐっていた男は、一枚の紙片を取り出した。

 

「えーっと……“ダンジョン喫茶、ハッサ・クントコへようこそ”」

 

 男は棒読みのようにそう告げると、ぎこちない笑顔を私に向けるのだった。


お店の名前が明らかになったところで、本日の更新は終了。

明日以降しばらくは毎日更新します。

といっても、そんなにストックはないのですが……。

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