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第2話『運命の日』

本日2話目です

 その日、俺はいつものように出社した。

 そしてオフィスに足を踏み入れたんだけど……、なんだか会社の雰囲気がおかしい。

 

「あの、鷹山さん……、社長室に行ってください」

 

 後輩社員がなにやら言いづらそうにそんなことを言ってくる。

 

「ん? 社長が呼んでんの?」

「えっと、とにかく社長室に……」

 

 後輩の不審な態度に首を傾げつつも、俺は社長室に向かった。

 

「社長、なにかご用――」

 

 そして部屋に入るなり俺は言葉を詰まらせた。

 

「おう、君が鷹山くんか」

 

 そこにはくたびれたスーツに身を包んだ社長の姿はなく、代わりに見たことのない男がふたりいた。

 社長の椅子に座っているのは、ピンク色のタンクトップにチェックのハーフパンツ、ウェスタン(西部)ポリス(警察)ふうの大きなサングラスを掛けたマッチョな男であり、その傍らにはアロハシャツにデニム姿の大男が立っていた。

 どちらも北浜のビジネスマンとは到底思えない恰好である。

 

「えっと、どちらさま?」

「新しい社長や」

「は? 社長?」

「せや。前の社長からここの経営権買い取ったんや」

「……はぁ、さようで。で、俺になにかご用です?」

 

 まさに青天の霹靂とでもいうべき経営陣交代劇に混乱しつつも、俺はなんとか平静を装った。

 ……装えたと、思う。

 

「いやいや、鷹山くんがえらい優秀やて聞いたからな。一応顔合わせしとこと思てな」

「そうですか。よろしくお願いします」

 

 と挨拶はしてみたものの、こいつはなんなんだ?

 社長の交代? なんだそれ?

 ってかその格好なんだよ?

 北浜のオフィス舐めてんの?

 あーなんか、ちょっと落ち着いたらムカムカしてきたぞ……。

 

「しかしあれやな、ジブン大阪来てだいぶ経つんか?」

 

 大阪人の言う『ジブン(自分)』は『お前』や『あなた』に相当する二人称である。

 

「ええ、まぁそれなりには」

「せやのにその喋り方なん?」

「……というと?」

「関西弁喋らへんのかって聞いとんのや」

「……出身は関東なんで」

「ほーん。そないキザったらしい喋り方しとんのに、大阪で営業やできんのんかいな」

「それは、僕が営業職に向いてないと?」

「せやなぁ。少なくともその喋り方では大阪人の心は掴まれへんやろ?」

「じゃあ、辞めたほうがいいですかね?」

「はっはっはー! せやな! 別の仕事したほうがええかもな!!」

「ですね。じゃあ辞めます。お疲れ様でした」

「おお辞め辞め! ついでにそのダッサいメガネもやめたほうが……って、へっ……!?」

 

 突然の辞意表明にピンクのタンクトップ男――略してピンクトップが間抜けな声を上げる。

 営業に向いてないとか辞めた方がいいとかってのは、こいつなりの冗談なんだろう。

 そんなことはわかりきっているが、俺はそれを逆手に取ることにした。

 

「じゃあ、退職願は後日内容証明で送りますんで」

 

 そう言い捨てて、ピンクトップとアロハデニムが固まっている隙に、俺は会社を後にした。

 

「…………あ、もしもし? お世話になっております。鷹山です。ちょっと相談したいことがありまして……」

 

 俺は会社を出たあと、営業で知り合った弁護士に連絡を取った。

 あのふたり、見るからにヤバそうな連中だった。

 たぶん北浜とは無縁な場所で幅を利かせているチンピラか何かだろう。

 そういうしょーもないロクデナシに、北浜ロイヤーの恐ろしさを味わってもらおう。

 

「ふぅ……」

 

 弁護士先生に事情を話し、一段落ついたところで俺は“ダッサい”と評されたメガネを外した。

 裸眼で左右1.5の視力を誇る俺に、メガネなんて必要ない。

 これはフレームにカメラが仕込まれた特殊なメガネだ。

 営業のとき、あとで表情や会話を確認すると、交渉材料が見つがることが多々あるので、俺は普段からこのメガネをかけて営業に臨み、映像と音声を記録している。

 移動のときや会社では普段使わないのだが、最初に声をかけてきた後輩の様子がおかしかったので、社長室へ入る前に録画を開始しておいたのだ。

 これで、あいつの辞職勧告を受けての依願退職というかたちを取れるだろう。

 未消化の有給やわずかばかりの退職金、その他諸々とれるものはとってもらうことにする。

 

「さて、どうしようか……」

 

 メガネをケースに入れてカバンに収め、時計を見ると、時刻は10時半を少し回ったところだった。

 

「ランチにはまだ随分早い時間だけど……」

 

 と独り言を呟きながらも、俺の足は自然といつもの店に向かっていた。

 

**********

 

「お、シャッター開いてんじゃん」

 

 北浜の外れにあるいつものカフェバーに到着した。

 ここはランチも営業しているが、12時からだ。

 それまでまだ1時間以上あり、普段はシャッターがおりているのだが、幸運なことに今日は開いていた。

 シャッターの奥はすぐ階段となっており、大人ひとりがなんとか通れるほどの幅しかない、狭く薄暗い階段を上った先に、例の店はある。

 

「準備中か……」

 

 シャッターは開いていたが、その脇にぶら下げられた札は『準備中』となっていた。

 俺はその札を裏返して『営業中』にすると、躊躇なく階段を登り始めた。

 

 ――ゴガッ……!!

 

 立て付けの悪いガラス戸を引き、店に入る。

 

「すんまへーん! まだ準備中ですねーん!」

 

 ドアの開いた音に気づいたのか、店の奥からハッサクさんの声がする。

 俺は気にせず店の奥に入った。

 

 陽光を少々採り入れ、夜と同じくらいの薄暗さながらももどこか爽やかな店内を進むと、壁の前にしゃがみこんで絵を描くハッサクさんの後ろ姿が見えた。

 この絵は俺がこの店を初めて訪れたときからハッサクさんが手がけているもので、完成すれば億単位の価値が出ると豪語するものだ。

 壁一面に大きく描かれているのは、古い西洋風の建物が並ぶ、ごちゃっとした街で、キャンバスの大きさと描き込み緻密さに、初めて見る人は大抵圧倒される。

 

「ん? おーユージさん」

 

 俺の気配を察したのか、ハッサクさんが手を止め、声をかけてくる。

 

「えっとー、準備中の札出てまへんでした?」

「んー、俺が階段を上るときには営業中になってましたよ?」

 

 嘘ではない。

 

「あれー? おっかしーなぁ……。ワシちゃんと準備中にしとったはずやねんけど……、最近物忘れ激しいからなぁ」

「あ、出直してきましょうか?」

「んー? いや、まぁランチまでまだ時間はあんねんけど、札が営業中になっとったんやったらしょうがないなぁ……」

「じゃあコーヒー」

「コーヒーかぁ……。朝からコーヒーは面倒くさいなぁ」

「お茶でもいいですよ」

「それやったら、まぁ。なんか食べます?」

「じゃあ目玉焼きのやつ」

「あー、あれなぁ。ご飯昨日の残りチンたやつでよろしい?」

「いいですよ」

「シングル? ダブル?」

「あー、ダブルで」

「へーい」

 

 ふぅ……。

 ハッサクさんには申し訳ないけど、ようやくひと息つけるぜ……。

 俺はまぁまぁ座り心地のいいアンティーク調の椅子に深く腰掛け、全身の力を抜いた。

 刺々しかった精神が丸くなっていくのを感じる。

 ここの雰囲気は、俺にとってなくてはならない癒しだわ……。

 

「ほい、おまたせ」

 

 ペットボトルのお茶が注がれたグラスと、料理の皿が運ばれてくる。

 皿に盛られているのはご飯の上に目玉焼きが乗せられたシンプルな料理だ。

 シングルとかダブルってのは、目玉焼きを何個乗せるかって話なので、ダブルを頼んだ俺の更には2個の目玉焼きが乗っている。

 目玉焼きには粉チーズとハーブがかけられており、それ以外の味付けは塩コショウだけだろうか?

 とにかくこれが美味いのだ。

 

「ハッサクさん、これって何ていう料理?」

「んー? 目玉焼きのやつ、かなぁ? すんまへん、考えてない」

「ふーん……。ちゃんとした料理名つけたら、結構名物料理になりそうだけどなぁ」

「名物料理なぁ……。いまさらやけどなぁ……。いや、ええ機会か」

 

 むしゃむしゃと目玉焼きのやつを食べる俺の傍らで、なにやらハッサクさんがうんうんと唸り始めた。

 しばらくそうやって唸っていたハッサクさんだが、俺が目玉焼きのやつを食べ終えるのと同時に顔を上げた。

 

「ユージさん、ワシ……」

 

 そこで一度口ごもったハッサクさんだったが、意を決したように再び口を開いた。

 

「この店閉めますねん」


これにてプロローグは終了し、一度舞台は異世界へ。

この話の続きは第二章までお待ちを。


本日もう1話更新します。

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