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エピローグ

第三章エピローグです。

 庶民向けレストラン『ノイエ・ルントコ』

 それはとある田舎町に突然オープンした、いま話題のレストランである。

 元天空レストランの副料理長が主人を務めるということで、開店当初は各地から集まった人で行列ができたほどだ。

 

 味はもちろん一級品だが、特筆すべきは料金だろう。

 さすがに天空レストランなどとは比べようもないが、それでも一流と呼ぶにふさわしい料理が庶民にも手の届く価格で提供されているのだ。

 最初のうちこそ各地から集まった旅行客や貴族などが行列を作っていたが、やがて地元民が常連となって客席の大半を埋めることになった。

 

 特に貴族などは庶民と同じ場所で食事を摂ることに難色を示し、特別扱いを求めたが、主人は頑として受け入れず、そのせいで一見して貴族とわかる客は来なくなった。

 普段どれほど横暴なものであっても、店内ではなぜか主人には逆らえないのだ。

 まぁ、貴族の中には庶民のふりをして密かに通っているものもいるらしいが……。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 ある程度来客料が落ち着いたある日のこと、ひとりの男がノイエ・ルントコにやってきた。

 短く刈り込まれた薄い色の金髪、切れ長の目に高い鼻、薄い唇という端正な細面で、何より長く尖った耳が目を引いた。

 

(エルフの客とは珍しい)

 

 調理場からちらりと客席を見たノイエルは、そう心の中で呟いた。

 

「ほう……定食があるのか」

 

 メニューを見たエルフの男が、関心したように呟く。

 

「ではハンバーグ定食を貰おうか。あぁ、チーズ入りで頼む」

 

 その注文にウェイトレスは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐ笑顔に戻った。

 

「かしこまりました―。ハンバーグという料理や定食に関する説明はよろしいですか?」

「いや、いい」

 

 注文を取りに来たウェイトレスに対し、エルフの男はメニューを閉じながら首を軽く振ってそう答えた。

 

「定食にお付けするのはパンとライスのどちらになさいますか?」

「……ライスがあるのか?」

 

 ウェイトレスの問いかけに、エルフの男は驚きの目を向ける。

 

「もちろんですともー! 店長が炊くほっかほかのライスは当店の名物ですからね―」

 

 ウェイトレスは胸を張ってそう言った。

 

「でも、通り向こうのパン屋さんと共同で作ったふわっふわのパンもおすすめですよー?」

「では、ライスを……大盛りにできるか?」

「かしこまりましたー! ハンバーグ定食1丁! ライス大盛りでー!!」

「はいよー」

 

 ウェイトレスのオーダーに答えたノイエルの溌剌とした声が、店内に響いた。

 

**********

 

「店長を呼んでくれ」

 

 ハンバーグ定食を食べ終えたあと、コーヒーを飲みながらしばらく滞在していたエルフの男は、店から客が減り、少し暇になったころを見計らうかのように、ウェイトレスに告げた。

 

「お口に合いましたでしょうか?」

 

 今日はいつもより暇らしく、当分注文は入りそうになさそうなので、ノイエルは客の求めに応じた。

 エルフの客というのが物珍しかった、というのも呼び出しに応じた理由のひとつだろう。

 

「美味かったよ。すごく」

「それはよかったです」

「……これが、お前さんの求めた答えなんだな、副長?」

「え……?」

 

 店内を見回しながら、しみじみと発せられた問いかけに、ノイエルは少々驚き、言葉を失う。

 彼を副長と呼ぶのは天空レストランの関係者しかいないのだが、あそこにエルフの従業員などいただろうか?

 

(しかし、どこかで聞き覚えのある声だ……)

 

「おいおい……まさか俺がわからんとは言わねぇよな?」

「えっと、どこかで、お会いしたような……」

「はぁ……マジかよ……」

 

 エルフの男は溜息をつくと、懐から布を取り出して頭に巻いた。

 

「エドモン料理長!?」

 

 驚くノイエルに半ば呆れつつも、エルフの男――天空レストラン現料理長エドモン――は少しばかり人の悪い笑みを浮かべていた。

 

「そこそこ長い付き合いだし、ひと目でわかってくれると思ってたんだがなぁ……」

「いやいや、まさか料理長がエルフだなんて思いませんよ!」

 

 顔が似ていたとしても、種族が違うと思い込んでいれば別人と思われても仕方がないだろう。

 

「まぁ、そこを隠してた俺も悪いか……」

 

 そしてどうやらエドモンは、自身がエルフであることを普段は隠しているらしい。

 

「どうして隠してるんです?」

「あー、その前に、敬語はもうやめてくんねぇか? お前さんはもう俺の部下じゃねぇんだからよ」

 

 元々エドモンが料理長になるときも、ノイエルのほうから敬語を使い始めたという経緯がある。

 エドモンはできればそれまでどおりの気安い関係を臨んだのだが、他の従業員に示しがつかないとノイエルが譲らなかったのだ。

 実際、突然どこからともなく現われた得体の知れない料理人が料理長になるということで、従業員はもちろん常連客からも訝しむような空気が漂い始めていた。

 しかしふたりの料理長を支えてきた古参のノイエルがしっかりと上下関係を示したお陰で、エドモンは早くに認められたのだ。

 

「わかったよ、エドモン。しかしあんたはエルフだって言うのに、肉や魚をガツガツ食ってたよなぁ」

「それだよ!! なんでエルフっつーとベジタリアンってイメージを持たれるんだ?」

「え、違うの?」

「違うに決まってんだろうが!! エルフは元来森の民だぞ!?」

「だから森の恵みである山菜や木の実を好んで食べるんじゃないのか?」

 

 エルフという種族についてはあまりくわしくないノイエルだったが、おとぎ話などではそういうふうに語られることが多い。

 しかし呆れた様子のエドモンを見る限り、どうやらその認識は誤りであるらしい。

 

「あのなぁ……、エルフは狩人なんだよ。そりゃ山菜も木の実も好んで食べるが、それと同じくらい、狩った獣の肉も食べるし、川や沢で獲れる魚も食うさ」

「あー、言われてみれば……」

「とはいえ、お前さんのような認識が一般的だからな。エルフと知られれば“肉や魚を食ったこともないのに料理できるのか?”ってな具合に侮られるわけだ」

「なるほど……」

 

 エドモンの実力を知っているノイエルでさえ、エルフなのに? と思ってしまったのだ。

 なにも知らない者が“エルフが料理長を勤めるレストラン”と聞けば、変な先入観を持ってしまう可能性は高い。

 

「そういえばウチを辞める少し前、ダンジョンに潜っていたと聞いたが、本当か?」

「ああ」

「どこだ?」

「『傲慢』だな」

 

 『傲慢』と聞いてエドモンの眉がピクリと動く。

 

「まさか、料理長の座を?」

「最初はな」

「そうか……。俺はお前さんの下にならついてもいいと思ってるんだがな」

「よせよ。柄じゃない」

「……でも、最初は俺の座を狙ってたんだろう?」

 

 エドモンの言葉に、ノイエルはふっと笑って肩をすくめ、店内を見回した。

 客は少なく、追加の注文などは当分なさそうだ。

 

「エドモン、キッチンを見せてやるよ」

「おう、是非見てぇな」

 

 ノイエルに連れられてキッチンに入ったエドモンは、興味深げにいろいろな部分を観察していた。

 

「良いキッチンだ。だが、ちょっと狭かないか?」

 

 その答えを予想していたとばかりに、ノイエルは少し得意げな笑みを浮かべた。

 

「なぁ、エドモンは私をどんな料理人だと思う?」

「あー……、なんでもこなせる、優秀な料理人ってとこか」

 

 エドモンのような実力者に面と向かって優秀と言われるのは照れくさいもので、ノイエルは思わず口元を緩めながらも話を続けた。

 

「結局ポロクさんが心配していたのも、先代が私に料理長を任せなかったのもそういうことなのさ」

「……?」

「自分で言うのもなんだが、私は大抵のことを器用にこなせるから、できることはなんでもやってしまう。対してあんたは人を使うのが上手い。料理長という役職に求められるのは後者だろうよ」

「……そうか」

 

 ノイエルの言葉を完全に肯定はできないようだが、ここで反論しても意味は無いと思ったのかエドモンは小さく呟いて頷いた。

 

「つまり、ここはお前さんひとりで回しやすいよう、あえて小さくまとめているというわけだ」

「そういうこと」

 

 そこからは雑談が始まり、近況を報告し合う。

 どうやらレストランに戻ったポロクも元気にやっているようで、新人の育成が随分捗っているとのことだ。

 

「くくく……。にしても、チーズinハンバーグ定食か……。くっ、くふふっ……!!」

 

 話がこの店のことになり、先ほど食べたメニューを思い出したエドモンは、なにがおかしいのか急に笑い始めた。

 あまり大声を出さないよう、腹を抑えて笑いを噛み殺していたエドモンは、少し落ち着いたところで顔を上げ、ノイエルを見た。

 

「なぁ、ノイエル」

「ん?」

 

 なにがそんなにおかしかったか疑問に思い、首を傾げて返事をしたノイエルに、エドモンはこれまでの楽しげなものではなく、少し人の悪い笑みを浮かべた。

 

「ハッサクは元気だったか?」


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

諸事情によりしばらく休止させていただきます。

再開は未定です。

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