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第4話『弟子入り』

 ボス部屋に突然現れた扉を抜け、奥に続く薄暗い階段を上った先には、ハイランダーホテルでもお目にかかれなさそうな、見事な細工を施された硝子戸(ガラスど)があった。

 硝子戸の向こうは明るく、人の声が漏れ聞こえてくる。

 もしかして、安全地帯(セーフエリア)に人が集まっているのだろうか?

 とにかく私は、勇気を持って硝子戸に手をかけた。

 

 ――ゴガッ……!!

 

 見事な細工の割には立て付けの悪い戸を開け、中を覗き込む。

 

「お、いらっしゃい。これまたえらいカッコしとるなぁ」

 

 入って少しのところにカウンターのようなものがあり、そこにはくたびれた服を着た、ずんぐりむっくりの男がいた。

 

「あの……、ここは一体……?」

「えーっとですね。なんやったかいな……。あ、そうそう」

 

 私の質問に対し、少し困ったように考え込んでいた初老の男は、何かを思い出したように顔をあげると、ぎこちない笑みを私に向けた。

 

「ダンジョン喫茶、ハッサ・クントコへようこそ」

 

 喫茶……?

 ということはここは飲食店だろうか?

 

「ぐふふ……、おもろい恰好しとるやないか」

 

 私が戸惑っていると、奥から色付きのメガネを掛けた黒ずくめ男が現れた。

 

「ちょっと、ライゼンさんいきなりダメですよ!」

 

 別の若い身綺麗な男が黒ずくめの男を制止しようとしたが、ライゼンと呼ばれた男はゆらりと私の前に立った。

 

「殴り合い、しよか……」

 

 いや、意味がわからない。

 

**********

 

 鎧姿のままライゼンさんとやらいう人と一発ずつ腹を殴り合った私は、武装を解いて席に着いた。

 ちなみにあのミスリル鎧だが、『オークの一撃くらいじゃびくともしないよ』と言われていたにも関わらず、ライゼンさんの拳によってべっこりとへこまされてしまった。

 一体何者だろう?

 

「はい、おまっとさん。オムライス」

「おお……」

 

 ――オムライス……。

 

 それはエドモンが新たに開発し、いまや天空レストランの名物料理となっているものだ。

 チキンを混ぜた米を特殊なトマトソース――ケチャップといったか――に絡めて炒め、卵で包むだけというシンプルな料理。

 しかし、いまだ再現できたものはおらず、天空レストラン以外で提供されているという話は聞かない。

 かくいう私も最初は見よう見まねで再現しようとしたのだが、どうしても米の食感が真似出来なかったのだ。

 ピラフでもなく、リゾットでもない。

 

『炊飯っつってな。米を水だけで炊くんだよ』

 

 それもまた、エドモンによってもたらされた新たな米の調理法だった。

 先に水だけで米を炊き、できあがった白米のご飯に味をつける。

 そうしなければ、オムライスに合う米にはならないのだった。

 そして炊飯という技術は火加減やタイミングが非常に難しく、いまだ天空レストランでもエドモンの監督なしには実現できないものだった。

 

 そのオムライスを、ダンジョン内――正しくはダンジョンと繋がった異世界らしいが、私にはよく理解できなかった――にある一見さびれた飲食店で出せるという。

 どうせ大したものではないだろうと注文してみたが、少なくとも見た目と香りに問題はなさそうだった。

 

「味は、どうかな……?」

 

 私はスプーンを手に、オムライスのいち部をすくった。

 そして、ゆっくりと口に運ぶ。

 

「……美味い」

 

 口の中に広がるトマトソースの味と香り。

 口の中でほろほろと崩れ、硬くもなく柔らかくもない絶妙な歯ごたえの米。

 ふわりとすべてを包み込む卵の味と食感。

 

「完璧だ……」

 

 いまだ王都でもエドモンにしか出せない味が、ここにはあった。

 

「ハッサクさん! 弟子にしてください!!」

 

 一も二もなく私は弟子入りを志願した。

 

**********

 

 その日から、私はハッサ・クントコで働き始めた。

 なんでも階段を下りた先に進むと、ダンジョンの外に戻ってしまうらしく、そうなると再びここを訪れるのは非常に難しいのだとか。

 なので、必然的に私は住み込みで働くことになったのだ。

 

 ハッサクさんという人は、基本的には善良なのだが、それと同時にめんどくさがりでもある。

 機嫌が良ければあれやこれやと丁寧になんでも教えてくれるのだが、あまり機嫌が良くないと、突然ぶっきらぼうになるのだ。

 

「うーん、料理言うても、ワシそない大したことしとらんから、見とったらわかる思うで」

 

 なんてことを言いながら、私への教育を放棄してしまうことが度々あった。

  

「はは、通常運転ですね」

 

 と、こうなったハッサクさんを見てユージさんが言うように、ほとんどの場合はめんどくさがるのだ。

 確かにハッサクさんの料理はそれほど凝ったことをしていないのかもしれない。

 しかし、調理道具といい調味料といい、未知のものが多く、食材に関しても初めて見るものが多いので、ただ見ているだけでは何をやっているのかまったく理解できないことが多々あるのだ。

 なので、私はそんなめんどくさがりのハッサクさんを、あの手この手でなだめすかしてその気にさせる必要があった。

 

「ワシにばっかり頼らんと、こういうのんで勉強するんも大事やで」

 

 と、ある日ハッサクさんは私に料理本を贈ってくれたのだが、どういうわけか会話はできるのに文字は読めないことが判明した。

 なので読み聞かせてもらえないか頼んでみたが、じゃあ先に読み書きの勉強をしろ、と断られてしまった。

 正直読み書きの勉強をする時間が惜しいので、常連さんに頼んで読み聞かせをしてもらうなんてこともあった。

 

「初めチョロチョロ中パッパ、赤子泣いても蓋取るな……か」

 

 私にとって難しかったのは、何と言っても炊飯技術の習得だった。

 こちらでは炊飯器という魔道具――カデンというらしいが――があり、米と適量の水をいれたら後はスイッチを入れるだけで白米のご飯が作れる問いう便利なものがあった。

 しかしそれは私の世界では使えないものらしく、私は火と土鍋を使った炊飯技術を、ハッサクさんの機嫌を見ながら教わった。

 

「こっちじゃ炊飯器なしでご飯炊ける人なんてそうそういないですからね。さっすがハッサクさん!!」

 

 といったオーナーのユージさんからの援護射撃もあり、私は順調に料理を覚えていった。

 

**********

 

「ノイエルさん、ここに来て何日くらい経ちました?」

「10日……ですかね」


 ユージさんに問われ、ここに来てからのこと軽く思い出しながら答えた。 

 私は数名の常連客が酒を片手にちょっとした料理を楽しむこの店を、とても好きになっていた。

 天空レストランのように美食家と料理人とがしのぎを削るような、そんな激しい店ではないけど、それでもここに来るお客さんはあの店の客よりも幸せそうに見えたのだ。

 

「どうです? 料理長の座は狙えそうですか?」

「はは、どうでしょうね……」

 

 正直に言えば、天空レストランの料理長の座に対する執着はほとんどなくなっていた。

 しかしそれを人生の目標に掲げていた私は、それ以外に何を目指せばいいのだろうか……?

 

「うむむ!? この和風オムライス、なかなかよいではないか!!」

 

 それはゴゼンと呼ばれる常連客の言葉だった。

 少女――へたをすれば幼女――にしか見えないその女性は、ここキタハマの町で歴史のあるギャラリーを経営する名士であるらしく、聞けば年齢は300歳を超えているという。

 艶のある黒髪に、フリルを多くあしらった、暗い色の服――たしかゴスロリといったか――に身を包んだゴゼンは、もしかすると魔族ではないかと、私は見ている。

 

「これノイエルといったか? ちとこちらへ来やれ」

 

 ゴゼンに呼ばれて彼女のもとへ赴く。

 

「この和風オムライス、おぬしが考案したと聞くが?」

「はい。ショウユを使ったオムライスが作れないかと思案いたしまして、チキンの代わりにジャコを、お客さんからお土産でいただいたタカナというものを合わせてみました」

「ほう! このシャキシャキとした食感とピリリとくる心地よい刺激は辛子高菜であったか!!」

 

 その後、ゴゼンはガツガツとスプーンを進め、あっという間にショウユ風味のオムライスを食べ尽くしてしまった。

 

「うむ。よき料理であった。褒めてつかわす」

 

 そう言って、ゴゼンはニッコリと笑った。

 その笑顔を見て、私はポロクさんに弟子入りしようと思い立った日のことを思い出した。

 

 ――美味い料理で人を感動させたい。

 

 なにも、天空レストランの料理長の座に拘る必要はなかったのだと。

 

「ユージさん、私そろそろ帰ります」

「ふふ、そうですか」

「ハッサクさんも、お世話になりました」

「ははは、なんもお世話でけまへんでしたけどな」

 

 私はその場にいた常連客に別れの挨拶をして、帰り支度を始めた。

 

**********

 

「あなた、ダンジョンはどうするの?」

 

 帰ろうとしたところで、アミィさんに尋ねられた。

 ちなみにミスリルの武具一式は、授業料と滞在費ということで、置いていくことになった。

 

『にょほほー! ミスリルの甲冑なのじゃー! 早速ギャラリーに飾るのじゃー!! ハッサク! ライゼン! アラタマ堂っ! 早よう運ぶのじゃっ!!』

『へぃ』『ぐふふ……』『なんで俺が……』

 

 と、ゴゼンが嬉しそうにはしゃいでいたのが印象的だった。

 

「そうですね。せっかくなので、あと1階層くらいは攻略しましょうかね」

「そ。武具はどうするの?」

「もうひと揃えくらいは余裕で買えますよ」

「ふーん、でもまぁ、これ持っていきなさいよ」

 

 そう言って、アミィさんは銀色の袋のようなもの――パウチというらしい――を差し出した。

 

「これは……、なんです?」

「えっと、ユージ、なんだっけ?」

「ん? そりゃプロテインゼリーだな」

「……だそうよ」

 

 プロテインゼリー? はて……。

 

「とにかく、あっちに帰ってダンジョン攻略する前にそれを飲みなさい。あたしが祝福してるから、一時的に身体能力があがるはずよ」

「ほう。それはどうも、貴重なものを……」

「いいのよ。たった10日の滞在と、ハッサクのあの態度であれだけの武具をもらうのは申し訳けないもの」

「そういうことでしたら遠慮なくいただきます」

「気をつけるのよ?」

 

 その後、簡単に別れの挨拶を終えた私は、階段を降りて外に出た。

 

「ホントに帰還場所に着くんだなぁ……」

 

 一旦探索者組合(ギルド)に戻った私は、宿で2日ほどゆっくり過ごした後、装備を整えてダンジョンに潜った。

 

「おおおおお! 力がみなぎってくるぞぉ!!」

 

 アミィさんからもらったプロテインゼリーとやらの効果は絶大で、私は身体能力が上がった勢いのまま、一気に5階層までを攻略した。

 

《願いは叶う。汝、心の赴くままに行動せよ》

 

 そして、私の願いはどうやら叶うらしい。

 直接なにかを手に入れたわけではないが、今後の行動が上手い具合に転がるといったところだろうか。

 

「長い間、ありがとうございました」

 

 一度王都に戻った私は、天空レストランに退職願を提出し、そのまま王都を後にした。


ノクターンノベルズにて『ほーち』名義で連載中の『聖騎士に生まれ変わった俺は異世界再生のため子作りに励む』書籍第1巻が、竹書房ヴァリアントノベルズより明日2/16(金)発売予定です。

既に店頭に並んでいるところもあるようですので、お見かけの際はよろしくお願いします。

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