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第1話『天空レストランの副料理長』

お待たせしました。

本日より毎日1話ずつ、連続5話で更新します。

 王都で1、2を争う高級宿泊施設、ハイランダーホテル。

 その最上階にある天空レストランといえば、国内はおろか大陸中の富豪やグルメたちが集う味の最高峰だ。

 その天空レストランでいつか料理長になることを夢見て、副料理長ノイエル――つまり私――は、今日も全国の美食家たちをうならせるべく調理場を奔走していた。

 

「はぁ……」

 

 深夜、すべての客をさばき終え、片付けと明日の仕込みを終えた私は、更衣室の奥にあるソファに寝転がって毛布をかぶっていた。

 明日も朝が早いので、家に帰るのが億劫になったのだ。

 ホテルの支配人とはもう随分長い仲なので、明日の朝清掃前の客室でシャワーを浴びるくらいのことは許してもらえる。

 客室を取れば流石に金を取られるが、それくらいのお目こぼしはしてもらえるので、2~3日に一度は家に帰らずここで寝ることがあった。

 

「いやぁ、しかし新しい料理長やべぇな」

「ああ。センスがハンパねぇわ」

 

 ウトウトしかけたところに、話し声が聞こえてきた。

 おそらく若い料理人だろう。

 頭まで毛布をかぶっているので、私の存在には気づいてないようだ。


「噂じゃ料理長、元迷宮探索者(ダンジョンシーカー)って話だぜ?」

「マジか!? あー、でもちょっと納得できるかも」

 

 なるほど。

 いまの料理長が時折見せる斬新な発想がダンジョンで得た知識だとするなら、納得できる部分もある。

 

「だよな? やっぱ『暴食』かな?」

「まぁメシ系ってんなら『暴食』一択だろうな」

 

 この世界にはダンジョンと呼ばれるものが幾つかあり、それらを攻略することでその深度に応じて願いが叶う……だったかな。

 私は料理以外に興味はないのであまり詳しくはないが、一般常識程度の知識ならある。

 彼らのいう『暴食』というのは、その名の通り食に関わる願いを叶えることができるのだったか。

 あと、体に入れるものという繋がりのせいか、薬や毒に関する願いもかなうとかなんとか……。

 

「にしても、副長かわいそうだよな」

「あー、まぁ、長いこと副長のままだったし、次こそは料理長になれると思ってたんだろうなぁ」

 

 副長とは私のことだ。

 

「ぽっと出のよくわからん料理人に、いきなり料理長の座を奪われたんだもんなぁ」

「んー、でも副長はやっぱ副長が似合ってるっつーか……」

「あーわかるー! あの人、料理の腕はすげぇんだけど、なんかこう光るもんがないんだよなぁ」

「なんでも器用にこなせるのは感心するけど、いまいち尊敬はできないっつーのかねぇ」

 

 私はその会話に、奥歯ギリリと噛みしめるのだった。

 

**********

 

 私は幼少期、口減らしのため奴隷として売りに出された。

 いまはそういった借金奴隷も少なくなったが、私が子供の頃は当たり前のように存在していたので、特に卑下することもない。

 

 売られた先がハイランダーホテルだったのは幸運だったのかもしれない。

 ゴミ集めや清掃などの雑用が私の仕事だった。

 一応最低限の衣食住は保証してくれるのだが、育ち盛りに配給の食事だけでは足りず、よく仲間と一緒に残飯を漁った。

 さすが一流ホテルだけあって、残飯であってもなかなかのごちそうだった。

 

 私が10歳になったときのことだ。

 

「はぁ? キャンセルだぁ!? じゃあこの料理どうすんだよ!!」

 

 その日天空レストランは貸し切りとなっており、高ランク迷宮探索者(ダンジョンシーカー)による大宴会が予定されていた。

 各テーブルにはすでに宴会用の大皿料理が並べられていたが、客席にはだれも座っていなかった。

 

「しょうがないでしょう、スタンピードが発生したんですから。王都中の探索者が駆り出されて、宴会どころじゃないんですって」

 

 スタンピードとはダンジョンから魔物があふれる現象で、放っておくと周辺の街や村が魔物の群れに飲み込まれてしまうのだ。

 なので、スタンピード発生時には迷宮探索者(ダンジョンシーカー)や近隣の兵士などが集められ、速やかに討伐が行われなくてはならない。

 非常に危険な戦いにはなるが、多くの魔物を倒すということはそのぶん多くの素材が手に入るということで、生き残りさえすれば相当な額の報酬をもらえるのだ。

 なので、スタンピード発生と聞いてわざわざ遠方から駆けつける探索者もいるらしい。

 

「いいじゃないですか、料金はもらえるんですから」

「そういう問題じゃねぇ!! せっかく作った料理や用意した材料をむざむざ捨てなきゃならんのが気に食わねぇって言ってんだよ!! 捨てるくれぇならあれだ、他の客に食わしてやれよ! サービスっつってよ!!」

「あー、実は今日の宿泊客、ほとんど探索者だったんですよねぇ。まぁそれ以外のお客さんもいますけど、それじゃ全然余っちゃうっていうか……」

「だったらあれだ、従業員はどうだ? いま客がほとんどいねぇんなら暇してるだろ?」

「いやぁ、半分くらい帰っちゃったからなぁ……」

「じゃあ奴隷はどうだ?」

「えー、いいんですかぁ?」

「いいんだよ!! 誰でもいいから食ってくれりゃあよぉ!!」

 

 という当時の料理長と支配人のやり取りの結果、私たち借金奴隷もご相伴に与ることができたのだった。

 

「美味い……なんだこれ……」

 

 あまりの美味さに、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。

 当たりの残飯を食べたときには、故郷では味わえない美味いものを食べることができたと満足したものだったが、所詮は残飯だ。

 それまでの私にとって、食事はあくまで生きるために必要な行為であって、味はおまけみたいなものだった。

 しかし、初めて一流と呼ばれる料理を口にして、美味いものを食べるということが、これほど心を震わせるものだと知ることができた。

 

「はっはー! なんだボウス、泣くほど美味いか?」

 

 感動のあまり涙を流しながらも手を止められず、泣きながら食べ続けていた私に声をかけてきたのは、当時の私より頭ひとつ程度背の高い、しかし大人にしては低身長な少壮の男性だった。

 彼こそが当時の料理長、ドワーフ族のポロクさんだ。

 

「へへへ、そういう顔して食ってくれりゃあよ、作った甲斐があるってもんだ」

 

 彼はドワーフにしては珍しく酒が苦手で、髭面でもなかった。

 まぁ、髭は毎日剃っているらしいが。

 

「ありがとう……ございました……」

 

 その日、私はなんだかふわふわした気持ちのまま、部屋に戻った。

 

 数日後、私はポロクさんのように美味いもので人を感動させたいと思い、彼に弟子入りを志願した。

 

「調理場ぁ戦場だ。甘かねぇぜ?」

「なんでもします!! 弟子にしてくださいっ!!」

 

 しつこく頼み込んだおかげで、私は雑用として調理場に入ることを許された。

 

 先輩料理人にこき使われ、小突き回され、たまに可愛がられたりしながら、私はめまぐるしい日々を送り、15歳で成人したときに、ポロクさんが残りの借金を肩代りしてくれ、奴隷から解放された。

 

「これでお前ぇはいっぱしの大人であり、市民だ。ま、料理人としちゃ半人前だがな」

 

 それから私は徐々に調理を手伝うようになり、主にポロクさんのサポートをすることが増えてきた。

 

「副料理長……? 私が、ですか?」

「おう。これからも俺の右腕として、ガシガシ働いてくれよぉ」

 

 20歳で副料理長に抜擢されてからは、ポロクさんへの恩返しとばかりに寝る間も惜しんで働き続けた。

 そして25歳のとき、ポロクさんが引退した。

 

「俺ぁお前ぇがなんでも器用に、一生懸命こなすもんだからよぉ、いろんなこと仕込みすぎたかもしんねぇなぁ……」

「おかげで、料理の腕ならいまや調理場イチですよ! まぁこれからも精進は続けますけどね」

「あぁ、そうだなぁ……。それが仇にならなきゃいいんだが……」

 

 ポロクさんの後任は先輩料理人のひとりが引き継いだ。

 いくら料理の腕が良かろうと、二十代で料理長になれるとは思っていなかったので、特に不満はなかった。

 

 そして30歳を少し過ぎたころ、ひとりの料理人が現われた。

 

「こいつはエドモン。かなりの腕だが、こういう調理場には慣れてないみたいだから、すまんがノイエルが面倒を見てやってくれ」

 

 その男は頭に布を巻いていたのだが、それが目のすぐ上までかかっていたので随分と悪い目つきに見えた。

 

「ども、エドモンっす。よろしくです」

 

 なんとも無愛想なやつだなと思いつつ、私はエドモンの指導を始めた。

 

 そして数年後、そのエドモンが私を差し置いて料理長に抜擢された。

 私はそれに対して、とくに文句を言わなかった。

 

 ――いや、言えなかった。


ノクターンノベルズにて『ほーち』名義で連載中の『聖騎士に生まれ変わった俺は異世界再生のため子作りに励む』書籍第1巻が、竹書房ヴァリアントノベルズより今週2/16(金)発売予定です。

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