第4話『勇者召喚は成功……?』
「店は、問題ないな」
アマーリアさんが勇者召喚なんてこというから、もしかしたら部屋ごと転移したのかと思い、俺は彼女をハッサクさんに任せて階段を降りた。
階段を降りた先にはいつものガラス戸があり、ゴガッと開けてみたが店は問題なく存在した。
俺はさらに階段を下りて外に出てみたが、その先には北浜の風景が広がっている。
「家ごと転移みたいなことにもなってないな」
今度はスマートフォンを取り出してみる。
マップアプリを開いたが、GPSは正常に作動しており、この時点でネットも問題ないとは思ったが、念のためブラウザを開いてネットサーフィンができることも確認した。
さらに時報へ電話をかけてみたがこちらも問題はない。
つまり、俺はいままで通り北浜の町の潰れかけたカフェバーにいるわけだ。
「ちょっと、ここどこよ!? なによこの小汚い部屋は!!」
「ははは。ワシの部屋ですわ。小汚いっちゅうのは賛成ですけどな」
階段を上ってハッサクさんの部屋に戻ると、アマーリアさんが随分と取り乱していた。
さっきのうやうやしい落ち着いた態度はなんだったのかと問いたくなるが、たぶんこれが彼女の素なのかな。
「なんでアタシがこんなところに……。勇者召喚はどうなったの……? このままじゃ世界が……」
アマーリアさんはその場に膝をつき、がっくりとうなだれた。
「ハッサクさん、これってどうなってるんです」
「うーん……」
ハッサクさんはしばらく腕を組んで唸ったあと、顔を上げて口を開いた。
「ワシ、できるだけ地球に影響が出んよう、遠くからエネルギーを取り出すつもりでしてんけど、もしかしたらそれが他の惑星とか別次元とかにつながってもうたんかなぁ……」
「…………ハッサクさん、画家ですよねぇ?」
「へぃ。ところでユージさん、ユウシャショウカンってなんですのん?」
ハッサクさんの疑問に対し、あくまでフィクションの設定ですがと前置きをした上で、俺は簡単に説明を始めた。
「自分の世界の問題……、よくあるのは魔王とか邪神とかそういうのを倒させるために、異世界から人を呼び寄せる行為といえばいいですかね。喚ばれた人は勇者と呼ばれて、行った先の世界を救うために戦う、ってのが王道です」
「なるほど……。異世界……つまり遠い場所から何かを持ってくるという意味ではワシの作ったアレと似たようなもんかも知れまへんなぁ。ほんで、それがお互いに干渉しあった結果、こないなことになってもうた、と」
「こっちからふたり送り込んだ代わりに、向こうからひとり来てしまった、みたいな感じですかねぇ……」
すると俺の言葉にアマーリアさんが顔を上げる。
「こっちから、送り込んだ……?」
そしてアマーリアさんは勢い良く立ち上がると、俺に詰め寄ってきた。
「送り込んだって、誰かが向こうに行ったの?」
「たぶん……。ふたりほど光に飲み込まれて消えてしまいましたから」
実は先ほど、会社の後輩に連絡してあのふたりについて聞いてみたのだが、少し前に会社を出たきり帰ってないことがわかった。
後輩はまだ俺が辞めることを知らないから、普通に業務連絡だと思って対応してくれたよ。
そのあと緊急で連絡したいことがあるからと、ピンクトップとアロハデニムに会社から連絡を取ってもらったが、どちらも繋がらなかったそうだ。
だからといってあのふたりがこの世界から消えたと決まったわけではないけど、あの状況を思い出すに、アマーリアさんのいう勇者召喚とやらに巻き込まれたと思ってもいいんじゃないだろうか。
「そう……じゃあふたりの勇者を召喚できたのね……」
「勇者……、勇者ねぇ……」
あらためてあのふたりの姿を思い出す。
中背でマッチョな身体にピンク色のタンクトップとチェックのハーフパンツ、そしてダイモン的なサングラス。
そういやさっきはサンバイザーみたいなのかぶってたか?
もうひとりはアロハシャツにジーンズ、そしてツヤツヤの革靴という出で立ちのノッポ。
ゴールドのネックレスやブレスレット、指輪なんかでゴテゴテしてた印象があるな。
うん、勇者って感じじゃないな。
あんなチンピラふたりで世界が救えるのか?
「えっと、アマーリアさん」
「呼び捨てでいいわよ。もうアタシなんて聖女でもなんでもないんだし、どう見てもアンタのほうが歳上なんだから」
「そっか。じゃあアミィ」
「いや、いきなり気安すぎんでしょうが!!」
「だってアマーリアって長いし。ダメ?」
「……べつに、いいわよ」
口をとがらせて顔をそらす仕草が可愛い。
「じゃああらためてアミィに聞きたいんだけど、勇者召喚で呼び出された人っていうのは、特別なスキルとかギフトとか、そういうのがもらえたりする?」
召喚で異世界に転移した一般人が、現地基準で反則的な能力を得るってのが異世界転移ものの定番だからな。
「ええ。そう言われてるわ。実際私も……」
そう言ってアミィは胸の前で両手を広げ視線を落とした。
すると、淡い光が彼女の手を包む。
「神聖力が大幅に上がってるのを感じるわね。鑑定玉がないから確認できないのが残念だけど……」
鑑定玉ってのがもしかするとゲーム的なステータスを見るための道具なのかな。
「それに、言葉が通じるのも、なにかしらの恩恵のおかげじゃないかしら」
「あ、そういえば俺ら普通に喋ってるね」
言語翻訳能力が標準装備されるってのも、異世界者ではよくあるパターンだね。
「ところでその神聖力って、もしかして回復魔法とかに影響する、的な?」
「そうよ。よく知ってるわね。異世界には魔法がないって聞いてたけど……」
「いや、アミィの言うとおりこの世界に魔法はないよ。あくまでフィクション……、おとぎ話の中に登場するってだけ」
「へええ、そうなんだ……」
さっきからアミィは俺の言葉に応じてくれるものの、どこかぼんやりとして元気がなかった。
そりゃそうか。
いきなり異世界に飛ばされたんだもんな。
取り乱さないだけまだましなのかも。
「ねぇ、回復魔法が使えるんなら、腰痛直してよ。ここんところデスクワークが多くて、ちょっとしんどかったんだよなぁ」
「腰痛って……。聖女の神聖魔法をいったいなんだと……」
アミィはブツブツ言いながらも、淡く光る手を俺の腰に当ててくれた。
あ……なんかじんわり温かい。
「うん、ちょっと楽になった気がするよ」
「はぁっ!? ここまで神聖力があがったうえで聖女が治癒を施したのよ? 全身の悪いところがいっぺんになくなるに決まってるじゃない!!」
「うーん、でもなぁ……。そこまで劇的な効果はないような……」
もしかするとストレスから来る疲労だから、肉体を治癒してもあんま効果がないってことか?
「いまの神聖力なら、欠損再生だってできるはずだわ」
「それって、なくなった手足が生えてくる、みたいな?」
「そうよ」
「ほな髪は!?」
そこへハッサクさんが割り込んでくる。
軽く身をかがめて、二割ほど後退した生え際をアピールしてきた。
「そんなのお茶の子さいさいよ」
アミィが目を閉じて集中すると、また手が淡く光り始めた。
その手をハッサクさんの頭に当てる。
「お……、なんやぬくぅなってきましたわ」
ハッサクさんは嬉しそうに微笑んだが、アミィの表情はどんどん険しくなっていった。
「……なんで? 本当なら、うぶ毛くらい生えてきてもいいはずなのに……」
その後しばらくアミィは手を当て続けたが、ハッサクさんの頭からはうぶ毛の1本も生えてこなかった。
「もしかすると、地球人――つまり、アミィから見ての異世界人には、魔法が効きづらいのかもね」
魔法や魔力のない世界で生まれた主人公が、異世界魔法の影響を一切受つけない、っていうのもたまにある設定だ。
「はっ……なによ、それ……」
アミィの口元に自嘲気味の笑みが浮かぶ。
「子供の頃から、世界のためにずっと頑張ってきたのに……。つらい修行に耐えて、やっと聖女になったのに……。勇者召喚の儀までおこなったのに……」
アミィの目にじわりと涙がたまる。
「でも、さ。勇者ふたり送り込めたんだから、成功なんじゃない?」
「……本当は、喚び出した勇者の世話を、アタシがする予定だったのよ」
たしかにいきなり見知らぬ世界に放り出されて、魔法だ魔王だとわけのわからないことを言われても困るだけだもんな。
異世界の常識を教えたり、突然戦いに放り込まれる勇者のケアをしたりってのは大事な仕事なんだろう。
「なのにアタシったら、こんなところに来ちゃって……。そのうえおっさんのハゲひとつ直せないなんて……」
その言葉に、ハッサクさんは自分の額に手を当て、申し訳無さそうな表情を浮かべる。
別にハッサクさんが悪いわけじゃないと思うけどね。
「人を勝手に呼び出して、無理やり戦わせるなんてことを……」
アミィの目からポロポロと涙がこぼれ始める。
「自分勝手な都合でそんな非人道なことをしたから、バチがあたったね……ふふふ……」
その後、口を閉ざして肩を震わせるアミィに、俺はなんと声をかけていいのかわからず、ただ無言で彼女を見ることしかできなかった。