俺でよければ愚痴くらい聞きます
ちょっと長い。
あと蒼宮さんはあまり触れられません。
莉音もでません。
蒼宮さんのお菓子作りの腕は本物だ。
鮮やかに彩られたマカロンの数々は、どれも美しい半円形を形作っている。
さくっとした表面に、しっとりと沁みる中身。味付けも多彩で、数こそ多いが食べ飽きることはなかった。
俺が初めて返事を書いた翌日に、「叔父さんに買い出しを頼んだから今晩作ってみる」との旨の文章が次ページに綴られていた。
こんなことを書かれてしまえば、これは期待せざるを得ない。
普段より集中力マシマシで授業を受け、いつもよりモチベ50%アゲで体育に取り組むと、親には友達の家に外泊するという理由で夕食も食べずにいつものマンションを訪ねた。
足繁く通っているこのマンションだが、ここで入浴するのは初めてだった。
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放課後。主に「課金」と「草」としか発言しない千博の連れが先に上がった教室で、千博は学級日誌を記入していた。
日直は基本的に一人だ。普通は昼休みに片付けるが、文通の内容も一緒に考えたかったので、閑散としている今の教室は都合がいい。
蒼宮と文通をしていることは誰にも話していない。
SNSが主流のこのネットワーク時代、手書きの文通は完全に世の流れから逆行している。
そもそも千博は誰かに宛てて文章を綴るという行為自体が気恥ずかしかった。
それが手書きでなおかつ異性に対してならなおさら。
そんなこんなで目標としていた文章量の半分を書き終えたところでふと千博は誰かが近づいてくる足音を聞いた。
あらかじめウォークマンのボリュームを下げておいてよかった。
その足音の主が教室に入ってくると同時に千博は日誌で隠す。
「まだいたのか」
「あ、でも今帰るとこ」
そういって千博が帰り支度を始めると、彼は自分の机から参考書を取り出している。
佐伯湊。女子にモテる方向で逸材揃いのバスケ部の2年エース。
身長は千博と同じくらいだが、コンパスの長さが若干負けていた。
実は千博とは小学校のミニバスの元チームメイトだ。しかしその頃はあまり仲がよかった覚えがない。だが一応顔なじみなのでクラスではたまに話した。
あとこれは予断だが、どういう因果かその頃千博と親しくしていた友人は皆高校生になるとバスケから離れていた。
「……じゃあ」
荷物をまとめ終わった千博が出て行こうとすると、
「あーちょい待ち」
なぜだか呼び止められた。
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「駅まで一緒に帰らない?」と誘われた。
そういえばバスケ部に所属している2年は、独りで帰るやつはいなかったな。
つまり普段関わりがあまりない俺を誘ったのも話し相手が欲しかったということ。
刺繍が入ったボストンバッグを肩に下げて、大声で喚く連中の顔ぶれは大体覚えてしまっている。
休日に運悪くエンカウントしてしまうと大抵その隣には女子がいた。
勝手な話だが、俺は連中が少し苦手だった。馴れ馴れしいところも、俺が昔、プレイヤーだったことを知ると昼に体育館に呼び出してきたことも。
あと荒っぽいんだよあいつらのプレーは。
つまりまとめるとそのバスケ連中の長たる佐伯も俺は苦手だ。
「……さっきから俺ばっかりしゃべってない?もっとトークしようぜ」
でた。
「なにを話したらいいか……」
「そこはフィーリングでいいよ。なにかあるっしょ。高校生なら」
「じゃあ、この前のことなんだけど……」
「お、そうそういい感じ」
彩のない日常物語をちょっと脚色して、盛って話したところ意外とリアクションはよかった。
「なにそれマジ笑う!」
オチもない話だったんだけど、しっかり笑い飛ばしてくれた。
く、悔しい。ちょっと嬉しくなってしまった。
こいつは敵なのに。
もう駅はそこまで迫っていた。
あと少し時間を稼げば。今日はいい思い出で終われる。
「みいなーとおーっ!」
やっぱ一波乱あったか。
佐伯の下の名前を大声で呼んだのは、このゴリラのような大男。怪物ゴリラだ。
あだ名が五里男。
ちなみにポジションはセンター。ごつい男たちと密着し合うのが仕事だ。
「さき帰ったと思ったぜ」
そういうと五里男は佐伯の肩に腕を置いた。これがバスケ部での挨拶のようだ。
「お前こそ。まだいたのか」
佐伯はそういうと後ろへ視線を投げた。
うちの高校の制服を着た女子高生が二人いた。どうやら五里男の連れのようだ。やつの筋肉美にでも釣られたのか。
「ゼロ市行くとかいってなかったか」
「いやあ遅延でよお」
「ゼロ市」というのはゼロ・シティという複合商業施設の愛称だ。映画館も入っている。
うちの高校の生徒が帰りに遊びいくといったらまずここが挙がる。
五里男は女子高生二人引き連れて、そこへ行く予定だったがダイヤの乱れに煽られたらしい。それで駅前で待機していたようだ。
電光掲示板を見ると、次の電車はもう数分でくるようだ。
「ね、湊くんも行こうよ」
女子高生の一人が佐伯の袖を引っ張った。
名前はわからないのでとりあえずえっちゃんと仮に名付けよう。
えっちゃんのアピールはなかなか激しかった。
歯切れの悪い佐伯に対し「いいじゃんいいじゃん」と袖を引っ張り伸ばす。
「部活休みだし、別にこのあとなにもないんでしょ?そんなにあたしと遊びたくない?」
「そうじゃないんだけど。あー、今日塾あるんだわ」
佐伯が腕をひきながらいった。
せっかく嘘をついたなら、もう少し思い出す振りをすれば信ぴょう性もあがるのに。
「マジかー」
五里男はともかく半眼になったえっちゃんは、
「……今回はそういうことにしておいてあげるけど、今度埋め合わせしてよね」
そういうと今度はこっちを見てきた。
「じゃあ君でいいや。いこ」
俺に白羽の矢が立った。
「ん、誰こいつ」
一度会ってるんですが。以前あなたは、俺とA君の1on1のバスケ対決に割り込み、シュートする俺の背後から思いっきりタックルをかましてくれましたが。
五里男のあだ名が五里男であることもその時知った。
「俺の友達の室瀬千博。同じクラスなんだぜ」
「へえ。室瀬くんだね。よし覚えた。よろしくねー」
「で、お前どうすんの」
佐伯が友達と紹介した瞬間さらに表情が柔らかくなったえっちゃんを見て若干不機嫌になった五里男が訊いてきた。
「あ、ちょっとごめん。いけないかな」
「だよねー」
**********
「なんか悪かったな。うちのゴリラが」
「お前はゴリラって呼んでいるんだ……」
ちょっとテンションが下がった佐伯と喫茶店に入っていた。
誘ったのはまた佐伯だ。
「あいつ高崎のこと狙ってるからな」
「高崎っていうのは……」
「俺とお前誘ってたやつ」
まあそうですよね。
「結構アプローチかけられてたよね?」
「……まあな。普段もわりと絡まれんだよな。一回ちゃんと断ったほうがいいかな」
「まったく眼中にないんだ……」
「ああ。ゴリラもそれ知ってるから俺誘っても、余裕なツラしてたんだぜ」
俺にはあれだったが、佐伯に対してはそこまで露骨にされててなお食い下がる高崎さんが少し健気に見えてきた。
俺にはあれだったが。
「もう一人の子は?」
「嶋だろ?あの子はゴリラの方だな」
つまり五里男のシックスパックに魅せられた子か。
「ゴリラのやつ。キープとかいってやがる。マジ最低だよ」
ずけずけいうね。さっきまで一見すると仲良さげだったのに。
「もしかして、五里男のこと苦手……?」
「苦手っつーより嫌いだわ。あれは」
表情から見るにそれが本音のようだ。
「五里男までとはいかないけど。身内のやつの大概が苦手だな」
灯台下暗し。こんなところに同志がいるとは。
いや多分同じ苦手でもベクトルが違うかもだけど。
「あーあ、ほんとはこんなこといいたくないんだけどな高校入ってから絶対性格悪くなったよ俺」
そのあとはまさに洪水の川の奔流のごとく愚痴の連続だった。
バスケ部の顧問はバスケ未経験者で、部員はやりたい放題だの。先輩が優しい人ばっかりだから2年がつけあがるのだの。そのくせバスケには真面目で嫌いになりきれないだの。なんでお前はバスケ部に入部しなかっただの。
「ほんとなんで辞めたわけ?」
「仮入部はしたんだよ、これでも」
中学まではバスケは続けていたのだ。
「なんていうか……雰囲気かな。ちょっと合わないと思った」
「なんだそれ。俺だって感じてるんだが」
「でもここまでやってきたんでしょ。俺がいうのもなんだけど……」
それでもエースなんだろ、お前は。
「ここで頑張った記憶は、いつかきっと財産になると思うよ。お前の活躍で県大会にも出られるそうじゃん」
「…………」
ある日、とある高校のバスケ部のエースが試合終了までのコンマ数秒で逆転のブザービーターを決めたらしい。
しかも県大会が懸かった試合だったそうだ。
未だにバスケ観戦が好きな親父がその息子に聞かせた話だ。
「あれはマグレなんだけどな……」
そう呟くと、「まあどうせ部は辞められないしな」と続けた。
「俺スポーツ推薦組だし」
「そうだったんだ」
「今度応援にこいよ」
「まあ、気が向いたら……」
「また愚痴聞いてくれ」
「まだあるの……」
いいながらもごそごそとスマホを取り出す俺だった。
「じゃあ、連絡先教えてくれる?」
「あー俺スマホ持ってないわ」
「ガラケー」
「いやそっちも」
「まじで」
「まじ。俺携帯端末系一切持ってないから」
超意外な事実を知った。
ちょっと長くしただけに誤字の心配が。
探すのもいつもより厄介だあ。