第九十二話 男性と女性の違い その1
「鬼人族や僕たち人間の男性と女性。その違いは、治癒の魔法や火起こしの魔法の作用の仕方でわかるように。おそらく男性は、マナを体外へ放出するのが苦手なんだろうね」
父さんはあの後、母さんから腕輪を借りて真似をしてみたけど、火起こしは出来なかった。
勿論俺も、ナタリアさんから改めてしっかり教わりながらやってみたけど、やっぱり駄目だったんだよ。
「ウェル君の、魔石や石などを制御する地の属性魔法。その理屈は、手や指先で触れているものを、身体の一部として作用させてると思われるんだ」
「でもさ、父さん。ナタリアさんも手を触れて治癒の魔法を使ってるじゃない?」
「そうだね。まず、推測なんだけど。女性は体外へのマナの放出が可能。男性はそれを極端に苦手としてると思われるんだ」
「それは何故でしょう?」
ナタリアさんは父さんに問う。
「そうだね。人は物を食べて、外へ尿などを排泄する。同じ様に、マナを消費するのも、性別の上での相違はないんだ。ただね、マナを体外に放出することに関してだけ言うとね、排泄行為のそれとは違うことから。マナは命と同じものであって、老廃物と同じではない。そう言えると思うんだよね」
「その辺りは、何となくですが理解できます」
ナタリアさんは父さんの言ってることを理解できてるみたいだけど、俺と母さんは正直よくわからないんだよね。
『わかる?』って母さんを見たら、首を横に振って困った表情してたし。
俺たちを見て父さんは苦笑して、こう答えてくれた。
「噛み砕いて言うならそうだね。……男はね、子供に乳を分け与えることができない。マナはね、生命力と同じ。言わば、母乳とも同じと言えるんだ」
「あ、あぁ、……なるほど」
「……そう言われると、納得できるわ」
母さんも納得したみたい。
治癒の魔法も、火起こしの魔法も同じ。
その対象に、マナを分け与える必要があるから。
それを苦手とする、俺たち男には難しい。
父さんはそう、言ってるんだね。
「次にこれを見てくれるかな?」
父さんはある文献を開いた。
「ここにあるのが、前に話した魔法の属性。その四大属性の相対関係を表すものなんだ。地の向かいに風があって。右に火。左に水がある。ナタリアちゃんやマリサさんのような女性は、地の属性を基準として、右側火の属性へ。僕たち男は、地の属性を基準として、左側水の属性へ傾いてると思われる」
父さんは指でなぞって、わかりやすく説明してくれる。
「おそらくだけど、人間や鬼人族は地の属性が基準なんだろうと。風の属性を操ることができるのは、魔族領に住む、どこかの種族が使えるかもしれない。ナタリアちゃんたちが使う治癒の魔法。聖の属性は、火の延長上に存在するんじゃないかと思う。だから、火も聖の属性も操れるんだと、思うんだ」
なるほどね。
父さんの言うことは、俺にもなんとなくだけど理解できそうな気がする。
「お父様のおっしゃることは、間違ってないかもしれません」
「そうなの? ナタリアさん」
「はい。ですが、鬼人族の間にも、細かに検証作業をしたという話は伝わっていません。ただなんとなく使えていたから。当たり前のように、今まで伝えられていたものと思うんです。なので『かもしれません』としか……」
文化の違いなんだろう。
俺たちの生まれ育ったあの国には、鬼人族にはない、勇者という存在がいたんだ。
生きるために、種として残るために。
違う部分があった、それだけなんだろうね。
きっと。
「そう。ごめんなさいね」
「いいえ。お母様が悪いわけではありませんから」
「ということは、あなた」
母さんは父さんに袖をぎゅっと握りしめる。
何かの期待感がそうさせるんだろうね。
「何かな?」
「私もいずれ、しっかり学びさえすれば、治癒の魔法を使うことができるかもしれないということかしら?」
「そうだね。あの、ロードヴァットの子だったあの娘ですら、使っていたのだから。ある程度は可能だと思うよ。ただね」
「えぇ」
「傷を治す程度までだろうね。ナタリアちゃんたち、鬼人族のようにマナの量が多くはないかもしれないからさ」
「そうね。それはなんとなくわかるようが気がするもの」
「ナタリアちゃん」
「何でしょう? お父様」
「後日で構わないからさ。マリサさんに、治癒の魔法を教えてもらえないかな?」
「はい。構いませんよ」
「ありがとう。ナタリアさん」
「いいえその、教えるのは難しくないと思うのです。お母様は、火起こしが出来たのですから」
なるほどね。
強力を覚えて、火起こしを覚えて、その先に治癒の魔法が待ってるわけだ。
「ただ、少々厄介なことがありまして」
「それは何かな?」
「はい。治癒の魔法を教える際はですね。決まった時期でないと難しいのです。その都度怪我を、傷をつくるわけにいかないものですから」
あぁ。
俺みたいに、試し切りをするわけにいかないもんなぁ。
「あー」
「なるほどね」
「あ」
「あ」
父さんと俺、同じことを考えてたみたいだ。
多分、俺のやらかしたことを聞いてた──
「ウェルちゃんみたいなことをやってはいけない。そういうことですよ」
母さんが釘刺してるよ。
絶対、知ってるわ、これ。
「ナタリアさん」
「はい、お母様」
「今さわりだけでも教えてくれないかしら?」
母さんは負けず嫌いというか、こういう鍛練に似たものって本当に好きだから。
「あのですね。治癒の魔法はその、初めて子を宿せる身体になったときの痛みを、和らげることから始めるんです。痛むお腹が、いずれ子を成すところになりますので」
「あ、あぁ。そういうことなのね」
「少しでも、痛いのを和らげたい。子供が出来たなら、怪我をした我が子から早く痛みをなくしてあげたい。そのような、慈しむ思いを作用させる。それが、治癒の魔法だと教えられました」
「うんうん」
「おなかから、おててまでは同じです。あとは、自分のお腹に、『痛いの痛いの、弱くなれ』って念じるんです」
「あー、それが治癒の魔法」
「はい。亡くなった母は、『お酒を飲みすぎてね、朝に頭が痛いと言ってる。駄目なお父さんにも、良く効くの』と笑ってたのが懐かしいです」
「クリスエイルさんにも効きそうね。早く覚えてしまいたいわ」
最近丈夫になったこともあって、父さんはよく酒を飲むようになった。
母さんは酒を飲まないから、二日酔いを知らないかもしれないね。
俺はたまにしかならないけど、あれって結構辛いんだよ。
たまにってのは、丈夫すぎるからかもしれないけど。
「──あ、あいたたた」
そのとき急に、母さんが辛そうな声を出したんだ。
「お、お母様。どうされました?」
「大丈夫なのか?」
「あなた、大丈夫ですよ。ナタリアちゃん、毎月の『あれ』だから」
あ、そうか。
身体が若返って、げふんげふん……。
「あぁ。げっ──」
「あーなーた?」
あ、睨まれた。
「はい、口が過ぎました。ごめんなさい」
「わかればいいんです。ちょうど良いわ。えっと、ん──おてて」
母さんはお腹に手を当てる。
「痛いの痛いのなくなってちょうだい……、あぁ。わすれて、たわ。あいたたた……」
「お母様、あたしが治癒を」
「大丈夫。せっかくだもの。腕輪を通して、おなか──おてて。痛いの痛いの和らいで。お願い……」
母さんは人間だから、ナタリアさんと違って、角が光るようなことがないんだ。
「あ」
「お母様。大丈夫ですか?」
「あぁああああ。少しだけ効いてきたわぁ。これが、治癒の魔法、なのね……。腕輪で増幅しても、この程度。もっと練習しないと、駄目ね」
「それにしてもお母様」
「はい?」
「凄いですね。その日のうちに、魔法を成功させたのは、デリラくらいですので」
「デリラちゃんもやっぱり凄いのね。そりゃそうよ。私はあなたの母親で、デリラちゃんのお婆ちゃんですもの」
もの凄い強引な理屈だけど、負けていられないという母さんの気持が十分伝わってくる。
「あ、集中切らしたら駄目ね。んー、……おてて」
「何て言うかさ。ウェル君」
「はい」
「僕だってさ、強力の鍛錬、続けてるんだよ。マリサさんはほら、身内だから。羨ましくはないけどさ。勇者だった彼女がね、あっさりと魔法使いになっちゃうのは、どうかと思うんだけどね」
いやそれって、十分羨ましいって、言ってるようなものじゃない。
確かに父さんは、勇者だけど戦闘経験がない。
だから、勇者の自覚も薄いんだろうけど。
「あのさ父さん」
「何だい?」
「俺や母さん、ナタリアさんを羨ましいと思うのは、それって向上心があるからなんじゃない?」
「そうかな?」
「そうだと思う。若人衆にもさ、魔剣を抜けない子だっているんだし。父さんはあっさり抜いちゃったんだよ?」
「あ、あぁ。そうだったね。僕は、そうだったんだ」
「父さんだってあの子たちに、勇者様として目標にされて、尊敬だってされてるんだよ。それにさ」
「何かな?」
「父さんの剣技、美しいって言ってたよ。ジェミリオさんが」
「あぁ。ウェル君と同型の魔剣を受け継いだ、あの子だね」
丈夫になった父さんは、定期的にあの子たちの鍛錬を見てくれてるんだ。
そのとき、模範として剣技を見せてくれる。
それは俺がエルシーから習った、古くからあの国の騎士に伝わる剣技と全く同じもの。
洗練されてて、俺だって綺麗だと思ったんだから。
「あなた」
「何だい? マリサさん」
「これで、あなたの二日酔い。治してあげられるわ」
「あ、あぁ。ありがたいと思うよ」
「だからといって、飲み過ぎても良いとは言わないわよ? まだ、あなたの治癒は続くんですもの」
「あ……、はい。わかってます」
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