第九十一話 魔法の考察と、理解度の違い。
俺は冗談のつもりで、母さんが叩き壊した石塊にマナを流した。
するとそこには、ナタリアさんですら呆れる現象が起きたんだよ。
俺の足下に残るのは、インゴットに似た石の塊。
粉すら残っていない、見事な仕上がりだったよ……。
「もしかしたらなんだけどね」
今更この程度じゃ父さんは驚かなかったみたいた。
目の前で起きた異変を観察しつつ、いつものように顎に手をやって考え込んでる。
「マリサさんや、ウェル君。ライラット君たちや、僕のような、魔石の制御を行う勇者はさ。地の属性を持つ魔法をね、操ってるんじゃないかと思うんだよ」
「地の属性、……です?」
母さんが珍しく、首を傾げてる。
俺はよくわかんない。
ナタリアさんは、何か心当たりがあるような表情してる。
「あのね。僕が読んだ文献に記されてた、受け売りでしかないんだけど……」
「うん」
「えぇ、あなた」
「はい、お父様」
「前に僕が話したこと、憶えてるかな? 魔法は主に、地・水・風・火の四大属性があるという。ナタリアちゃんの使う治癒の魔法は、その系統に属さない聖の属性。強力も同様、それらに属さない別の属性だと思っていたんだ」
「はい」
ナタリアさんだけ返事をしてる。
俺と母さんは目を合わせると、『ウェルちゃん、わかるかしら?』『ううん。わかんない』という感じに、父さんの話に追いていかれないように聞いてるだけで精一杯。
「マリサさんとウェル君も知っての通り、僕たちの育ったあの国にはね、鬼人族の集落と違って魔法使いと呼べる人がほぼ、いないと言っていいだろうね」
「そうなのかなぁ」
「そうなのですね」
「聖女と呼ばれた一部の人は例外だけどね」
「はい、お父様」
俺と母さん、ナタリアさんの間に、理解度の差が出てるような感じ。
「グレインさんたちから聞いたと思うけど。墓地に埋葬されてる、亡くなった方々の魔石は、長い年月を経て土へ還っていくという話しがあったよね?」
ナタリアさんは勿論のこと、それは俺も知ってる。
母さんも父さんから聞いてるんだろう。
俺たちは三人そろって頷いたんだ。
「そうするとだよ? 魔石を宿す魔獣もまた、僕たち人間も同じように、地へ還っていく。それなら、魔石を制御することも、身体を制御することも、同じ地の属性ではなかろうか? そう推察できるんだよね」
「そのような考え方もあるのですね……」
ナタリアさんは納得したような表情してるけど。
「母さん、どう?」
「えぇ、私もよくわからないわ」
「やっぱり?」
俺も母さんも駄目っぽい。
「あはは……。この話しは少々、説明するのが難しいんだ。マリサさんとウェル君は、『そういうものだ』と思ってくれたら助かるよ。それとね、ナタリアちゃんたちが料理などに使う『火起こし』。あれは前も言った通り、間違いなく火の属性を持つ魔法の一種だと思うんだ」
「そう、なりますね。お父様の話を伺った上で、あたしが思うに――」
これはやべぇ。
父さんとナタリアさんの間にだけ、会話が成り立ってるよ。
俺と母さんは、二人の会話に置いて行かれてる……。
「ウェル君はほら、『あれ』だから参考にならないかもしれないけれど。マリサさんが同じことが出来るとは思うのは、まだ早いだろうね。少なくとも、ウェル君がやってのける『魔石の結合』や、土塊を結合させてしまったさっきの現象は、魔石の制御の先にある、もっと高度な魔法なのかもしれない。それは先日、エルシー様のお話にあった『瞬間的に放出できる、魔力の量』にも関係している。僕はそう推察したんだよね」
「確かに興味深いお話です。……そう、ですね。あなた」
ナタリアさんが、何かを思いついたかのような表情をするんだ。
「ん?」
「その石塊、屋敷にあった魔石のように、丸くできますか?」
「どうだろうね。ちょっとやってみるよ」
俺は石塊に手を乗せる。
「丸く。丸く……」
魔石の腕輪を作っていたときと同様に、石塊の角がなくなったような感触があった。
「凄い、凄いですっ。あなたっ」
ナタリアさんが、俺に抱きついてくる。
「あ、丸くなってる」
母さんが俺の横に座って、丸くなった石塊に触った。
「――四角く、四角くな……。あ、違ったわ。腕輪を通すようにして、四角く……」
じっと、睨み付けるように、念じながら。
理論派の父さん、ナタリアさんと違って。
俺と同じ感覚派とも言える母さんは、さっき壊したときの感覚で、俺の真似をしようとしてる。
「マリサさんは本当に、負けず嫌いだね。ウェル君とそっくりだよ」
「――ふぅ。やはり駄目みたいね」
「……母さん。そこ、ちょっとだけ変形してる」
俺が指差した場所、ちょっとだけ歪んだ感じがする。
ほんのちょっとなんだけどね。
「あらあら嬉しいわ。何事もやってみるものなのね」
歪に凹んだその部分を擦りながら、今日一番の笑顔になってる母さん。
「いやはや流石は歴戦の勇者様たち。……そうだ、ウェル君」
「はい」
「例えば君のその力。畑などで不要になった土に作用させたら。建物や街道に使われる石材が、作り出せるかもしれないよ?」
「あ、そういえばそうですね。……そっかぁ。最近、魔獣を倒す役目がお休み状態だったから、少し悩んでたんだけど。俺にもまた、国のために何かができるんだ」
「ウェル君やマリサさんは長い間、魔石の制御を行ってきた。『なりたて』の僕では、同じことはまだできないと思う。けれどね、こうして魔法の未来を、模索することはできると思うんだ。例えばね」
「はい」
「金属は、どこから採れると思うかい?」
「あ、岩山、でしたっけ?」
「そうだね。赤岩と呼ばれる土から採れるとのこと。石塊がこうなるなら、鍛錬次第で金属も可能になるかも知れない。勿論、細かな加工は職人さんでないと無理だろうけど。ほら、夢が広がるじゃないか?」
「うんうん。確かにそうですね」
「ほんと、男の子何歳になっても、こうなっちゃうのよねぇ」
「はい。わかる気がします」
母さんとナタリアさんが何気に呆れてる。
仕方ないじゃない、男の子なんだからさ。
「あの、お父様」
「ん? 何かな?」
「治癒、まだ途中なんですが……」
「あ、すっかり忘れてたよ」
「ほんと、いつまで経っても、男の子よね」
「はい。そうですね」
父さんはベッドへうつ伏せになり、ナタリアさんは父さんの背中に両手をつく。
「いきます」
「うん。お願いね」
「んー。腕輪を……、えいっ」
「ぅひっ!」
父さんらしくない、悲鳴ともそれ以外ともとれる声。
ナタリアさんの表情は、別段変わった感じが見られない。
多分、気づいていないんだろうな。
「あ、ご、ごめんなさい……」
ナタリアさんやっぱり、加減を間違ったくらいにしか思ってないみたいだ。
後でもし、聞かれたときだけ教えることにしよう。
「ウェルちゃん」
「何? 母さん」
「クリスエイルさんの後、私の番なのよね。その、我慢できるかしら……」
「あー、何て言うかその。……頑張って」
「はぁ……」
ため息つく母さん。
いや、俺がこの歳だからってさ、あまり露骨な質問されても、答えに苦しむと思わないのかな?
いや、答えろって言うなら答えるけど。
母さんのことだ、父さんみたいに平手打ちがくるのが目に見えるから。
無理。
「いやはや。身体が若返るというのも、善し悪しなものだね……」
父さんは治癒を終えて俺のところへ来る。
そのとき。
「んぁ――」
慌てて口元を抑えて我慢したような母さんの声。
「あ、お母様ごめんなさい。あたしまた、加減を間違ってしまったみたいで」
「ぃ、いえ、いいの。別に痛かったわけじゃないから……」
「これはなんともまた……」
「うん。俺も正直困るかも」
「ナタリアちゃんが気づいてないのが」
「うん。一番の難点だと思う」
▼
母さんの治癒が終わった後、俺と母さん、父さんは、ナタリアさんに『火起こしの魔法』を教わってるんだ。
「あなた、お父様、お母様よろしいですか? この木と木をこう、強く擦り続けると」
ナタリアさんは、一番単純な火を起こす方法を見せてくれる。
彼女は普段から無意識に、強力に近いことをやってのける。
そんな彼女が、腕輪を通しての強力を意識してやってしまうものだから。
「こう。……火種が出来るわけです」
あっさり火が点くんだよ。
ナタリアさん本人も、少々驚いた表情してるし。
「これを『火起こし』の手順でやってみます。お腹から手首までは、強力と同じです。指先へ、細く、薄く、柔らかく」
「先ほどのように木と木を擦り続けると、熱を持つのと同様。マナとマナが擦れ合って、熱を帯びるように、思い描くんです」
実際、マナは見えるものじゃない。
それでも力業で火種を作る場面を見ていたから、まだ思い浮かべるのは難しくないんだね。
「すると、こう。火が灯るわけです」
ナタリアさんの指先に、二ほどの高さ、一以下の細さで火が灯った。
「マナは、薄ければ薄いほど。先端が細ければ細いほど。柔らかければ柔らかいほど。変質しやすいと言われています」
「……ナタリアちゃん」
「はい。何でしょう?」
「鬼人族の、男性でも、この『火起こし』は出来るのかな?」
「んっと、いないと思います」
「あら」
「え?」
予想通りという表情の母さんと、愕然とする父さん。
ナタリアさんの話では、グレインさんの工房にある炉へ火を点ける際は、マレンさんが火起こしをしているんだそうだ。
「――んー。難しいわ。それなら、腕輪を通して、薄く、細く、柔らかく。擦れ合うように、……って、あっ」
「ん?」
「どうしたのかな?」
「つ、点いたわ」
母さんの指先に、小さく火が灯ってた。
まぁ、腕輪で増幅したマナに灯ったんだろうけど。
それでも、きっかけが出来たら、二度目はあり得るんだよね。
「……ずるいよ、マリサさん」
「え?」
「え?」
「あら」
案外、父さんも負けず嫌いだったみたいだね。
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