第九十話 この腕輪ならさ、きっとあの杖を上回るはずだよ?
『あ、ご、ごめんなさい、お父様。強すぎたりはしないですか?」
ナタリアさんが驚きと同時に、父さんに謝ってるんだ。
「――だ、だいじょぶ。お、ぉおおおおおおっ。こ、これ、凄く気持ちいいねぇ」
父さんは何故か、ご満悦。
ナタリアさんが数日に一度行ってくれてる、父さん母さんの治療なんだけど。
彼女の美しい青い角から放たれる、青い光が凄い状態。
鬼人族の人は、身体にマナを循環させて、強力や治癒の魔法を使うと、角が同じ色にぽうっと光を帯びるんだ。
父さん曰く『魔法が発動してるってわかるのは、ある意味羨ましい』とのこと。
父さんや母さん、俺なんかは角を持っていないから、強力なんかはその『現象』が起きてくれないと発動したという実感がわかない。
まぁ、俺は別に、意識して使ってるわけじゃないらしいんだけどさ。
ナタリアさんが治癒の魔法を使うとき、彼女の青い角がぽうっと優しい光を帯びるんだけど、今回は違った感じになっちゃったということ。
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今日の治癒を始める前に、父さんと俺とである話しをしてたんだ。
それは、俺がナタリアさんとデリラちゃん、母さんに作った、空魔石と魔石の腕輪で、『隣の国にある『聖女の杖』のような使い方ができるはず』という検証作業。
それを、父さんが自分の身体を使って実験してみよう、ということになった。
これはそのために軽い打ち合わせみたいなもんだ。
父さんも俺も、母さんも、『聖女の杖』や、コルベリッタさんの持っていた杖を『どう使っていたのか』実は知らない。
あくまでも『治癒の魔法を増幅する効果がある』ということしか知らない。
昨夜、父さんは母さんと二人で、『あぁでもない。こうでもない』と、色々やってみたらしいんだけど。
二人がまともに使える魔法『強力』は、自分自身に作用させるものであって、どうしても効果を得られなかったんだ。
父さんも母さんも『ウェルちゃん(君)はほら、あれだから』って理由で、俺じゃ駄目なんだってさ。
いやわかってたよ、そう言われるのはさ。
それで、放出系の魔法が得意と思われる、鬼人族一の治癒の魔法使いである、ナタリアさんにお願いしようってことになったんだよ。
試しに、腕輪がナタリアさんの腕にある状態で、父さんに対して治癒を使ってもらったけれど、彼女らしいいつも通りの効果しか現れなかった。
そこですぐに、父さんが思い付いた。
俺や母さんが、勇者のときに念じる方法を元にしてね。
「――魔法回路は魔石からマナを吸い出す機構になっているはず。それならその逆。吸い出すのではなく、与える感じ? んー、……ナタリアちゃん、いいかな?」
何やらぶつぶつと独り言を言ってた父さん。
何かを思い付いたみたいで、『それ』を、ナタリアさんにお願いしようとしてるんだろう。
父さんから『ナタリアちゃん』と呼ばれるのは、最初は照れていたみたいだけど、最近は慣れてしまったみたい。
ナタリアさんは、俺と同じ境遇を持ってるから。
父さんを本当の父親のように、母さんを本当の母親のように思ってくれてるんだろうな。
ちなみに母さんは、『ナタリアさん』って呼んでる。
ひとりの女性として、俺の奥さんとして、扱ってくれてるんだと思うよ。
でも俺は相変わらず『ウェルちゃん』なんだよな。
父さんの話しによるとね、ナタリアさんがいないときは『ナタリアちゃん』って呼んでるらしいけどね。
それなら『ウェルちゃん』も、仕方ないのかな。
「はい、何でしょう?」
「今度はさ、ナタリアちゃんのマナをね、一度その腕輪の中を通すような感じにしてね、再度手首へマナを戻して、治癒の魔法に換えて僕へ流す感じに、やってみてくれないかな?」
「この腕輪に、……ですか?」
「前にエルシー様が話してくれたんだけど、『青の大太刀』に、マナをわけてあげる感じ。それでわかるかな?」
「あ、はい。なんとなく、わかります」
「じゃ、お願いできる?」
「はい。やってみますね――んー、……えっと、んむむむ……」
すると、直視すると目に残像が残ってしまうほどのもの。
それこそ『閃光』と言っても過言ではないほどの光が、ナタリアさんの角から発せられたんだ。
その瞬間、父さんの口から『ぅはっ』という声が漏れる。
母さんは『あなた、だらしない声を出さないでくれません?』と、素直にツッコむ母さんの頬が赤い。
うん。
わかってる。
それくらいに気持ちよかったんだね。
男の俺もよーくわかるよ。
「おぉおおおおおっ。こ、こ、……これは気持ちいいはいいんだけど。うん、まずいね。そうか、男じゃここまで長く感じることはないんだろうな。なるほど、実になんとも羨ましい限りだよ」
「父さん、何言ってんのさ?」
「ウェル君。わかるだろう? 男では感じ得ない、継続したか――」
部屋中に響くほどの『スパン』という乾いた音が父さんの頬を襲う。
母さんの平手打ちだった。
ナタリアさんもきょとんとしてる。
何せ、彼女の目で追える速度の平手打ちじゃなかったから。
何が起きたかわからないんだと、思う。
勿論、俺は見えてたよ。
ほら、父さんの口元から血が滲んでるんだから……。
それにしても、父さん、丈夫になったね。
「おぉう……、少々。口が過ぎたようだ。申し訳ないね、マリサさん……」
「わかればいいんですっ」
叩いた母さんの方が、恥ずかしそうに、申し訳なさそうにしてるし。
異常なほどとも言える、治癒の魔法の感覚に慣れてきた父さんは、つい、いけないことまで口走ってしまった。
そこに耳までまっ赤になった母さんが、平手打ちで暴走を止めたという感じ。
ナタリアさんはわかってないっぽい。
よかったね、父さん。
母さんが止めなかったら、ナタリアさんに嫌われちゃうところだったんだから。
「いやはや、この年で危うく――」
「クリスエイルさん」
「あ、はい。ごめんなさい。……いやでも、新しい発見だよ。過ぎた治癒は、痛みを止める超える劇薬と同じ。程度を越えるとその、危険なものに変わってしまう」
「だ、大丈夫でしたか? お父様」
「うん、大丈夫。本当ならもっと――いや、なんでもない。うん。僕が悪かった」
「はい?」
ナタリアさんはまだ気づいていないみたいだね。
けど、まるで魔獣を睨むかのような冷たい眼差し。
あれは怖い。
うん。
俺に向けられなくて良かったよ。
「マリサ。これだけはわかってほしい。僕はね、身体が若返ったと思われるあの日から、隣に眠る君がまるで、あの日の君が戻ったかのように、とても美しくてねだね」
「あなた、何を急に……」
「身体だけじゃなく、心まで若返ってしまったのかと、まるで異性を意識し始めたばかりの、少年のような気持ちになってしまってだね……。毎晩その、ものすごく苦しくて。どう発散させたものかと。いやはや、大変だったんだよ……」
なるほど。
前に母さんがロードヴァット兄さんに与えた罰のひとつで、『もう一人子供を作りなさい』って言ったんだっけ?
それが、父さんに返ってきちゃったようなものだったんだね。
俺にもよーくわかるよ、うんうん。
「あなた、ごめんなさい。私もそのね、『わからないでもない』のよ」
「ほ、本当かい?」
「もういいわ。私、言い過ぎてしまったみたい。ごめんなさいね。本当に」
「うん。わかってくれたのなら、凄く助かるよ……」
よかった。
母さんの表情が少し和らいだみたいだよ……。
「そういえばナタリアちゃんは、デリラちゃんを授かった後、強力が使えないようになった。それで間違いないかい?」
「はい」
「んっ、……と、うまく言えないけれど。おそらくは、『使えない』んじゃなくね。効果が微弱になったんだと思う。何せほら、ウェル君を慌てて抱き上げたとき、同じようなことができていたはずだけど?」
「あ、確かにそうですね」
「だからね、さっきの治癒の魔法の効果が予想以上に出たのもね、ナタリアちゃんが『一度マナを腕輪に通して、作用させたい部位へマナを送る』ことがうまくできたから――」
「あっ」
母さんの声がしたかと思ったら。
ぐしゃっと、何かが潰れるような音が聞こえたんだ。
それを見た、俺と父さん、ナタリアさんが目を点にすることになった。
「おほほほ。ごめんあそばせ……」
笑って誤魔化している母さんの目の前にあったはずの、一枚岩から削り出したテーブルが、真っ二つ。
それどころか、ところどころ粉々になってるんだ。
どんな力が加わったら、こんな風になっちゃうんだろう?
「母さんもしかして、……やってみたんでしょう?」
「あ、あのね、ウェルちゃん」
「何気にさ、モヤモヤした父さんへの気持ちを、八つ当たりのようにぶつけちゃったりしてないよね?」
「だってその、……ごめんなさいね」
父さんがナタリアさんに教えた方法をまねして、母さんがあっさりやらかした。
腕輪にマナを通して、腕に強力の魔法を通したんだろうね……。
いやはや、凄まじいものだったよ。
あれで頬を叩かれたら、歯、折れちゃうね、きっと。
ってことはさ、母さんの地力って、どんだけなんだろうね?
あの『見えない平手打ち』とかさ。
俺とナタリアさんは後片付け。
さっきとは逆の立場のように、母さんが父さんに窘められてるし。
粉々になって、ただの石材に戻ったテーブルの破片。
俺はまるで、あのときのデリラちゃんのように、指先でつんつんしてたんだよ。
「あなた、何をなさってるんです?」
「いやさ。これ、魔石みたいにくっついたら。片付けるのが楽になると思うんだけどね」
「くっつく、ですか?」
「うん。その腕輪もね、屑魔石や、屑空魔石を俺がマナを流して作ったんだよ。こんな風に――」
「あ、あなた、そ、それ」
ナタリアさんが俺のことをまるで『おばけ』を見るかのように、驚愕の眼差しを向けてたんだ。
正直初めてで、何が起きたのかわからないくらいだったんだけど。
「ん?」
「それって何さ?」
「……ふぅ。あなたはエルシー様の言うとおり。『お化け』なんですね……」
今まで俺が見たことがないほど、すっごい呆れた表情に変わっちゃったよ。
「ナタリアさんまでそんな」
「あなた。手元を見てくださいませんか?」
「手元って――うぉっ!」
「ウェル君。どうしたんだい?」
「ウェルちゃん。どうしたの?」
父さんと母さんの目が点になっていった。
そりゃそうだよ。
砕けた破片だらけの元テーブルがなくなっていて。
インゴットのような四角い石塊がそこに残ってたんだから、さ……。
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