第八十九話 魔法と魔石 その3
父さんが両手のひらで、自分の頬を叩く。
目を閉じて何かを考えてるみたいな表情。
「――ウェル」
ゆっくり開いて、俺を睨むような目がヤバい。
母さんが怒ったときみたいな、いや、それ以上かも……。
それに俺のことウェル君、って呼ばないし。
声もいつもの感じじゃない。
「は、はいっ」
「この三人以外で、このことを知ってる者はいるかい?」
「いえ。俺とグレインさん、父さんだけですけど」
「……そうか。それなら良かったよ」
父さんの表情が柔らかくなった。
「あのねウェル君」
「はい」
「魔石の融合はもしかしたら、マリサもできるかもしれない。過去にどこかの種族の間で、魔剣や魔槍が作られたことから、鍛冶の技術によって可能なことだとわかってはいる」
「はい」
「ウェル君がやってしまった、エルスリングとヴェンニル融解。あれはもしかしたら、あの家の手の者によって、他国へ情報が流れたとも思えるんだ」
頭にきてたし、あれさえなければって、あの場では思っちゃったからなんだけど。
俺って、結構やらかしてるんだな……。
「はい」
「けれどこの、魔石の再生はまだ口外してはいけないと思うんだ。クレイテンベルグ王国が他国よりも優位に立てる術かもしれないけれど、それが原因で争いごとにならないとも限らないからね」
「はい、わかりました。俺、二十年近く勇者をやってたからできるんだと思ったんだけど、違ったんだね……」
「うん。エルシー様の言葉を借りるなら、十分に『お化け」だね」
「うぁ……」
「クリス殿がそう言うなら、族長は『化け物』だって、これで証明されたってもんだ」
「うげっ、ひっでぇ」
父さんもグレインさんも、笑ってるし。
「そうだ。ところでウェル君」
「……はい?」
「君はグレインさんに、何を作ってもらおうと思ってたんだい?」
「ナタリアさんとデリラちゃんに、魔石で腕輪を作ってもらおうと思ったんだけど」
「腕輪、かい?」
「うん。魔石がマナを増幅できるなら。二人の助けにならないかな? って思ったんだ」
「なるほどね。実は僕も、ナタリアちゃんのために、杖が使えないかな? って思ったんだよ」
「血は繋がっていなくとも、族長とクリス殿は立派な親子だ。考えることが同じだからな」
うん。
俺もそう思った。
特に、娘大好きなところがそっくりだよね。
「あ、でもさ。父さん」
「何だい?」
「父さんの治癒をしてるナタリアさんね」
「うんうん。ありがたいよね」
「父さんから見えてないからわからなかったんだと思うけど」
「何が、かな?」
「父さんの治癒をしてるナタリアさん、両手使ってるんだよ。だから、どうやって杖を持つのかな? って」
「……あぁ。そう、だったんだ。これは困った。グレインさん。どうしよう?」
「いや、俺に言われてもだな……。杖も腕輪もその、『聖女の杖』だったか? それみたいな作用があるなら。どっちでもいいんじゃないか?」
流石にグレインさんも困ってる。
「そうだね。そうかもしれない」
「それに魔石だけで杖を作ったとしておそらく」
「ん?」
「族長以外はぶっ倒れるぞ」
「あぁ……、そうかもしれないね」
だから、お化けネタはもういいってば……。
でも確かに、魔石の純度が高すぎると、倒れる可能性はなきにしもあらず。
実際、詰め所の壁にある聖剣エルシー、あれを使える若き勇者はいなかった。
皆、制御しきれなくてその場に尻餅をつき、真っ青な表情をしてたっけ。
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そんなこんなで二人にしっかり笑われた後、俺は腕輪を作ってみることにした。
「――これをこう。細く……。よし、こんな感じかな?」
デリラちゃんの小指の爪くらいの幅で、百くらいの長さの細い魔石を二本ほど作ってみたんだ。
「ちょっといいか? 族長」
「うん」
グレインさん。
俺の作った魔石の棒の、両端を持って。
「ふんっ!」
「ちょ、折れちゃう折れちゃ――あれ? 折れない?」
グレインさんの額には、かなり汗が滲んでる。
いや、腕に血管も浮き出てるし。
グレインさんが力任せに折ろうとしたんだけど。
曲がる素振りも見せなかったんだ。
「今度は強力を使ってだな」
「いや、折れちゃ、……わないのか?」
「折れな、い、みたいだな」
グレインさんの強力をもってしても、この細い魔石は折れることがなかった。
「本当に、不思議な素材だね。魔石ってさ」
父さんも感心してる。
「うん。何百年も、あの二振りだけで魔獣を倒してきたんだ。恐ろしく丈夫な素材だったんだと思うよ」
「そうだね。おそらくは、あの台座。魔剣や魔槍との適性を見るためだけに、軽く融合させるだけなんだろうね。こうなると、刺しておいたからといって、補修されるとは思えない。そもそも、補修なんて必要がないほど、丈夫すぎる素材なんだ。だから、魔石で魔剣や魔槍を修繕していたというのも、嘘だと思うよ。グレインさんほどの鍛冶師があの国にいたとは思えないからね」
「うん。俺もそう思う。クレンラードにグレインさんみたいな人はいないね」
「そんなに褒めるなよ」
グレインさん、照れてる照れてる。
「グレインさんは、腕は確か。それでも、魔石を鍛えられる人間の鍛冶師がどこにいたのか? いや、いないと思うよ。僕もね」
「てことは、俺と母さんが倒した魔獣の魔石は」
「そうだね。素直に商取引、いや、闇取引に使われてただけだと思うよ」
「なんとまぁ……」
「それを感知してなかったロードヴァットも、国主としては間抜け過ぎるんだけどね」
呆れるような父さんの表情。
おそらく、魔石の管理をしていたあの家が、蜜を吸い続けた。
そういうことなんだろうな。
「ところで、この後はどうするんだい?」
「あ、忘れてた。んー。俺のあの肩の烙印あるじゃない?」
「あ、あぁ。あの。あの後、大丈夫なのかい?」
「うん。あれから少しまた大きくなってるみたいだけど。わずかなものだと思うし。痛くもかゆくもないから、そんなに気にしてないんだよね」
「そう。それならいいけど。何かあったら言うようにね?」
「はい。わかってます。それであれみたいにね。こう。魔石と空魔石を、互い違いにくるくると絡ませて。その後にこう。くるくると二周させて輪っかにして。最後に継ぎ目を消す、……と」
すると、ちょっと不格好だけど、透明な色と、赤い色の絡み合った感じな腕輪みたいなものが出来上がったんだ。
それをもう一つ。
少し小さめに作って。
こっちはデリラちゃん用。
「見事なものだね。ウェル君はもしかしたら、こういう才能もあるのかもしれないよ」
「いや、そんなに褒められたもんじゃありませんって」
「そんなことはないと思うぞ。十分、工芸品になると思うがな」
「そ、そうかなぁ?」
「うんうん。だからね、ウェル君」
「はい」
「マリサの分も、作ってくれないかな?」
「あ、そういうこと。忘れてた。あぁ、それならエルシーの分も作らないと」
「族長、うちのやつの分も」
「はいはい。いっそのこともう少し――」
それから何だかんだで。
空魔石と魔石のものを、大小合わせて十個くらい作ることになったんだ。
皆、気に入ってくれるといいんだけどね。
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「ナタリアさん。ちょっと手を出して」
「何でしょう?」
何も考えず、俺に言われるまま、目の前に両手を出してくる。
「俺と父さんから、お疲れ様の意味も込めて」
服の襟元から魔石の腕輪を取り出して。
俺はナタリアさんの、すべすべしてて、白く綺麗な手首にかけてあげた。
「うん。よく似合ってる」
ナタリアさんは左手を少し上にして、ぼうっと腕輪を見てる。
「――ほんと、綺麗、ですね。あら? これ、もしかして」
「うん。魔石と空魔石で作ったんだ。俺がね」
「魔石ってあなた、これ……」
「うんうん」
「いったい金貨何枚になると思ってるんですかっ!」
あ、ナタリアさん、怒ってない?
もしかして?
でもなんで?
「……へ?」
「こんなに贅沢なものをあたしが――」
拳で俺の胸をどんどんと叩く。
あぁ、そういう理由かぁ。
「あー、これね。屑魔石で作ったんだ。それにさ、ナタリアさん」
「……何、でしょう?」
唇とがらせて、少し拗ねたような表情。
質素というか、倹約家というかさ。
贅沢を好まないナタリアさんだって知ってるんだけど。
「あのね、ナタリアさんはほら、族長のおかみさんじゃなくさ、一応、王妃様なんだけど?」
「……あ」
「うん、俺も、国王ね?」
「忘れて、ました」
やっぱりね。
「それにさ。これは装飾品でもあるんだけど、ナタリアさんのね、マナの放出効果をね、増幅してくれるはずなんだ」
「それってどういうことです?」
「治癒の魔法をさ、少ないマナで、強い効果が出てくれたらいいなーって思って作ったんだよ。父さんもからもお願いされてね。いつもありがとう、って伝えて欲しいって」
「そう、だったんですね。でしたら、ありがたくいただいておきますね」
すっごい嬉しそうだって、わかってるよ。
耳まで真っ赤にしてるし。
「――あーっ。ぱぱ、まま。ずるいっ」
どすんという感触が、俺の背中に感じられた。
デリラちゃんが飛び乗ってきたんだ。
「あ」
「あ」
「デリラちゃんのは? ぱぱ」
そのままずりずりと、肩車になって。
俺を頭の上から、のぞき込んでる。
あ、ちょっとお冠状態だ。
拗ねてる、拗ねてる、怒ってる。
そりゃそうか。
デリラちゃんも女の子。
こういうの、好きなんだろうな。
「あははは。大丈夫。ちゃんと用意してるからさ」
「ほんと?」
「ほんともほんと。ほら、こっちおいで」
デリラちゃんは、俺の左腕にどっこいしょ。
「んっ」
左腕を差しだしてくるんだ。
「はい。デリラ姫様」
ナタリアさんと同じで、デリラちゃんの腕の細さに合わせて、ちょっと小さめに作った腕輪を通す。
「わっ、きれー」
「でしょう?」
「うんっ。ね、ぱぱ。かわい?」
「うん。可愛いよ。デリラちゃん」
「えへーっ」
腕にかかる透明と赤の、二色の腕輪を胸にきゅっと抱いて。
満足そうにするデリラちゃん。
「よかったわね、デリラ」
「うんっ。ままといっしょ」
「えぇ、そうね」
ちょっといろいろあったけど、喜んでくれてよかった。
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