第八十八話 魔法と魔石 その2
前提として、魔石はマナを閉じ込めてあるからこそ、赤く輝いてる。
そこから考えるに、マナの色は赤いものだと推測できる。
魔法回路などでマナを強制的に消費することで、魔石は無色透明になる。
空魔石になるまえは、全て赤い魔石だったはずだよね?
それ故に『マナの血の色と同じ色は赤ではないか?』ということになるが、ナタリアさんの色はおそらく青なのかもしれない。
マナの色は血液の色ではないということが、ここまででわかるんだろうね。
「――と、ここまでが赤と透明の魔石の違いだね。次は赤から青への変化についてだけど」
俺も父さんも、鬼人族の女性は子を産むと青い角になることだけは知っている。
ただその変遷を目で見たわけじゃないし、あくまでもナタリアさんたちから話で聞いただけ。
「生前、父や爺様から聞いたり、俺も色々と調べたことしか話してやれはしないんだ。それが正しいかどうかはなんとも言えん。だが、大まかにはこうだ」
俺と父さんは、グレインさんの話に身を乗り出すかのように聞き入っている。
「少々下世話な話になるが、男が精通を迎えようが、女が初潮を迎えようが、角の色が変わることはない。勿論、男が年を取り、男としての機能を失っても。子を成さなかった女が年を取り、子を成せない身体になったとしても。角の色は同じ赤だったと聞いてる」
「なるほど。一族のために鬼人を知ろうとする、実に見事な考察だと思うね」
「あぁ。そう言ってもらえると、先人も喜ぶだろうな。さて、二人も知っての通り、色の変化が訪れることはただ一つ。身体に命が宿ることだ。子を成した女は、ひとりの例外なく、青い角となるわけだ。勿論、マレンもそうだったな」
父さんが、顎に手をやって考え始める。
いつも考え事をしてるとき、こうだから。
きっと父さんの癖なんだろうね。
「……ということは、だ。女性が子供を胎内で育むため。または、子供が女性の胎内で育っていくために必要だからか。母体のマナが体内で変質、変化していくということなんだろうね」
うん。
すっげぇ難しいこと考えてる。
案外、グレインさんは父さんと同じタイプの人なのかも知れない。
それだけの知識がないと、刀を打つなんてできないんだろうな……。
「そうだな。細かく聞き取りが必要になるかもしれんが、大筋間違ってはいないと思うぞ」
「うん。そういうことなんだね。……ところで」
「何だ?」
「グレインさんは、……紫色の魔石を知らないかい?」
「あぁ。知ってるぞ」
「それはどんな?」
「女が初めて子を宿した兆し。それが角の色の変化だ。赤から徐々に、紫へ変わっていく。同時に、胎の子が生まれそうになる日。それを知らせる兆しが、青に変わっていくということだな」
「ということは、いや、どうだろう? ちょっと待って欲しい」
「どうかしたのか?」
「いやね。隣の国もそうなんだけれど。聖女が持つ『聖女の杖』というのがあってね」
父さんはさっき俺と話していたときに、簡単に書き殴った図面のようなものを広げる。
「ここ。ここに例外なく、紫の魔石が鎮座していたんだ。この杖を作った者は、どうやってこの状態の魔石を入手したのか……」
俺も父さんも、グレインさんも。
三人とも同じ考えに行き着いたことで、表情が青ざめていく。
「どの種族。どの魔獣から取り出したかはわからんが。それこそ、子を成して産まれる前に、胎を裂いて取り出したってことになるのか? それが偶然か、意図的にかは知らんが……」
グレインさんが淡々と言う。
確かに、その可能性は大いにある。
だから、俺たちは、これ以上言葉が出てこなくなってしまった。
あの杖にあった紫色の魔石。
それを誰が入手したかはわからない。
あくまでも、こちらで言えることは角の色の変化でしかないんだ。
今後は、魔獣の雄雌を調べ、雌であったなら子がいたのかどうか。
魔石の色に変化はなかったのか。
そのようなことを、調べていかなければならない時期がくるだろう。
今のところ、俺たちの狩った魔獣からは、紫の魔石が出たという話はなかったから……。
「最後にグレインさん」
「お、おう」
「杖を二本、作って欲しいんだけどね」
「これと同じ感じにか?」
図面を見てグレインさんは言う。
「魔石は杖の先にひとつ埋めてくれたらいいよ。ただ、二本目は」
「わかってる。魔石だけで作れってことだな?」
「よくわかったね」
「族長とよく似てるよ。クリス殿と族長は、血は繋がってなくても親子だな。よく似てる。族長が『魔石だけで剣を打って欲しい』と言ったときの目。あれとそっくりだったからな」
「うんうん。僕もほら、これでも一応、勇者でもあるからね」
「いや父さん。それじゃ答えになってないと思うんだけど」
「あれ? そうかな? でもね、これからの検証がうまくいけば、この国のためにもなるんだよね」
父さんは、杖を使って何を検証しようとしているのか。
それを説明してくれたんだ。
「うん」
「それは面白そうだ」
「グレインさんもウェル君も、そう思ってくれたら嬉しいよ」
俺と父さんって、あとグレインさんも。
案外似てるんだな、ってつくづく思ったね。
「あ、それなら俺もお願いしたいものがあるんだけど」
「何だ?」
「こういう感じでさ、……同じのを二つ作って欲しいんだ」
「……そんなものなら、族長が作ればいいんじゃないか? 杖もそうだが、鍛冶で鍛えるより、族長が作った方が早いと思うぞ?」
「へ?」
「グレインさん、ウェル君が何を作れるっていうんだい?」
「あ、あぁ。もしや、まだ話していなかったのか?」
父さんは興味ありげに俺を見て。
グレインさんは呆れた眼差しを向けてくる。
あれ?
俺何か忘れてたっけ?
「待っていてくれ」
グレインさんは椅子から立ち上がり、炉のある隣の部屋へ。
ややあって戻ってくると、ゴトッと音を立てて、俺たちの前に見覚えのあるものを置いた。
それは縦十、横二十、高さ十ほどの、赤い塊。
あぁ、これって魔石塊じゃないか。
「クリス殿。族長はだな。……小指ほどもない屑魔石を寄せ集めて、こいつを作っちまうんだ」
「ほほぉ……」
武具になる前の魔石塊を、父さんは感心して見てる。
「本来なら俺が、寝ずの二晩かけるところをその場でな」
グレインさんはそう言うと、にやっと笑う。
すると父さんは顎に手をやって、少し厳しい表情になるんだ。
まるで俺を叱る前の母さんみたいな……。
あ、これってまずい展開じゃね?
「ウェル君」
「は、はいっ」
すぐに父さんは、まるで少年のような表情になった。
「やってみて、くれないかな?」
……助かった。
母さんみたいな展開にならなくてよかったよ。
「うん。グレインさん。屑魔石あったっけ?」
「おう。ちょっと待ってくれな」
グレインさんはさっきみたいに、炉の方へ行って戻ってくる。
そこには、抱えるほどの大きさはある、年季の入った木箱。
あぁ、この前俺がやったときと同じ箱だね。
あれ?
二箱あるぞ?
一つは、蓋を開けるとそこには、大小様々な屑魔石。
「こっちは?」
「あぁ。クリス殿にお願いして仕入れてもらった『あれ』だよ」
もう一つの方には、空魔石が入ってたんだ。
「こいつぁ都合がいい。こっちをやってみちゃくれないか? 族長」
空魔石の結合ってことだね。
うん、良い機会だからやってみようかな。
俺は箱の中にある比較的大きめの空魔石二つ、拾って自分の前に置いた。
「父さん」
「何だい?」
若干、父さんの声が、期待感の込められた弾んでいる感じがする。
こういうの、好きなんだろうな-。
「中庭にあった魔剣を抜いたときさ、憶えてるでしょう?」
「あ、あぁ。憶えてるとも」
「抜く際に、教えた感覚も」
「勿論さ。『薄く、強く、しなやかに』だよね?」
「そう。そのときにさ、抜けなかった子たちのために、教えたやつ。魔石制御の鍛錬方法があったでしょう?」
「あったね。魔石の角をマナを使って落とすんだったかな?」
俺は、空魔石を二つ、手のひらの上に乗せた。
「そうそう。あれの応用なんだけどね『薄く、強く、しなやかに』じゃなく、『溶けて融合させる』ように、心の中で念じるんだよ……」
金属製の鎚で叩いても、欠けることのない空魔石が、まるで氷が溶けるかのように力なく垂れ下がっていく。
まぁここまではできるはずだよ、あのときもヴェンニルの魔石部分を溶かしちゃったんだから。
空魔石同士の隙間がなくなり、あっという間に融合してしまう。
「ここでさ、四角くなるように念じるとね――」
「お。おぉおおおおお」
手のひらに残ったのは、空魔石の塊。
「俺はほら、こういうのに慣れてないからこの程度だけどね。いや、空魔石でもできるもんだわ」
「やってから言うなよな」
グレインさんが何気にツッコむ。
「そうだ、族長」
「ん?」
「『あれ』も、クリス殿に教えた方がいいんじゃないか?」
「あ、あぁ。そうだね。父さん」
あれ、か。
「うん。今度はどんなものを見せてくれるんだい?」
期待感の込められた眼差し。
いいのかな?
あれって、まずいことだと思うんだけどさ……。
「この空魔石ってさ、魔法回路でマナを抜かれた状態ってことじゃない?」
「うん。そうだね」
「ちょっと前にね、グレインさんとその、冗談でやってみたんだけどさ……」
俺は左の手のひらに四角い空魔石を置いて、右の人差し指の腹をそっと添える。
「こう、ナタリアさんが治癒をするみたいにさ。『ぎゅっと絞り出す感覚』でね、マナを注いでみたんだよ」
「…………」
四角い空魔石が、瞬時に真っ赤に染まっていった。
俺の体内にあるマナの量なら、この程度は大したことないのかもだけどね。
俺とグレインさんは前にやったから、驚きはしなかったんだけど。
父さんは呆然として、声を失ってるんだ。
「やっちまった感が凄いんだけど……」
「あぁ。やっぱりまずいことだよな……」
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