第八十七話 魔法と魔石 その1
「ぱぱっ」
軽く踏み切ってジャンプ一番。
五百ほど離れた場所から軽々と跳躍。
デリラちゃんは両腕を広げて、俺の首に抱きつき。
ぐるりと左回りに半回転して、俺の背中をよじ登って肩車の姿勢。
「おかえりなさいっ」
「はい。ただいま」
なんでこんな芸当が可能かというと、つい先日マスターしたと思われる、強力の魔法。
略して強力のおかげ。
これまでも、玄関に俺を迎えに来てくれてるけれど。
デリラちゃんは、俺の太股に抱きつくくらいだった。
それがこの変わりよう。
強力を教えたナタリアさんも、呆れるほどの上達ぶりだったもんだから。
驚いてる暇なんて、なかったんだよね。
城の中を走り回っては、飛んだり跳ねたりよじ登ったり。
今や、デリラちゃんの遊び場と化してる。
そのうち城内も、彼女にとって狭くなってしまい、外へ出るようになるんだろうね。
ほんと、魔法って凄いと思ったよ。
ちなみに、強力を常時展開するくらいでは、デリラちゃんのマナが尽きることはないみたい。
エルシーが言うには、ナタリアさんが身体に内包するマナの量が半端ないけど、娘のデリラちゃんもかなりのものらしいんだ。
▼
俺は朝から、父さんの書斎に来ていた。
ここは、領都にある父さんの書斎を、そのまま模して作ったんだ。
父さんたちはこっちに泊まることがよくあるから、二人の使う部屋もあるんだよね。
というより最近は、領都よりこっちにいる時間の方のが多いかもしれない。
王都の王城は、大きさや部屋の数まで、父さんの城そのまま真似して作っちゃったもんだから、俺たちだけでは正直使い切れない広さがある。
だから、こういう部屋も用意して置いたんだ。
俺と父さんは、ちょっとした話し合いをしてるところ。
その議題はもちろん、デリラちゃんも使うようになった強力などの『魔法』などについてだね。
「僕の記憶が正しいなら。この部分に、赤い魔石。この中央に、紫の魔石があったはずだけど」
「うん。こんな感じだったと思う。俺はほら、マリシエールさんからはほとんど、治癒してもらうことなかったからさ。でも、勇者になって数年の間は、コルベリッタさんから数回治癒してもらったかな? でもあの人、あの杖持つことなかったんだよね」
「あぁ、そうだと思う。あの杖は、あの国で作らせたものだからね。彼女が持っていた杖はもっとこう、地味なものだっと思うよ」
「うんうん。もう少し青に近い紫色の魔石がひとつだけだったような、そんな感じ?」
「そうだね」
あの杖というのは、クレンラード王国の国庫にある、聖女の杖と呼ばれてるもの。
母さんが勇者だった頃、派遣されてきた聖女様、コルベリッタさんが持ってた杖を模して、更に豪華に作ったものらしいんだ。
「あの杖は、聖女の魔法。治癒の魔法を増幅することが可能だと言われてる。どの程度かはわからないけれど、コルベリッタも常に持っていたから間違いないと思うんだ」
「あっちにあった。魔剣エルスリングだけどね、父さん」
「うん」
「マナを流すと、軽くなった感じがするんだ。けどあれってさ、俺や母さんのような勇者が、無意識に使ってる強力のようなものを、刀身にある魔石が増幅してたんじゃないのかな? って思ったんだよ」
「そうだね。マリサさんの握っていたヴェンニルにも、ある程度そのような効果があったとも考えられる。ウェル君もなかなかどうして。聡いじゃないか?」
父さんが俺をからかうような、そんな表情をする。
俺が父さんと母さんの、本当の息子になってからはさ。
前は心配するだけだった父さんも、徐々にこんな冗談を言うようになったんだよね。
「酷いよ、父さん」
「あはは。冗談はさておいて。グレインさんに打ってもらった方の、聖剣エルスリングがあるよね?」
最近は使わなくなったから、勇者たちの詰め所の壁に飾ってあるんだ。
「うん」
「あれは純粋に、魔石だけで打たれてる。重量もそれなりにあるはずなんだ」
「そうだね」
「強力を使えなかった前の僕では、あの国にあった方の魔剣ですら、重くて振るえるものではなかったと思う」
父さんも実は、強力を使えるようになってる。
母さんからコツを教わりながら、ナタリアさんに手伝ってもらってその日のうちにマスターしてしまった。
感覚派の俺や母さんと違って父さんは理論派だから、母さんもは少々手こずったらしいけどね。
俺が色々教わったときも母さんは、『ウェルくん。こういうものなの。わかったわね?』だったもんな……。
理解した俺も、大概なんだろうけどさ。
「そんなに重かったかな?」
「ウェル君はね、そういうところだと思うんだ」
「え?」
「君はね、身体に必要以上の負担がかかると同時に、無意識に強力に似た処理を行っているはず。頭で考える前に、身体が動いている。エルシー様が『おばけ』と言う意味が、そこにあると思うんだ」
「そんなぁ……」
「まぁ言い過ぎたのは謝るよ。魔石の純度が高い分、もしくは、魔石の質量が多い分。マナを作用させる『魔法』の効果を増幅する度合いが多いのかもしれない。きっとそういう考え方ができると思うんだよね」
「そっか。あれが軽くなるんじゃなく、……ってあれ? ライラットさんたちは、魔石の制御と強力は、同時には無理だって……」
「そう、そこなんだ」
「え? えぇええ? よくわかりません」
「あははは。前にウェル君を抱き上げた、ナタリアちゃんを憶えているかい?」
あ、あぁあれかな?
そんなこともあったような。
「あ、はい」
「彼女はね、デリラちゃんの誕生と引き換えに、強力を失ったはずなのに。強力に似た効果を発現させられるよね?」
「あ、確かに……」
「彼らの場合も、マリサさんや勇者になったばかりのウェル君のように。魔剣の魔石部分が、強力まではいかなくとも、無意識に行うマナの作用を増幅してるのかもしれないね」
「なるほど……。マナの作用を増幅したり、エルシーが宿る場所になったり。魔法回路を動かしたり。魔石って、よくわからないもんだわ」
「ただ少なくとも、生命そのものと言えるはずなんだ」
「確かに。魔獣にもあるし、鬼人族の角もそうだし」
「そうだね、……ちょっと、場所を移そうか?」
「どこへ?」
「グレインさんのところだよ。確認したいことがあるんだ」
「うん。わかったよ、父さん」
俺たちは、グレインさんのいる工房へ移動することにした。
父さんの書斎を出て廊下を通り、階段を降りて一階へ。
裏口に近い、一番奥の端にある部屋。
そこが、グレインさんとマレンさんの部屋と、隣にある工房。
「グレインさん。いる?」
「おや? 族長さん、――いや。陛下じゃないかい?」
「あ、マレンさん。族長でいいってば」
「なかなか慣れなくて済まないね。おや? クリスさんも一緒じゃないのさ?」
実は、このマレンさんもグレインさん同様。
父さんの飲み友達状態になってるんだよね。
それでも母さんがあまりお酒を飲まないもんだから、元々酒好きが集まってる、鬼人族の重鎮の集まりに、混ざるようになったみたいだね。
ナタリアさんの治癒のおかげで、父さんの身体も丈夫になりつつあるから。
大好きなお酒も徐々に、母さんの許しが出てるような状態。
「マレンさん、こんにちは。お忙しいところ申し訳ないけれど。旦那さんはご在宅かな?」
「はいはい。お前さん、族長さんとクリスさんが来てるよ?」
「――おう。中に入ってもらってくれ」
「不躾で済まないねぇ」
「いえいえ。いつものことだし」
「そうだね。僕も構わないですよ」
マレンさんが苦笑する中、俺たちは奥の工房へ。
いつもなら工房の奥へ行くにつれて、徐々に温度も上がってくるはず。
まだ外の気温も低くはないから、額に汗がじわっと滲んでくるほどなんだ。
けれど今日はそうでもない。
もしかして今日はまだ、炉の火入れをしてないのかな?
「おう。族長さん。クリス殿も一緒なんだな。まぁ座ってくれ」
マレンさん同様、グレインさんと父さんは、名前で呼び合ってる。
グレインさんもマレンさんのように、父さんのことをクリス殿と呼んでるみたいだね。
父さんは、グレインさんの打つ武具が好きみたいだから、意気投合したらしいんだよ。
図面を引くときなんかに使うと思われるテーブルと椅子が数個あって、そこにグレインさんの向かいへ座ることになる。
前もこんな風に、武具の注文してたっけな。
「グレインさん。少々聞きたいことがあってだね」
「おう、何だい? 俺が知ってることなら何でも聞いてくれ」
「高温で鍛えるくらいだから。魔石は燃えたりしないものなのかな? 例えばね――」
魔獣を何らかの方法で黒焦げにしたとして、魔石が残るかどうか。
現在は刃物で対応しているけれど、いずれ別の方法で魔獣を倒した場合のことを考えてるみたいなんだ。
「……なるほど、そうだな。ある境を超えた温度なら、溶けることはあるだろう。ただ、燃えるまではいかないと思う。だからな、クリス殿の言う状況ならば、魔石は残るだろうな」
あ、もしかしてさ。
焼けないで残るってことは。
ここを創る前に、大量の魔獣を倒したとき、食べられない魔獣の処理が大変だったけど。
魔石を取り出す前に、さっさと焼いちゃって、残ったものから魔石を取ればよかったのかな?
「そう、それならいいんだ。ありがとう。次にね、魔法回路でマナを消費し終わった空魔石があるよね? あれは、鍛えることは可能なのかな?」
空魔石とは、領都でも宝石代わりとして扱われてる、魔法回路などで力を消費した魔石のこと。
「あの透明の。……やったことはないけれど。おそらくは可能だとは思うんだが?」
「うんうん。それなら次はね。空魔石、赤い魔石。エルシー様の依り代となってる、大太刀の青い魔石。この違いって、何だと思うかな?」
「それは……、俺が思うにこうだと――」
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