第八十四話 誕生会の、二次会のような内祝い その1
城にある大食堂。
城の中にはグレインさんの鍛冶工房や、ルオーラさんたちの部屋。
母さん、父さんたちの部屋や父さんの書斎、勇者たちの詰め所や鍛錬場。
沢山の人が常時いるものだから、集落にいるときは居間だったんだけど、誰もがくつろげるようにって大食堂になったんだよね。
そこに所狭しと並んだ、背の低いテーブルがあって、見覚えのある人たちがもう座って待ってるんだ。
足を踏み入れると、料理や果物の良い匂いが、大食堂の隣にある台所という名の厨房から漂ってくる。
俺たちは入り口から少し入った場所、床が一段上がる手前で靴を脱ぐ。
ここから先は、集落の屋敷のように、靴を脱いで上がるんだ。
俺が靴を脱ぐと、ナタリアさんが並べようとしゃがむんだけど。
「ナタリアさん。俺たち主賓なんだから」
慣れた手つきで、俺とデリラちゃん。
ナタリアさんの靴、合わせて三足くるっと回したところで気づいたみたい。
「あ……、その。ごめんなさい」
ドレス姿で、集落にいたときのように、世話を焼いてくれるもんだから。
俺もつい、ツッコミを入れちゃったんだよね。
頬に両手をやって、凄く恥ずかしそう。
いつもは物静かで綺麗だけど、こんなときは可愛らしいんだよね。
「待ってたぞ。族長。おめでとう」
「あんた、違うでしょう? それじゃ、族長さんのお祝いになってしまうじゃないかい?」
先に準備を終えて座ってた鍛冶屋のグレインさん。
おかみさんのマレンさんがすかさずツッコむ。
「あ、そうか。族長じゃなく、お嬢の誕生祝いだったか?」
「あんた、お嬢さんじゃなく、デリラ姫様でしょうに? この可愛らしいドレスが目に入らないのかい?」
そこまで気を遣わなくても、俺は別に構わないんだけどさ。
「あ、あぁ。そういやそうだった。いや、慣れてなくてだな……。デリラ、じょ、いや、姫様その。六歳、おめでとう、……な」
「ほんと、しっかりしておくれよ。姫様、六歳のお祝いおめでとうね」
マレンさんだって、俺のこと族長って読んでるんだし。
何気に二人とも、微妙にずれてるおめでとうだけどさ。
一生懸命、彼なりに彼女なりに、祝おうとしてくれてる気持ちは十分に伝わってくる。
二人とも、照れ笑いしてるからわかるよ。
鬼人族の習慣からもあって、こうしたおめでとう自体も、慣れてないんだろうね。
「いいからいいから。ここはもう、身内しかいないんだし。いつも通りでいいって。ね? デリラちゃん。ナタリアさんも」
ナタリアさんは俺の横で、嬉しそうに頷いた。
俺の前にとことこと歩いて出てくるデリラちゃん。
スカートの両側をその可愛らしい指先で軽くつまんで、左足を気持ち後ろに引いた後、身体を落とすように首だけ傾げて、ぺこりとお辞儀をして。
自然に溢れてくる、最高の笑顔で、口をしっかり開けて滑舌良く。
この挨拶の仕方、隣の国の元王女様たちや、、貴族のお嬢様がする挨拶の方法に似てる。
きっと母さんが教えたんだろう。
ドレス姿で挨拶をするときは、こうした方が可愛いよってね。
デリラちゃんは女の子だから、自分が可愛く見えることが楽しくてたまらないらしいし。
うん、いつも以上に可愛いよ。
ぱぱは泣けてくるってばさ……。
「うんっ。グレインおじちゃん。マレンおばちゃん。ありがとぉ」
ゆっくりと顔を上げた後に、にこっと笑う。
天使の笑顔、だっけ?
女の子だけが所有する、無敵の笑顔だよね。
これは誰にも敵わない。
「お、おぉおおおおおお。お嬢。成長したなぁ。俺たちの名前をこうして呼んでくれる日が来るなんて、なぁマレン」
「――そ、うね。嬉しいわ。本当に……」
二人もデリラちゃんの人見知りを知ってたから、余計に嬉しく思ってくれてるんだろう。
デリラちゃんは頭がいいから。
本当はこうして、集落にいた殆どの人の名前を覚えてたりするんだよね。
俺の手を握ったナタリアさんの手。
ぎゅっと握り返してくるから、彼女を見ると、凄く嬉しそうな表情してる。
やっぱり人見知りは時間が解決するんだよ。
そう、エルシーが言ったでしょう?
よかったよね、ナタリアさん。
俺たちは先に、用意された席に座ることにした。
そのままデリラちゃんは、グレインさんたちの横に座る、肉屋のダルケンさん、ホイットリーさんの前に行き、『ありがとぉ』をしてる。
二人とも同じように驚いてるよ。
若人衆のところへ行くと、並んで座ってた、勇者で雑貨屋の看板娘アレイラさん、同じく宿屋の一人娘ジェミリオさんの前に立って。
「――え? 私たち? どうしよう?」
「落ち着いて」
と、自分たちの番になるとは思ってなかったんだろうね。
「アレイラおねえちゃん。ジェミリオおねえちゃん。こわいまじゅうからね、いつもまもってくれて。ありがとぉ」
「凄ぉい。私たちの名前も覚えてくれてたんだ。おめでとう、デリラちゃ――ううん。デリラ姫さま」
「おめでとうございます。デリラお嬢様」
「うん。ありがとぉ」
デリラちゃんはドレス姿だから、抱きしめたいところを、二人は我慢してるようだ。
デリラちゃんの手の甲に額を当てて、あっちの国の騎士さんがする挨拶をしてる。
どこで覚えたんだろうね。
デリラちゃんも『お姫様がされる挨拶』だって知ってるみたいで、嬉しそうなんだよ。
『今度はオレたちだ』と、期待に胸を膨らませて待っていた隣の二人組。
ライラットさんとジョーランさんの前に、デリラちゃんは歩いて行く。
「おぉおお。あれだけ嫌われてたオレのところに。おめでとうございます。デリラお嬢様」
「ありがとぉ。ライラットお、……」
デリラちゃんは首を捻った。
何やら考えているような表情になる。
ややあって、何かを思い出したかのように。
「……お、おじちゃん?」
逆の方へこてんと顔を傾げるデリラちゃん。
「――ブフォッ」
「…………」
吹き出して、腹を抱えてその場に転げ回るジョーランさん。
目が点になって、硬直するライラットさん。
「――あはははは。おじちゃんだって」
ライラットさんたちの隣の席で正座してるアレイラさん。
自らの太ももをペチペと両手で叩いて、笑い転げる。
「こら、アレイラ。駄目でしょう」
「だって、おじちゃんよ? ひとつ年上の私たちがお姉ちゃんで、年下のライラットはおじちゃん。これが笑わずにいられる?」
「それはそうかもしれないけど、可哀想でしょ? ほらぁ。落ち込んじゃってる」
確かにデリラちゃんとは十歳離れてるから、おじちゃんでもおかしくはないかもしれないけど。
『もしかしたらね』
あ、エルシー。
うん。
『デリラちゃん。「お兄ちゃん」という言葉を知らないのかもしれないわね。周りに使ってた人、いなかったかもしれないから』
あ、あぁ、そうか。
それは言えてるかもしれないわ。
「誕生日おめでとうございます、デリラ姫。ところで、俺は?」
ジョーランさんが自分を指差す。
何やら自信ありそうな表情だ。
「ありがとぉ。ジョーランお、じちゃん?」
「――ぶはっ」
隣で落ち込んでたライラットさんが吹き出す。
「あははは。ジョーランもおじちゃんだって」
「こらっ、アレイラ」
「そ、それはあんまりですよ……」
デリラちゃんは、何故二人が落ち込んでいるのかわからないようだ。
「ぱーぱ」
俺を見て、困った表情してる。
やっぱり助けを求めてるよ。
俺は席を立って、デリラちゃんに歩み寄って、彼女の隣にどっこいしょ。
「あのねデリラちゃん」
「うんっ」
「ライラットさんはね。まだ、お嫁さんがいないんだ。だからね、『おじちゃん』じゃなく、『お兄ちゃん』がいいかもしれないね」
するとデリラちゃんは、また不思議そうな表情をする。
「んっとね」
「ん?」
「ぱぱ。さいしょ、おじちゃん、だったでしょ? ままじゃない、およめさん、いたの?」
あぁ、そういう理屈か。
しっかしまぁ、もの凄い頭の回転の速さだよ。
確かにデリラちゃんの言う理屈なら、ナタリアさんと一緒になる前は、ライラットさんたちと同じ条件だった。
いくら聡いデリラちゃんでも、これじゃ説明不足だったかもしれないわ。
「そうだね。ぱぱはさ、ままより年上だったでしょう? だからおじちゃんでも良かったんだ」
「うん」
「けれどさ、ライラットさんは、ままより年下でしょう?」
「うん」
「だからここは、お兄ちゃんじゃないかな? やっぱり」
「んー……」
デリラちゃんなりに、頭の中ですり合わせをしてるのかもしれないわ。
すっごく難しそうな表情してるし。
「うん。ライラットおにいちゃん。ありがとぉ」
「いえ。はいっ。ありがとうございますっ」
ライラットさん、すっごく嬉しそう。
「はいはい。じゃ、俺はどうです?」
「うんっ、ジョーラン」
首を傾げて考えてるデリラちゃん。
吹き出すのを堪えてる、ライラットさんとアレイラさん。
なんとも微妙な表情してるジェミリオさん。
「はい」
「おじちゃん?」
「え?」
「あー。デリラちゃん、ジョーランさんも同じ。まだお嫁さんいないし、ままより年下だから」
「あ。そうなの。うん。ジョーランおにいちゃん。ありがとぉ」
さっきまで知らなかった理屈や知識を、凄い速度で解釈してるデリラちゃん。
末恐ろしい子だと、俺でも思っちゃうね。
ナタリアさんの娘だもんなぁ。
凄い子に育つかもしれないんだよなぁ。
「は、はいっ。ありがとうございます」
「あははは。泣いてる。二人とも泣いて喜んでるよ」
「こらっ、アレイラ」
「だってぇ……」
こういう常識って、教えるのは難しいのかもしれない。
今までナタリアさんも、忙しい身だったし。
まさかこんなに早くデリラちゃんが、活発になるとは思ってなかっただろうしさ。
こうして、一回りぐるっと、デリラちゃんのご挨拶が終わったみたい。
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