第八十三話 デリラちゃんの誕生日。
「あのね、デリラちゃんねっ。ろくさいになったのっ」
デリラちゃんは、城の二階にあるテラスにある手すりの前に立ってる。
テラスから見える一階の中庭では、皆さんがデリラちゃんをお祝いするため、集まってくれているんだ。
デリラちゃんは、少し身を乗り出すようにして、皆さんに向けて笑顔で手を振る。
すると、拍手が凄い。
『デリラ姫様、おめでとうございます』
『姫様、おめでとう』
『姫様可愛いー』
などなど。
聞き取りが難しくなるほどに、皆さんからおめでとうのプレゼント。
母さんが用意した、薄桃色の涼しそうな夏向けドレスに身を包んで。
深い青の髪には、ナタリアさん手製のリボンが映える。
そんなデリラちゃんの背中を、ナタリアさん、俺。
父さん、母さん。
母さんに並んでエルシーが、少し下がった場所で、椅子に座って見守ってる。
イライザ義母さんは、鍛冶屋のおかみさんのマレンさんたちと、お祝いの準備をしてくれてるんだ。
「なんていうかさ。俺のデリラちゃん。お姫様だよね、父さん……」
「そうだね。孫娘の成長を見守れる。感無量っていうのは、こういうのを言うんだと思う」
俺と父さんは、デリラちゃんを見て感涙を抑えてる。
「ほんっと、お馬鹿よね。男の子って」
「えぇ。そうですね。エルシー様」
何気に呆れてるエルシーと母さん。
「ですが。あれだけ人見知りだったデリラが、ここまで良くなるとは思いませんでした」
ナタリアさんが感心するように呟いた。
「そうね。おそらくだけど、ウェルやわたしとお話をする機会が増えたから。もしかしたら、ウェルの脳天気さが、良い意味で伝染ったのかもしれないわね」
「そ、そんなことはないと思いますけれど」
エルシーは言いたい放題。
ナタリアさんは否定してくれるけど。
「ウェルちゃんが、勇者になったばかりのとき、そっくりじゃないですか? エルシー様」
「あ、それはそうかもしれないわ」
「こんなに明るい方だったんですか?」
「んー、あのときは色々あったから。無理に明るくしてたけれど。元々はこんな感じの、素直で活発な子だったんだと思うのよ」
あれ?
俺とデリラちゃんって似てるのかな?
「あのねっ。デリラねっ。みなさんが、だいすきなのねっ」
凄いな。
皆さんが静まる瞬間がわかるみたいに。
そのときを逃さないで、話しを切り出してる。
もしかしたら、デリラちゃんの『遠感知』が、関係してるのかな?
俺より演説が上手かもしれないわ。
「だからね。ありがとうなのっ」
両手を高く上げて、ふりふり。
その瞬間また、拍手に包まれる。
あ、振り向いて俺を見てる。
「ウェル、デリラちゃんが呼んでるわ。ほら。行ってらっしゃいな」
「うん。行ってくる。ナタリアさん、はい」
俺は椅子に座ってるナタリアさんに手を差しだす。
彼女は、困ったように眉を八の字にする。
「デリラちゃん待ってるから」
「し、仕方ありませんね……」
俺の手を取って、ナタリアさんは渋々立ち上がる。
彼女も知ってるんだ。
このあと間違いなく、俺の横に並んで、皆さんの前に立って見られる。
ある意味さらし者になるってことをね。
仕方ないじゃない。
ナタリアさんはほら、王妃様なんだから。
それも仕事なんだよ、ね。
デリラちゃんと同じ色のドレスを纏ったナタリアさん。
うん。
今日も美しい。
いや、可愛い?
何でもいいや。
ナタリアさん、最高。
今日の俺の服装は、建国を宣言したときに着た父さんと同じ正装。
デリラちゃん、ナタリアさんがドレスだから、流石に鬼人族の服だと駄目だから。
今日はこれになったんだ。
俺が毎年、勇者として挨拶してた服装も、母さんが用意してくれたものだったから。
今とあまり変わらないんだけどね。
デリラちゃんが立つテラスの先まで、ほんの十数歩。
うわ、この国の皆さんが集まったのかっていうくらい。
領都に住む皆さんもこっちに来ちゃって、あっち側が空っぽになってるんじゃないかと心配になるくらい。
一階の中庭が大入り満員状態。
服装じゃ、鬼人族なのか人間なのかもうわからない。
かろうじて、日の照り返しで光る角で見分けがつくくらい。
こんな皆さんの前で、デリラちゃんはありがとうを言えたんだ。
凄いね、お姉さんになったね、デリラちゃん。
ぱぱは嬉しいよ。
「ぱぱっ」
近付く俺に向けて、デリラちゃんが両手を広げる。
『抱っこしろ』
体全体でそう言ってる。
俺はデリラちゃんの期待に応えるべく、両腕を広げてしゃがむ。
「ありがとっ」
「どういたしまして」
俺はデリラちゃんを左腕に抱き上げて立ち上がる。
右腕の肘をナタリアさんに差しだすと、腕を通してぎゅっと抱きついてくるんだ。
俺とナタリアさんが、皆さんの前に姿がはっきりと見えると。
『ぱぱさんー』
おいっ。
最初がそれかい。
『若様ー』
『勇者様ー』
いや、勇者は俺じゃないってば。
『姫様ー』
という声に混ざって
『奥様ー』
『ナタリア様ー』
『姉様-』
そんな、ナタリアさんを呼ぶ声も、しっかり混ざってる。
彼女を見ると、凄く恥ずかしそうにしてるけど、頑張って手を振ってるんだ。
そりゃそうだよね。
デリラちゃんだって、頑張ってるんだ。
ままが頑張らなきゃ駄目だからね。
「ナタリアさん、右腕、いいかな?」
「あ、はい。ごめんなさい」
慌てて俺の腕を解放してくれるナタリアさん、ちょっと可愛らしい。
お妃様というより、王女様って感じだよね。
年齢的にもさ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
さっきの俺の真似かな?
ちょっとまだ緊張してる感はあるけど、いつものナタリアさんに戻ってる。
俺はそのまま、右手を高く上げた。
すぐに静寂が訪れる。
一年前、俺が勇者のときもこうしてたから。
みんな慣れてるんだろうね。
「んっと、ごめん。相変わらず俺、こういうの慣れてなくてさ」
どっと笑いが出る。
毎年毎回この言葉から、始まるんだよね。
もう一度右手を上げて、手のひらで『まぁ抑えてちょうだい』という仕草をする。
これも毎年のこと。
「んっとさ。俺の愛娘、デリラちゃんの、六歳の誕生日を一緒に祝ってくれて。本当にありがとう」
国王らしくないけど、これが俺だから。
父さんも母さんも、エルシーも、『仕方ないな』という表情してるだろううね。
「俺が勇者をクビになって。鬼人族の集落に流れ着いて。そこでデリラちゃんに見つけてもらったんだ。あれからもう、半年以上過ぎた。……あのときよりも更に、表情も豊かになって。可愛らしさも増して。ちょっとだけ、お姉さんになった」
デリラちゃんを見ると、俺の胸に顔を押しつけてる。
恥ずかしいのかもしれないね。
「知ってるかな? デリラちゃんは、前から人見知りが凄かったんだ。俺やナタリアさんみたいな、家族以外。目を合わそうとすらしなかった」
ナタリアさんは、うんうんと頷いてる。
「一緒に外を散歩するようになって。一緒にお買い物をするようになって。ちょっとずつ、外へ顔を向けるようになって。ちょっとずつ、『こんにちわ』の声に、手を振ってくれるようになって。街道の式典のとき初めて、皆さんの前で『ありがとう』を言えるようになった。俺は泣いたね、その夜。嬉しくて嬉しくて」
「えぇ。嬉しかったです。あたしも」
隣で呟くナタリアさん。
「クレイテンベルグ王国、第一王女。あ、デリラちゃんしかいないから。第一はいらないんだっけ?」
ここでどっと笑いが。
いつも通りのツッコミありがとう。
「デリラ・クレイテンベルグ王女殿下が六歳になったんだ。もしかしたら、もうすぐ。こっそり町へ遊びに出るような、ちょっと元気すぎるような成長を見せてくれたりしたら、俺はもっと嬉しいと思うんだ」
『そんなことしちゃ駄目よ?』みたいな目でナタリアさんが見てる。
デリラちゃんはそっぽ向いてるし。
今はデリラちゃん。
前の集落にあった屋敷の、数十倍以上あるこのお城の中を遊び回ってるらしい。
ルオーラさんの奥さん、テトリーラさんの工房に遊びにいったり。
勇者たちの詰め所をこっそり覗いてみたり。
そんな報告も上がってきてる。
六歳になると、強力を教えるみたいだから。
もっと活動的になるかもしれないんだよね。
デリラちゃんはほら、ナタリアさんに似て、マナも多いみたいだから。
どんな子になるか、俺も楽しみなんだよね。
「俺も国王って柄じゃない。この国はさ、ひとつの集落みたいに思ってるんだ。だからみんなは、俺の家族。てことは、デリラちゃんは。みんなの娘であり、妹でもあるんだ。俺からもデリラちゃんを見守ってくれると助かるよ」
デリラちゃんを見る。
頷く。
デリラちゃんはみなさんを見て。
「みなさん。ありがとぉ」
一斉に拍手。
俺が手を上げると、鳴り止む。
「だいすきなのっ」
鳴り止まない拍手に包まれて、デリラちゃんの誕生日はこうして祝ってもらえたんだ。
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