第八十一話 グリフォン族さんの指。
俺たち勇者が守って、父さんが支えてくれるこのクレイテンベルグ王国。
ここには、デリラちゃん、ナタリアさんたち鬼人族の皆さん、
父さん、母さんを始めとした元公爵領領都に住む人間の皆さんが住んでるんだ。
鬼人族がまだ、人間の住む地域から更に西。
魔族領と呼ばれる地域に集落があったときから、数年に一度訪れてくれていた交易商人の商隊があった。
その名もなき商隊の長がバラレックさんだった。
彼が母さんの実の弟だと知ったときは、驚いたよ。
同時に彼の商隊は、どの国にも属していない。
拠点を持たない、馬車と商人さんたちだけで構成される珍しい商隊だったんだ。
クレイテンベルグの開国と同時に彼は、バラレック商会として拠点をこの王都に設けた。
バラレックさんは人間だけど、彼の商会に所属する商人さんたちもまた、とても多様なんだ。
詳しくは聞いてないんだけどさ、彼ら人間以外にも。
耳の長い種族の人もいれば、青い肌色、褐色の肌色の人たちもいる。
俺より背の高い女性もいれば、小さな女の子みたいに可愛らしい男性もいるとか。
実に様々な種族の商人さんたちがいる。
その人たちにもこの国を、第二の故郷と思ってもらえたら嬉しいと、等しく市民権をという話しをしたら。
喜んでもらってくれたって、バラレックさんが教えてくれた。
いずれ彼らの国へ行ってみたいと思ってるんだよ。
ただ、商会が落ち着くと、商人さんたちはまた各地へ旅立っていったそうだ。
今は、人間の商人さんしか、商会の建物にいないんだよね。
バラレックさん本人も、常にいるわけじゃないみたいだし。
忙しい人だよ、本当に。
クレイテンベルグの建国に協力してくれた、グリフォン族の人たちを忘れちゃいけない。
俺の執事ルオーラさんと、彼の奥さんで腕利きの木工職人でもあるテトリーラさんもまた、グリフォン族の人。
鬼人族の若き勇者たちのパートナーとして、グリフォン族の若い人たちも一緒に住んでくれている。
元々、グリフォン族の人たちとの縁は、族長さんであるフォルーラさんの娘、フォリシアちゃんを、デリラちゃんが助けたことから始まった。
デリラちゃんとひとつと歳が違わない二人は、あっという間に仲良くなったんだ。
けれど元々、フォリシアちゃんはひとりで飛んで外へでてしまったことから、出会いのきっかけとなった、ちょっとした事件に発展したんだ。
そこで彼女が勝手に遊びに来ないように、目を光らせる監視役として、ルオーラさんと、テトリーラさんの妹のケリアーナさんが、鬼人族の集落へ常駐するようになった。
フォルーラさんを始めとした、グリフォン族の人たちは、鬼人族が造る、とても美味しい果実酒に惚れ込んだんだ。
そんなこともあり、あっという間に俺たちに溶け込んだグリフォン族の人たち。
魔獣討伐の役目を担う勇者たちにも、なくてはならない存在になった。
グリフォン族は別名、鷲獅子と呼ばれる。
上半身は空を舞う鷲の姿、下半身は強く気高いという獅子の姿をしている。
彼らは人間よりも強く、鬼人族よりも強い。
彼らのその腕にある爪で、魔獣を真っ二つに切り裂くほどのものなんだ。
そんな彼らは強いだけではなく、実は繊細な木工細工の得意な種族でもある。
ルオーラさんはそうでもないらしいけど、テトリーラさんはグリフォン族でも屈指の木工職人なんだって。
ルオーラさんも同じだけれど、彼女たちの爪は普段は丸くて優しい形をしてる。
爪にマナを流すと、これが鋭い刃物になるんだ。
マナを流さなければ、怪我すらしないその爪は、まるで魔剣や魔槍の刃のようだ。
彼女は戦うことはないらしいけど、その代わりに彼女は爪を器用に使う。
▼
二人が鬼人族の集落へ引っ越してきて数日経ったあの日。
鍛冶屋のおかみさん、マレンさんたちと一緒に俺も見せてもらったけど、その手際は見惚れるほどのものだったんだよ。
テトリーラさんは、俺が抱えられるかどうかの大きな木材を加工台の上に置き、平椅子に座る。
指のひとつにある爪にマナを流すと、少し平たく薄く長くなっていった。
木材の一番上に爪先をそっと添える。
するとそれは、俺が集落の防壁を作ったとき、岩盤を聖剣エルシーで切ったとき以上に。
柔らかい野菜でも切るかのように、すぅっと沈み込んでいく彼女の爪先の刃。
大きく何個にも切り分けた、木材を左手に持って。
まるで果物の皮を包丁で剥くみたいに、形を整えていくんだ。
果物の皮みたいになった木材の一部。
それを触ってみたんだけど、もの凄く硬いんだ。
加工中の左手の中にあるものを、撫でるみたいに優しい手つきで。
最初から完成の形を想像してあるみたいに、あっという間に形になっていく。
気がつけばそれは、持ち手のある茶器が出来上がっていた。
初めてグリフォン族の里へお邪魔したとき、フォルーラさんたちの住む家の内壁。
継ぎ目のない見事なあの仕上がりは、これだったんだなと思ったね。
「……いやまぁ、見事なもんだねぇ」
感嘆の声を漏らすマレンさん、彼女もまた、職人さんなんだ。
エルシーの身体の一部になってる大太刀の白鞘や、魔剣、魔槍の柄なども彼女の手によるもの。
革製品の加工も手がけてるって言うんだから、凄い職人さんなんだ。
そんなマレンさんがため息を漏らすほどの仕上がりなもんだから。
『いえ、私なんてまだまだですよ』
そんな彼女は口だけ謙遜しても、自分の仕事には自信を持ってる。
そんな目をしてるんだよね。
「そうかねぇ。わたしゃもの凄い時間をかけて、研磨しないとここまで出来やしないからさ」
これを作れるっていうんだから、マレンさんも大概だと思うよ、俺は。
『私はその分、金具の加工ができませんから』
「そうかい? あれは削らない。叩くだけだからねぇ。できるよきっと」
『先日見せていただいたあの革製品。お見事でしたわ』
「そ、そうかい?」
マレンさん照れてたね。
得意な分野を褒められたからだと思うよ。
▼
鬼人の勇者たち、ひとりひとりに相棒としてグリフォン族の若手の人がついてもらってる。
彼らは皆、木工職人というわけじゃない。
狩猟が得意な女性もいるらしく、そんな彼女らがアレイラさんやジェミリオさんの相棒になってくれているんだね。
そんな彼女らもまた、成人して間もない年齢だったこともあって、すぐに仲良くなったそうなんだ。
強敵でもある大熊型の魔獣相手でも、勇者四人でかかればやっと相対することが出来ているらしい。
多少手強い相手でも、一緒にいてくれるグリフォン族の若手の人も手助けをしてくれて、倒せない魔獣も減ってきたと報告を受けてる。
そんなこんなで俺もルオーラさんも、魔獣を相手にする機会が減ってる。
それは鬼人族の若き勇者たちが育ってきてる証拠。
俺たち二人は、彼らの後ろで最後の防壁になればいい。
そう、ルオーラさんも言ってくれてるんだよ。
『そもそも、ウェル様が出たならば、わたくしの出番は、ございませんけれどね』
「酷くない?」
『いえ、ウェル様は「化物」でございます故』
「ルオーラさんだって大概だと思うよ。俺は」
『わたくしはマナを使った上で、力負けいたしましたが?』
「それを言われると、何も言えないってば」
『で、ございますか? それならよろしゅうございます』
エルシーや父さん、イライザさん、マレンさんたちのように。
俺とルオーラさんも、まるで古くからの友人のように、よく晩酌をすることがあるんだ。 そんなとき、若手の成長話しを肴にしながらね。
「そういやさ、聞いてなかったけど」
『何でございましょうか?』
「ルオーラさんって、何歳なの?」
『わたくしでございますか?』
「うん」
『わたくしは三十五でございます。年を明けてに三十六になりますね』
「へぇ、俺よりひとつ年上なんだ。てことは奥さんも?」
フォルーラさんのお父さんがたしか、寿命で亡くなって五百歳だったっけ?
それだけ生きると言われてるグリフォン族から見たら、ルオーラさんはまだまだ若い。
長命な鬼人族から見たら、俺も十分若いんだよね。
「いえ、その。テトリーラは、二十二になったばかりでして」
あぁ、なるほど。
だからお子さんがいないわけだ。
いや、そうでもないか?
「へぇ……。うちのナタリアさんと同じくらいなんだね?」
俺の口元は緩んでるはず。
多分にやっと笑ってると思う。
『は、はい……』
「年齢差で悩んだこともあったけど、ここにお仲間がいたとは。これまたなんというか」
『いつか言われると思っていたのです……』
器に残った酒をぐいっと一気飲みするルオーラさん。
『ささ、グラスが空いていませんぞ? ウェル様』
そう言って、俺に飲めと急かす。
いいな、俺、友人みたいな近しい人いなかったからな。
「おうよ。んくんく、ぷはっ」
こんな関係、悪くない。
うんうん。
なみなみ注いでくれる。
俺もルオーラさんの器に注ぐ。
「んじゃ。やりなおし。乾杯」
『はい。ウェル様』
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。
書き続けるための、モチベーションの維持に繋がります、どうぞよろしくお願いいたします。