第八十話 国境の整備と入植相談 その2
デリラちゃんはお昼寝中。
あれから続けて五件ほど、入国審査があって。
『遠感知』を使ったからかな?
それ自体、どれだけマナを消費するのかわからないけれど。
力を使ったときは、こうしてお昼寝でもぐっすり眠るんだ。
よく、寝る子は育つって言うけどさ。
本当に、びっくりするくらい育ってる。
初めて出会った頃と、見た目がそれほど変わったわけじゃないんだけどさ。
朝が来るたび、お姉さんになってる感じがするデリラちゃんの成長は。
俺もナタリアさんも、楽しみで仕方ないんだよね。
「父さん」
「なんだい?」
俺と父さんは、広い食堂に無理矢理作られた『鬼人族式の居間』にある。
あの集落の屋敷にあったものと同じ、背の低いテーブルに座って、お茶を飲みながら今後の打ち合わせ中。
母さんはデリラちゃんの寝顔を見ながら、うとうとしてるって、エルシーが言ってた。
少しして満足したら、鬼の勇者たちの鍛錬を見てくれることになってるんだ。
母さんはほら、俺より容赦ないから、きっとこってり絞られるんだろうな……。
実戦も積んでるし、四人とも凄く強くなってると思うよ。
「国境はさ、あれで十分だと思うんだけど。どうかな?」
「そうだね。デリラちゃんのおかげで、審査も早く終わってしまうのは良い誤算だったと思う。グリフォン族の若い人たちが交代で詰め所にいてくれるから、強引に抜けてくる人もいないだろう。本当に助かってるよ」
一度強引に関を抜けようとした人がいたらしいんだけどさ。
監視してる場所からわざと羽ばたく音を立てながら降りてくると、肩を掴んで飛び上がって、王都側へぽいっと転がしたらしいんだよ。
それを見ていた、たまたま当番だったジョーランさんが腹を抱えて笑ったんだそうだ。
こっちの人たちは見慣れてるけどさ、王都の人から見たら、グリフォン族の人たちは、そりゃ怖いんだろうな。
父さんがぱらぱらとめくって確認してるのは、詰め所から送られて、執事のエリオットさんがまとめた様々な報告書。
俺も一度見たことがあるんだけど、そりゃもう頭が痛くなるほど細かくってさ。
とてもじゃないけど、読み続けることができなかった。
これをあっさり理解して、方針を立てるところまで吟味してる。
父さんって正直、とんでもなく頭が良いんだろうね。
母さんも俺に似て、身体が先に動く感じの人だけどさ。
父さんにおいて行かれないように、必死に勉強したって聞いてる。
努力家の父さんに、負けず嫌いの母さん。
俺、凄い人たちの息子になったって、改めて思うことがあるんだ……。
「それでさ、前に父さんが言ってた、入植のことなんだけど」
最近俺たち現場の人間は、農地とセットで家を作り始めてるんだ。
入植する人は基本、アレイラさんが管理してる農園の手伝いが主な仕事。
その上で、自分の農地を持ってもらうことができるようにって、父さんからの提案を形にしようとしてるところ。
「給金はもちろん必要だけれどね。その一部を、土地の購入にあててもらうことにして。しばらくは貸与という形にしようと僕は思うんだけど、どうかな?」
父さんの提案に対して、俺はこう。
「んー。正直俺はさ。これだけ広いんだからタダでもいいかな? って思ってたんだけど」
すると父さんが俺のこと。
すっごく、可哀想な子を見る目で見ちゃってる。
あぁ、国王として駄目なことを言ってるんだ。
あ、やっぱり駄目かな?
『駄目に決まってるでしょう?』
エルシーは俺にだけわかるように、叱ってくれる。
やっぱりね、父さんのいたたまれない感じの目を見てさ、そう思っちゃったよ……。
『そうね。わかるようになっただけ、成長したと思うわ』
うん、ありがとう。
「……やっぱり駄目だよね」
父さんのほっとしたような表情。
俺が気づいたってそう思ってくれたんだ。
お馬鹿でごめんなさい。
気苦労かけます、ほんっと、ごめんなさい。
「この国の現在の収入はね。クレンラードとの討伐契約の報酬のみなんだ。まぁそれは、けっして少なくはないんだけれど。国の運営の資金としては、少々心許ない感じかな。それでも、食料に関してだけ言えば、隣からの輸入が必要ないほど自給自足が成り立ってる。その点においては、心配ないとは思うんだ」
「うん。ごめんなさい。わかるようで、わからないような……」
「いいよ。ウェル君は、国の防衛だけ考えてくれたらいい。難しいことは僕がなんとかするからね」
「助かります。父さん……」
「それでもね、ウェル君は実に良くやってくれてると思うよ。防衛だけでなく、土地の開発。その打ち合わせ。管理。しっかり帝王学を教え込んでいたら、立派な国王になった――」
「やめてくださいって。俺は宿屋の息子ですって。そりゃ今は王太子だった父さんの息子で、国王やってますけど。俺、勉強苦手だったんですよ……」
「うん。時間はたっぷりあるんだ。無理にいますぐ詰め込む必要なんてないさ」
「そう言ってくれると……、え?」
父さん何気に、怖いこと言わなかった?
「いや、なんでもないよ。それでね。同じ農園で働く予定の鬼人族さんと人間の、能力の違いによる不公平さが起きないように――」
すっごく、難しいところまで考えてる父さん。
人間はマナの消費による強力が使えない。
だから体力的には、目に見えるほど劣るんだ。
けれど、手先の器用さは鬼人族に劣るわけじゃない。
家族を養って、良い生活を送ろうという努力や気持は、負けたりしないんだ。
良いことに、鬼人族の皆さんは、体力的に劣る人間を蔑むようなことは絶対にしない。
なぜなら、人間と同じように鬼人族の人も、魔獣に怯える生活をしてたから。
それに、俺が人間だったから。
父さん、母さんが人間だったから、だと思う。
そのあたりは、凄く助かってるんだよ。
「んっと今現在、アレイラさんからの報告は、……まもなく農園の収穫が始まるから。手が足りなくなるので手伝って欲しいって言ってるだけど」
鬼人族だけで三百人弱いるけど、それぞれ自分の仕事を持ってるんだ。
新しく作った広大な敷地の農園。
開墾して種をまいて、育てるまでは大丈夫だったけれど。
いざ収穫となると、力任せにやるわけにいかないから。
葉野菜や、根野菜、果物が傷ついちゃ駄目になっちゃうから。
もちろん、そこで終わりじゃなく、鬼人族特産のお酒を造ったりする作業も始まるわけだから。
手が足りないのは前から言われてたんだよ。
「うん。僕も一度、馬車で見に行ったけれど。あれは凄いね。領都にあった農園の数十倍。いや、百数十倍。もしかしたらそれ以上。今まで見たことがないほどの、まさに絶景だったんだよ……」
父さんが言葉に詰まるくらいに、素晴らしい光景になってるんだ。
見渡す限り、果物果物果物。
葉野菜葉野菜、根野菜。
元々肥えた土地だったんだけど。
アレイラさんが先導して更に手を入れて。
集落の倉にあった、このクレイテンベルグでは見たことがない種を蒔いて。
やり過ぎちゃった結果がこれ。
喉を潤し、お腹いっぱい食べられる。
国の民が飢えることなく過ごせるだけの。
資源がそこに、山積みになってるようなものだから。
父さんの目には、金貨や宝石以上の宝物に見えたんだと思うんだ。
あ、もちろん、魔獣の肉もたっぷりあるよ。
多すぎて、隣の国へ輸出してるくらいだからね。
「それでね。希望者としての申し込みがね、軽く百人は来てるんだ」
「え? そんなに? 家、間に合うかな……」
「家はそんなに急がなくてもいいと思う。皆、領都から通うことが出来るんだ。それにね」
「はい」
「途中にある、自分が手にすることが可能な、報酬としての立派な家を見て、仕事に打ち込める。これもやる気に繋がると思ってるんだよ」
確かにね。
結構早いペースで、農地つきの戸建ての住居を建ててるから。
別に街道にべったり沿わせる必要もないんだ。
街道から筋道を作って、その先に家と農地を並べて。
奥へ奥へ作っていけば、二百人くらいの家。
鬼人族、グリフォン族、人間の職人さん。
みんなが手を取り合って作業にあたってくれてるから、それほど時間はかからないと思う。
「そしたらね。これをこうして。家を作っていきますから」
「うんうん。きっと喜ぶと思うよ」
俺も父さんも、楽しくて仕方がないんだ。
皆さんが喜んで、健やかに生活をしてくれる。
目標を持って、仕事に打ち込んでくれるなら。
俺だってやる気が出るってもんだからね。
「じゃ、俺。現場見てきます」
「うん。僕も、書類整理が終わったら、見させてもらうよ」
「良い家が出来てますよ」
「うん。実に楽しみだね」
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