第七十八話 鬼人の聖女様 その2
「クリスエイルさん」
「はい。エルシー様」
「ウェルには多分、理解できていないと思うの。勿論、ナタリアちゃんもマリサちゃんもね」
「そんなに難しいことを言ってますか? 僕は……」
「わたしにはそうは思えないのだけれど、……んー。ウェル」
「はい?」
「手加減、憶えてるでしょう?」
「そりゃね」
忘れるわけないよ。
そのおかげで、デリラちゃんとナタリアさんに触れることが出来るんだから。
「手加減をしないウェルと、手加減をするウェル。その違いもわかるわよね?」
「うん」
「ナタリアちゃん」
「はい」
「『強力』を使わないときと、使ったときの力強さの違い。わかるわよね?」
「はい。わかります」
ナタリアさんも、デリラちゃんが生まれるまでは得意だったって言ってたからね。
「その分を比較してね、強い方をあなたたち魔族、弱い方を人間と例えるの。そうすると、力の差がわかるでしょう?」
「あ……、そういうことか」
「えぇあなた。そうですね」
俺とナタリアさんは、お互いを見て頷いた。
うん。
それだとわかりやすいかも。
母さんを見たら、うんうんと頷いてる。
母さんも理解できたみたいだね。
そりゃそうだ。
不得意な分野はあるだろうけど、父さんと釣り合うほどに母さんは頭がいいはずなんだ。
「エルシー様の説明が一番わかりやすいですね。クリスエイルさんには悪いですけれど、理解するのに私も少々時間をもらわないと駄目ですもの。その出力の違いが、発動することのできる、現象の違いに繋がる。ウェル君も憶えてるよね? コルベリッタさんたち、聖女と呼ばれた人間の治癒の速度。ナタリアちゃん治癒の速度と、その違い」
そりゃ、コルベリッタさんに傷を治してもらったのは、一度や二度じゃないんだ。マリシエールさんからは一度もないんだけどさ。
「はい。なるほど。あれ? ってことは俺も?」
「そうよ。その『化け物じみた、マナの出力』それがお化けの正体なのよ。クリスエイルさんの読んだ文献。それを魔族と言うなら、ウェルこそ魔族に一番ふさわしいでしょう。だって、無意識にマナを制御しちゃってるんですからね」
そう言われると、言い返せないかも。
「ところでさ、父さん」
「ん? 何かな?」
「魔法って、治癒以外にもあるの?」
「そうだね。ナタリアさんの治癒。鬼人族の皆さんが使う『強力』は、人間に伝わる『身体強化』。その他にも、地、水、風、火。伝承はそれ以外もあると記されてる。その、それぞれ属性に対応する魔法があるということらしいね。文献にはそうあったけれど。どのように具現化させるのか、手法は載っていなかった。おそらくは、秘術扱いになっているんだろうね」
なるほど。『薄く、硬く、折れず、曲がらず、しなやかになるように』。母さんから教わって、エルシーから鍛錬するように更に細かく教わった。
鬼の勇者たちに教えたこの手法。これも秘伝なんだろうね、きっと。
「そういう意味では、わたしがいたこの国も」
エルシーがいた国。
クレイテンベルグがあったこの地のことを言ってる。
「魔法に関しては、今も昔も後進国と言えるんでしょうね? あら? ナタリアちゃん」
「はい?」
まだ父さんの治癒が続いてる。
怪我と違って、父さんの場合。
ゆっくり時間をかけて、少しずつ癒やすものだからって言ってたっけ。
「デリラちゃんが、寝ちゃってるわ」
ついさっきまで母さん相手にはしゃいでいたらデリラちゃんは、気がつけばマナが切れたかのように、手足をだらーんと投げ出す、いつもの姿勢で寝ちゃってる。
この年齢の子供は、目一杯遊んで楽しんで、あっという間に寝てしまうことが多い。次の日に余力を残しておくなんて、そういう考えはないだろうからね。遊んで、学んで、一生懸命お姉さんになろうとしてくれている。毎日、少しずつ成長するデリラちゃんを見るだけでも、楽しみで仕方ないからね。
ナタリアさんに聞いたところ、俺が来る前からこんな感じだったそうだから。
「あらあらあら。可愛らしいこと」
赤子を抱く感じに抱き直した母さん。
「すみません。お母様」
「いいんですよ。こうして寝てる孫を抱けるのも、ウェルとナタリアちゃんが一緒になってくれたから。デリラちゃんは私に任せて、ナタリアちゃん、クリスエイルさんを、お願いね?」
ここ数日は、父さんも母さんもこの新しい王城で寝泊まりをしてくれてる。ときどき、デリラちゃんと一緒に寝ることもあるんだそうだ。
デリラちゃんは『マリサおばーちゃん』と、母さんのことを慕ってくれてる。沢山、母さんとお話をしてるんだろう。人見知りな面もあるけど、知りたがりな面もある。そのせいもあって、デリラちゃんは毎日大人になっているような感じもあるんだよね。
「いつもすまないねぇ……」
椅子の背もたれに胸を当てて寄りかかるようにして座る父さん。気持ちいいらしいんだよね。この治療の間は。
「いいえ、お父様。好きでやってることですから」
「ウェル君。ナタリアちゃんが僕のことを大好きだって。嬉しいね。娘にこう言ってもらえるのは」
「はい。その気持ちよぉく、わかりますよ」
「そ、そんなこと言ったわけじゃ……」
「ほらほらほら。ウェルもクリスエイルさんも、茶化すんじゃないの」
残ったエルシーが突っ込みを入れる。
『はい、ごめんなさい』
俺と父さんの声が重なる。
ほぼ、反射的にエルシーにごめんなさいをする。
寝ているデリラちゃんを抱いたまま、母さんがくすくす笑ってるし……。
「ナタリアちゃん続きだけどね」
「あ、はい」
「今年、デリラちゃんに『強力』を教えるんでしょう?」
「はい。その予定ですが」
「そのとき、どうやって教えるのかしら?」
「えっと、強力と治癒はですね。あたしも亡くなった母から教わったのですが」
「うん」
「うん」
「えぇ」
「ほっほー」
魔法の神髄が語られる。
そう思った俺と父さんは、ナタリアさんの声に集中した。
父さん、無理して後ろ向かなくても。
首、痛めるよ……。
「あたしが教わったのはですね」
「うんうん」
「……んと、お腹の下からマナを集めるようにして」
お、母さんやエルシーから教わった、聖剣の扱い方に似てる?
「『重たいものを持っても、辛くありませんように』って、願いなさいって。教わりました」
『えっ?』
俺と父さん。
エルシーと母さん。
四人の驚きの声が重なっちゃった。
「え? あたし、変なことを言いましたか?」
「ううん。続けてちょうだい」
エルシーが促してくれる。
「あ、はい。治癒もですね、『痛いでしょう? 代わってあげたいわ。どうか、早く良くなりますように』って。そう願いなさいって。何度も何度も、練習を繰り返すんです」
『えぇっ?』
まただよ。とてもわかりやすくて、それでいて神髄に近いだろうと思える内容。
「いや、これはある意味、代々教えられた秘伝なんだと思う。なるほど、僕たちの育ったこの地には、神に祈る習慣はないけれど。そうだね、祈りや願い。思いや愛情。それが魔法の根底なんだろうね。かといって、真似すれば発動できるわけでなし。素養やマナの量もあるんだろうから。聖剣、いや、魔剣を扱うことと同じようにね。いやはや、僕には試してみようと思えないことだと思うよ。マナも少ないだろうからね」
いや父さん。
人間の中では父さんは段違いのものを持ってるって、エルシーが言ってたんだけど。
っていうか、俺には難しすぎる。
父さんが言ってることの一部しか理解できないし……。
「……なるほどね。魔法は治癒と強力以外にもあるかもしれない、それだけは俺にもわかったよ」
「そうだね。僕も改めて、文献を調べてみようと思う。もしかしたら、まだ見たことのない魔法が再現できるかもしれないからね」
「……お父様」
「うん?」
「今日の治癒、これで良いかと思います」
「うんうん。ありがとう。いつも助かってるよ」
「それであの、あなた」
「ん?」
「もしかしてなんですが」
「うん」
「あたしたちが毎日使ってる『火起こし』は、魔法にあたるんでしょうか?」
「へ?」
「これ、なんですけど。……んっと、こう、ですね」
するとありゃま。
ナタリアさんが立てた右手の人差し指。
その指先に、一小金貨ほどの、小さな灯火が見えるんだけど……。
「……それ、火の魔法、じゃないのかな?」
「『火起こし』はですね。強力である程度マナの使い方を学んだあとに、半年ほどしたら教わるものなんです」
そういえば、台所に火を熾すためのものが何もなかったような気がする。
「これはもしや、誰でも?」
「はい。お父様。鬼人族の女なら誰でも使えます」
「なんとっ、……まさか、水や風、土なんかも?」
「いえ、あたしが教わったのはこれだけですが……、駄目でしたか?」
「いやいや、駄目だなんてそんなこと。うん、ナタリアちゃんに巡り会えて、本当に嬉しいよ。ウェル君、ありがとう。僕は良い息子、良い娘。良い孫娘を得て、幸せ者だよ……」
「あらあなた。私はどうなのかしら?」
「もちろんマリサは。僕の勇者様。永遠の憧れだから」
「そんな、クリスエイルさん……」
『はい――はい、ごちそうさま(です)』
こんなとき俺とナタリアさん、エルシーは、父さんと母さんを生暖かい眼差しで見守ることしかできない。
「ぱぁぱ」
あれ? デリラちゃんを抱いてるはずの、母さんの腕あたりから声がする。
「ん?」
「みみずさん、たべるの……」
「ありゃ、寝言だったのか」
「えぇ、あなた」
「今の声、寝言だったのね」
驚く母さん、微笑むエルシー。
デリラちゃんはやっぱり、いつも通りのデリラちゃんだった。
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。
書き続けるための、モチベーションの維持に繋がります、どうぞよろしくお願いいたします。