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第七十七話 鬼人の聖女様 その1

「マリサおばーちゃん、だいすきっ」


 治療の終わった母さんに、デリラちゃんは抱きついて胸元に頬ずりをする。

 そのデリラちゃんの髪に、蕩けきった表情(かお)で頬を寄せてる母さん。

 きっと俺も、あんな表情してるんだろうな……。

 我が愛娘、デリラちゃんは本当に頭が良い。

 甘えるツボをよーくわかっていらっしゃる。

 最近のデリラちゃんは、人の前に出るのに多少慣れたからか、以前よりもよく喋るようになってきたんだ。


「おばあちゃんも、大好きよ。そういえばウェル、さん」


 あ、今。

 母さん俺のこと『ウェルちゃん』って呼びそうになったのかも。

 前に父さんから、母さんは俺のことをそう呼んでたって聞いたことがあるんだ。


「どうしたの? 母さん」

「デリラちゃんなんですけどね。そろそろじゃないかしら?」

「ん?」

『鈍いわね。デリラちゃんの歳のことよ。そろそろ六歳になるんじゃなかったかしら?』


 母さんの隣に座ってたエルシーが、ニコニコしながら俺の頭に直接注意してくれた。

 あ、あぁ、そういうことね?

 エルシーは最近、人の姿(あれ)に慣れたのか。

 近いとこうしてね、俺だけに話しかけることができるみたいなんだよね。


「ナタリアさん。デリラちゃん、夏過ぎだったよね?」

「えぇ。あなた。暑さが弱まってきたあたりです」


 鬼人族は、正確な日付で誕生を祝わないそうだ。

 それでもおおまかに家族だけで祝うんだってさ。


「そっか。それじゃそろそろ六歳なんだね」


 俺が二人に出会ってから、もう、半年経つってことなんだわ。

 早いようで長い。

 それでも、鬼人さんや半分以上魔族みたいな俺には、些細な時間かもしれないけどね。

 まだ慣れないよ、正直。

 俺は人間だと思ってたんだからさ……。


「そうなのね。デリラちゃんは何か欲しいものあるかしら?」

「んっとね。んっとね。すっごくあまいのっ!」


 デリラちゃんは両手を上に上げて自己主張。

 それはもう、必死になるほど、無意識に。


「だ、大丈夫よ。そういうのは、あとで買ってあげますからね」

「やったー。マリサおばあちゃん、だいすき」

「うふふふ。私も大好きよ。デリラちゃん」

「……デリラったら」


 困り果てた表情のナタリアさん。

 ナタリアさんから治療を受けてる父さんも、これには苦笑い。

 俺と目が合った父さん。

 何かを思い出したかのようにわざとらしく、話しを切り出してくれる。


「そういえばウェル君」

「はい」

「ナタリアさんは、ウェル君と同じくらいじゃなかったかな?」

「そうですね。俺は冬前で確か」

「はい。あたしも冬前です」

「それなら、二人一緒に祝うことにしよう。どうかな? マリサ」

「はい、そうですね。昨年は三人で食事をしただけでしたから。そうでしたよね、エルシー様?」

「そうね。確かにそうだったわ」


 エルシーの姿は見えなくても、そこに一緒に居たのは聞いてるんだよね。

 言葉は交わせなくても一緒にいたんだよって、そう母さんとも話をしてたんだと思う。


「そうそうウェル、さん。デリラちゃんのお祝い。今年は盛大にしないと駄目ですよ?」

「そう? ナタリアさんからは、家族で祝うものだって聞いてたんだけど」


 あ、母さんとエルシーが見つめ合ってまた俺を見る。

 それはすっごく駄目な子を見る目になってるし……。


「ウェル君」

「はい?」

「デリラちゃんはほら。クレイテンベルグ王国(ここ)のお姫様だから、ね?」


 父さんが助け船をだしてくれたよ。

 ありがとう、父さん。

 そうだよ。

 デリラちゃんは、お姫様になったんだよね。


「あ、……すっかり忘れてた」

「もちろん、王妃になった僕の可愛い娘、ナタリアちゃんも、しっかりお祝いしないと駄目だからね?」


 椅子の背もたれによりかかるように座っている父さん。


「あの、あたしはその……」


 両手のひらを父さんの背中にあてて、治癒をしていたナタリアさん。

 つい手を離して、頬を両手で覆ってしまう。

 うわ、耳までまっ赤にしてるし。

 ナタリアさんも、自分が王妃になったこと、忘れてたんだろうけど。

 俺だって国王だってこと、自覚してないからなぁ。

 ま、それ以上にさ、父さんに『可愛い娘』って言われたからかな?


 父さんの持病は、完治したわけじゃない。

 切り傷擦り傷ならば、瞬時に癒やしてしまうナタリアさんでも、目に見えない部分はどうしても時間がかかるらしい。

 長年閉塞していたと思われるマナの流れの滞りは、ナタリアさん曰く怪我ではなく病だからと。

 実際に目で見てどうなっているかを知っているわけではないから、時間がかかるのは仕方のないことなんだろう。

 それでも、母さんと父さんが言うには、母さんが勇者だったときに派遣されていた聖女様。

 俺も面識があった、確か、名前をコルベリッタさんって言ったっけ?

 新しい聖女認定があるまでの間、俺のときにも居てくれたんだよな。

 母さんより少し年上で、物静かで、子供が好きで、優しい女性だった。

 コルベリッタさんが本国へ戻る前に、父さんの病状がどうにかならないか相談したって聞いてる。

 でも、聖女様だったコルベリッタさんにも、彼女を派遣していた本国ですら、どうにもならないと言われんだって。

 だからこうして、父さんの持病と、母さんの症状と。

 両方癒やしてしまっているナタリアさんの治癒は、マリシエールさんや、コルベリッタさんの治癒(それ)とどう違うだろう?


「父さん」

「何かな?」

「父さんはさ、とてつもない数の本をさ、読んでるって言ってたじゃない?」


 父さんの書斎を見せてもらったことがある。

 机の上から左も右も、四方の壁に並んだとんでもない数の蔵書。

 それは見ただけで背中がかゆくなるほどだった。


「あぁ。ひたすら読んできたね。僕はほら、身体が弱かったから」


 そんな風に眉を八の字にする父さんは、つい先日まで年相応の見た目だったけど。

 今の父さんは、俺より少し年上くらい。

 母さんはイライザさんと同じくらい。

 正直、隣の国王王妃より、かなり若く見えるんだよね。

 何故かって?

 父さんも母さんも、大きな声じゃ言えないけどさ。

 目元や口元の、皺が消えちゃってるんだよ。

 肌の張りも、二十歳は若くなったような。

 俺の姉さんと兄さん?

 そんな感じに二人とも、とんでもなく若々しくなっちゃってるんだけどさ。


「うん。そう聞いてた。それでね、魔法って何だろうってさ?」

「というと?」

「コルベリッタさん。憶えてるでしょう?」

「勿論憶えているとも。マリサのパートナーだった彼女(ひと)だからね」

「うん」

「懐かしいね。十年ほど前に、本国へ帰ってしまったけれど。元気にしているといいんだけどね……」

「うん。あのさ、父さん。コルベリッタさんの治癒とさ、ナタリアさんの治癒。全然違うと思わない?」


 勿論、コルベリッタさんより劣るマリシエールさんのこともだね。


「……あぁ。確かにそうだね。彼女の治癒はとても良いものだったと思う。けれど、僕の身体を治すには至らなかった。怪我を治せるけれど、病は治せない。それが治癒だと思っていたんだけどね」


 確かに、父さんも母さんも諦めていたんだ。

 そこにナタリアさんが現れた。

 父さん、娘ができて喜んだ。

 ナタリアさんに治癒(いや)してもらっている父さんはまるで。

 小さな娘に、肩を揉んでもらってる父親みたいに幸せそうな表情だったんだ。


「俺もナタリアさんに治癒(なお)してもらって、改めてその違いに驚いたんだよ」

「そうだね。この世界に存在する『魔法』と呼ばれる現象は、全てマナが関係している。どの文献にも、そう書いてあったんだ」

「俺たち勇者の、この力も?」

「そうだね。マナの作用で説明できるはずだよ。勿論、コルベリッタさんの治癒も。ナタリアちゃんの治癒もね」


 鬼人さんたちが使う強力(ごうりき)、それは俺も無意識につかってるらしいけれど。

 ナタリアさんの治癒も、歴代聖女様の治癒も同じもの?


「コルベリッタさんも、聖女という治癒魔法使いを派遣する本国も。僕の病を治せないと判断した。けれどそれは、人間と魔族の、マナの総量と出力の違いかもしれない。そう、僕は思ってるんだ」

「そうね。いい線いってるとわたしも思うわ」


 父さんの考察に、エルシーが後押しをする。


「あのねウェル」

「うん」

「ついこの間言ったこと憶えてる?」

「あ、マナの量の話し?」

「そう。あなたはほら、他の子と比べてはいけない『お化け』だから。それでもナタリアちゃんは、鬼人族の中でも多いのよ」

「う、うん」


 まーたお化けって言ってるし。


「ナタリアちゃんを始めとした、魔族と呼ばれる鬼人族の皆さんはね。瞬間的に放出できる、瞬間的に制御できるマナの多さ。それが人間とは桁違いなのよ。多分だけどね」


 隣にいる母さんは、膝の上のデリラちゃんと一緒に、きょとんとした表情してる。

 うんうんわかるよ。

 母さんは俺と同じで、理論より身体を先に動かしちゃう感覚派だもんね。


「マリサちゃんのような勇者経験のある子も、普通の人より遙かに上だと思うわ。……あ、ウェルは別よ。比べたりしたら、普通の人が可哀想だわ」


 ちょっと、そこで俺を引き合いに出す?


「ウェル君は、歴代最強の勇者だから仕方ないと思うよ。……そうだね。うん。エルシー様の言うとおりだと思うよ。魔族との違いがそこ。マナの扱いに長けている種族であり、人間よりも多くの魔法のような力を扱う。『魔法の魔からとって、魔族と呼ばれたのではないか?』と、文献にもあるんだ。ウェル君のその爆発的な力の違いも、それで説明がつくと思うし――」


 まだまだ父さんの考察は続いてるんだけどさ。

 うん。

 難しすぎて、さわりの部分しかわかりません。

 俺を振り向いたナタリアさんと目があったけどさ。

 彼女も『そうなんですか?』って、困った表情してる。


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