第七十三話 ナタリアさんの知識と手当て。
「あなた」
少し離れたところから父さんたちを見てる俺。
そんな俺の耳元に、ナタリアさんの声。
「あ、ナタリアさん。デリラちゃんのとこにいたんじゃないの?」
「デリラはエルシー様がみてくださるとのことですから」
見えないと思ったら、そうしてくれてるんだね。
「そっか、うん」
「あのですね」
「うん」
「お父様の症状なのですが」
「うん」
「あたしたちの中には、マナが循環してるではないですか?」
「あ、そうだっけ。俺、難しいことはあまり、その」
「そういうものだと思って下さい」
「あ、はい」
「まったく、お母様が苦労しただけはありますね……」
「何を?」
「いえ、何でもありません。それでですね」
「うん」
「お父様はですね、マナが生まれつき多かったのだと思われます。あたしたち鬼人は自然とマナを使うことができますが、人間はそうではなかったのかもしれません」
「うん、そうかもしれないね」
そもそも、マナを使うとか、教えられないからね。
俺も確かに、小さいときは。
特に冬の間、外に出られないときは、動き回れないからか、熱を出して寝てたときも多かった。
あれ?
ちょっとまて。
「母さんごめん」
「あ、あら。どうしたの?」
父さんと母さんと、しんみりしてるところ悪いとは思ったけど。
確認しておきたいことがあったんだ。
「母さんがさ、小さいときだけど」
「えぇ」
「クレンラードってさ、雪が深くて外にでられなかったじゃない?」
「そうだったわね」
「そのときさ、熱を出して寝込むこと多くなかった?」
「……ない、とはいえないわ。いえ、毎年、決まって一度は熱をだしてたような……」
「やっぱり。俺もそうだったんだ。そこでさ、ナタリアさん。さっきの話」
急にナタリアさんに話を振ったから、ちょっと驚いてる。
「あ、はい。ごめんなさい。あのですね、お母様」
「えぇ」
「お父様は、胸から首にかけて、マナの滞りが酷かったように思えるのです」
「そうなの?」
「はい。治癒を始めた当初ですが、少しずつ、ゆっくりほぐすようにしていったところですね、お父様の顔色が良くなっていったので」
「えぇ」
「人の身体には、血の巡らせるための管というものがあると聞いています。そこが弱くなってしまっていたのでしょう。実は、デリラも生まれて間もないとき、同じような症状が出ていたので、お父様のように癒やしていたのです」
「なるほどね。僕もそういえば、少し思い当たるところがあるよ」
顎に手をやっていた父さんが思い出したように言う。
「マナは血の巡りに乗って、体中を循環してるって。ある文献に書いてあったのを憶えてる。小さなころから僕は常に、発熱して熱が高い状態だった。特に、肩から首にかけてが一番酷かった。もしかしたらそれが関係してるのかもしれないね」
ナタリアさんが父さんの背中に回った。
「以前はこの部分に、マナの流れが滞っていました。デリラも同じだったので、もしやと思ったのです。ですが今は綺麗に流れているように感じます」
「くすぐったいんだけど、ごめんねナタリアさん」
「あ、す、すみません……」
背中を這う、ナタリアさんの指がくすぐったかったんだろうね。
「あなた。鬼人の子たちのあれ。教えてあげてくれますか?」
「あれ。……あぁ。ちょっと待って」
俺は倉庫に行って、あるものを持ってくる。
ややあって戻ると、俺の手には小さな鞘つきの小刀が握られていた。
「父さん。これ持ってみてくれます?」
「これは?」
鞘から抜いたその刀身は、刃渡り十五程度の小さい物。
ただ、混ざり気なしの、赤い刀身。
「魔石だけで鍛えてもらった小刀です。これ、このままだと切れないんですよ」
俺は刃先に指をあててみせる。よく見ないとわからないけれど、刃は鈍く丸く、触っても怪我をしないような代物に見えるだろうね。
「これ、あれかな?」
「はい。握って念じるんです。『薄く、強く、しなやかに』って。これが鬼人の子たちに教えてる、魔石制御の鍛錬方法ですね」
父さんは刃をじっと見て。
「『薄く――』あ」
あっさり薄くなった。
凄いな、ある意味。
「これは凄い、マナがどっと力が抜ける感じがあるね」
いや凄いのは父さんだって。これ、魔石だけで打たれてるんだから、マナの消費もとんでもないもののはずだし。それを平気な顔してるんだから、さ。
「はい。あの国にあった聖剣よりも危険な代物ですから」
「お父様」
「あ、はい」
「鬼人は、小さいときにマナの使い方を学びます。ですが人間はそうではないのでしょう。人によってマナが多い者、少ない者がいるからだと思うのです」
小さいときに教える方法。
たぶん、筋力の強化などの方法だろうね。
大岩を軽々と持ち上げた子には驚いたから。
俺はエルシーに同じようなことを教わったんだよな。
マナを指に流すことから始めて、手に、腕に。
腹や足に。
そうすることで、勇者は強くなれるって。
「小刀に作用させることに慣れたあとで構いません。次は、指先にマナを流してみてください。『絶対に慣れたあとに』ですよ?」
ナタリアさん、怖い怖い。
目が真面目になってる。
「は、はいっ」
父さん、やろうとしたからね。
ほんと、こういうところは子供っぽいなぁ。
「指先にマナを流す際。『強く』と頭に念じてみてください」
あ、それ。
エルシーから教わった方法。
「おそらくお母様は、無意識にやられていたかと思いますので」
「そうね。こうできたら、もっと疲れないかな? みたいに色々試した時期があるわ」
母さんそれって、結構半端ないわ……。
エルシーから学ばなくてもできたって。
とんでもないかもだよ……。
「今は力が入りにくいかと思いますが、もう少し楽に動けるようになると思います。あと数回治癒を重ねたら、心配の無い状態になるはずですから」
「ナタリアさん」
「はい」
「ありがとう」
「いえ……、あ、そうでした。お母様」
ナタリアさんは照れる前に持ち直し、母さんの近くへ。
「何、かしら?」
「失礼します。お母様は以前、……『お腹のあたりを悪くされた』と言ってましたよね?」
ナタリアさんは俺を見ながら、母さんのお腹に手を置いて聞いてくる。
「あ、そうだね。悪くしたって言うのかな? 俺も詳しくはわからないんだけど」
「では、このあたりでしょうか?」
ナタリアさんは、母さんのお腹に右手を充てる。
目を閉じて集中してるみたいだ。
あ、さっきのアレイラさんみたい。
辺りが暗いからよくわかる。
ナタリアさんの角が青白く淡く光ってる。
「温かいわ。昔、聖女さんに癒やしてもらったのとは違う、もっと心地よい感じがするわね」
「少し我慢してくださいね?」
母さんは、父さんが『くすぐったい』って言ってた意味だと思ったんだろうね。
「ここかしら? いえ、もう少しこっち……」
「くすぐったいというより、そう。……なんだか気持良いわね」
ナタリアさんの手は、胸の間から下へ。
ゆっくり動いて下腹のやや上あたりで止まった。
「やはりここですね。……これはその。かなり厄介です」
「え? 私、やはり悪いところがあるののかしら?」
「いえ、悪かったと言うべきでしょうか? この辺りに長年、負担がかかったのでしょう。凝り固まっているというか、なんとも表現しづらいのですが……」
「何でも聞くわ。この人を治せたんだもの」
「では、んっと。『覚悟してくださいね?』」
「えっ? それってどういう――」
「こうかしら? んっと、こう?」
珍しく、ナタリアさんの眉が少しつり上がる。
何か凄く、難しいことをしているかのように。
ついでに、眉間に皺が寄る。
こんなナタリアさん、新鮮だわ。
「――ちょっ、いたっ。あだだだだだだだっ!」
母さんの表情が一転する。
もの凄く辛そうだ。
「やはり。お母様、失礼いたしますね」
そう言うや否や、ナタリアさんは軽々と母さんを横抱きにして抱え上がる。
「へ?」
「あなた。ちょっとそこで待っていてください。お父様も来てはいけませんよ?」
すっごく怖い表情で、そう言うナタリアさんに。
「「はいっ……」」
俺たちは二つ返事。
ナタリアさんは、母さんを抱えたまま、かなり速い足で、走って行っちゃったよ……。
すげぇ――ていうか、何があったんだろう?
俺と父さんは、呆然としたまま、ナタリアさんたちの背中を追うことしかできなかった。
ややあって、俺たちの前に現れたのは、ナタリアさんではなく執事のエリオットさん。
あれ?
何でこっちにいるの?
父さんもそう思ったんだと思う。
「執事ですので」
俺と父さんが聞こうとしたら答えるんだもの。
執事、こえぇ……。
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。
書き続けるための、モチベーションの維持に繋がります、どうぞよろしくお願いいたします。




