第七十二話 子供のようにはしゃぐ父さん。
「凄いね、ウェル君」
「そうですか?」
「種も仕掛けもない。同じ剣を抜いてみせるという演出。抜ける人、抜けない人がいる。鬼人族だから、力が強いから抜けるというわけでもない。別に変な仕掛けもないんだよね?」
「もちろんないですよ。俺と母さんが抜いた、あの台座とほぼ同じに作っているつもりです。まぁ、あれより少し大きくて、刺さっている武器の数も多いですけどね」
あれは結構大変だった。
領都で集めたクズ魔石を結合させて。
ゆっくり少しずつ、マナを送り込んで作ったんだよ。
刺さっている魔剣や魔槍は、鍛冶屋のグレインさんが打った本物。
全部が魔石という危ないものじゃなく、初心者向けの王国仕様なんだけどね。
「本来はあれだよね。鬼人の男の子、女の子たちを勇者にするかどうか。その判断に使ってるのかな?」
「いえ、鬼人だからって、魔剣に挑戦して駄目だったら、結構凹むんですよ」
「それはそうだろうね……」
「そこで、俺がこの台座の話をしたら、作ってほしい。こっそり力試しをしたい。そんな意見があったらしいんです。それでこの台座を作ることにしたんですね」
「そうだったんだね。ところで今、どんな状況なのかな?」
「抜けたかどうか、ですか?」
「そう」
「まだ、鬼の勇者の四人だけですね」
今のところ、まともに抜けるのは、あとはグレインさんくらいなんだろうな。
グレインさんが何故抜けるって?
そりゃ、魔剣と魔槍を打った本人だからだよ。
多少は、魔石の制御ができなきゃ、打つことができないからね。
グレインさんが言うには『振るうほどの制御は難しい』って言ってたけどさ。
「そうなんだ……」
「マナを身体強化に使うのは、皆慣れてはいるんです。女の子はその上、治癒の魔法を教えられます。男の子は、治癒の魔法を使える子はいません。だから余計に、頑張ろうと鍛錬に励んでくれています」
「なるほどなるほど。それでその、鍛錬方法っていうのは?」
父さんは本当に好きなんだろうな。
鬼人族の少年たちと同じ目をしてるんだもの。
「はい。魔石の制御ですね。方法としては簡単ですよ。父さんも母さんから聞いたことがありますよね? 『薄く、硬く、しなやかになるように』」
「あぁ。魔剣と魔槍の運用方法の基礎だったね。昔、マリサから聞いたことがあるよ」
「俺も、母さんから基礎を教わりました。魔剣や魔槍の柄を両手で握って、集中してじっと見るんです。うまくいけば徐々にですけど、目で見てわかるくらいに薄くなっていくんですよ。まぁ、もっと簡単な方法を勇者たちがみつけたんですけどね」
「それはどんなものなんだい?」
「はい。例えばこれなんですけど」
俺は懐になんとなく仕舞ってあった、小さな魔石を取り出す。
「これをですね。こう、するんです。『角を滑らかになるように』って念じて」
角を一カ所だけ、丸くしてみせたんだよ。
「なるほどね。これなら、いつでもできるわけだ」
「はい。そうですね」
「そうなんだ。ところで、魔剣を打ったグレインさんも抜くことはできるんじゃないかな? と思うんだけれど?」
さすが父さん。
そこに気づいたのは凄いかもだわ。
「あれだけの本数を打ってるんです。グレインさんもきっと、抜けるはずです。やらないだけでしょうね。もし無理して怪我をしてしまうと、打てる人がいなくなってしまうのと」
「うん」
「息子のライラットさんが凹んでしまわないように、やらなかったんだと思います」
「なるほどね。親というのも難しいものだ」
「えぇ。ですがいずれ継がせると言ってました、ライラットさんも小さなころから鍛冶屋としての修練を重ねていたようですね。なので、初めて魔剣を持ったときから使うことができたんだと思います」
「そうだね。グレインさんも言ってたよ。息子が鍛冶屋の後を継ぐのは、勇者を引退してからで十分だってね」
「そうだったんですか。グレインさんらしいや」
そんな感じに、父さんと立ち話をしていたら、『勇者への挑戦』は一段落したみたいだね。
「ウェル陛下~」
あ、アレイラさん。
俺のことを呼ぶもんだから、皆さんこっち見ちゃったよ。
『ぱぱさんだ』
『若様だよ』
誰も陛下って言わないのが嬉しかったりする。
すると。
『あの人もしかして』
『そうだよ。公爵様だよ』
父さんが一緒にいるのも見られてたみたいだ。
「あれ? 僕もバレてしまったようだね」
「それはそうですって」
アレイラさんとジェミリオさんが何やら耳打ちしてる。
そしたら、彼女たち両手を上げて。
「「勇者様っ!」」
ちょっ!
『『『勇者様っ』』』
一気に盛り上がる少年少女たち。
いや、二人も勇者じゃないのさ。
そうつっこみたいところだけど。
「呼ばれてるみたいだよ。ウェル君」
「いやその、あははは……」
俺と父さんは、台座の前まで出てきた。
『公爵閣下ー』
『クリスエイル閣下ー』
『お父様ー』
思ったより人気だね、父さん。
「あの、できたらウェル陛下も、魔剣を抜いてみせて欲しいんです」
「なるほどね。いいよ」
俺はあえて、魔槍を抜いてみた。
「よいしょ。……あ、やっぱりこっちも抜けるんだ。ま、そりゃそうか」
どっと歓声が上がる。
ついでに笑い声も。
「鍛錬方法が知りたかったら、この子たちに聞くといいよ。ただ、無理をしちゃいけないからね? マナを消費するということは、生命力を燃やすということなんだ。それだけは約束して欲しい」
『『『はいっ』』』
良い返事だね。
うんうん。
するとね、俺の肩をとんとんと叩く感触。
振り向くと、父さんだった。
「ウェル君」
「はい、何でしょう?」
父さんは真っ直ぐ俺を見て、こう言うんだ。
「僕もさ、試してみて、良いかな?」
「あー。母さんが『砕け散っていらっしゃい』って言ってたの。あれ、本気だったんですね?」
「そうだね。僕だって昔は男の子だったんだ。勇者だったマリサにも、先代の勇者様にも、もちろん、ウェル君にだって憧れたものだったんだよ」
試して別に、危ないこともないだろうから。
「みんな、これからさ、俺の父さんがね、勇者に挑戦してくれるって」
驚きの声が上がる。
上から母さんが心配そうに見てるし。
大丈夫だって、安全だからさ。
「皆さん、少しの間だけ、静かにしてくれるかな?」
あっさりと、水を打ったよう静けさになった。
凄い。
みんな暖かく見守ってくれてる。
「こうして、僕もね。試してみたかったんだよ。どれがいいかな? マリサが槍だったから、やはり、剣かな?」
父さんは、俺が使っていた魔剣エルスリングを模したものを選んだ。
両手をゆっくりと柄へ伸ばしていく。
緊張してるみたいだ。
父さんは柄を握ると、俺を見た。
俺はひとつ頷く。
「ウェル君。失敗しても笑わないでおくれよ?」
「もちろんですよ。男の子の夢を笑ったりはしませんって」
「せぇの――あ」
ほんの少し力を入れただけ。
魔剣はあっさりと抜けてしまった。
まるで十九年前、あのときの俺みたいに。
「あはは、これはどうしたことだろう? これだけ抜けやすくできてたのかな? それにしても、ここまでそっくりにできてるんだね。ウェル君が持っていた、エルスリングそっくりだよ。まるで勇者になったような気分にさせてくれる。とても憎い演出だよ……」
そう、笑う父さん。
笑っていないどころか、予想外の展開に、引きつり気味な表情のアレイラさんとジェミリオさん。
声なく、驚く少年少女たち。
誰かが言った。
『勇者様だ』
『そうだよ。クリスエイル様は、勇者様になったんだ。凄いよ』
拍手が上がった。
歓声も上がった。
いや、おっどろいたわ。
魔石が変化したんだ。
父さんも、勇者の素質。
魔石を制御できる力を持ってたんだ。
「え? 嘘でしょう? これって、演出だよね?」
父さんはそう言うと、きょとんとして皆さんを見回す。
両手で握る柄を、片手で軽々と持ち上げ。
俺が知る、クレンラード王家に伝わる、正当剣術の型の通り。
軽々と振ってみせる。
それはまるで、軽い細身の長剣を振るうかのようだった。
「いやおかしいでしょう? こんなに軽いんだ。これはウェル君が――」
俺が何かしかけをしてるんだろう?
そう言いたいんだろうけどさ。
何もやってないんだ。
それはあのときの『聖剣エルスリング』の複製品。
いや、あれより魔石の含有量が多くて、更にマナを必要とする、厄介なものなんだ。
「いえ、父さん。魔剣は、マナを通せば、軽く感じるんです。忘れてしまいましたか?」
「そう、だったかもしれないね」
父さんはそう言うと、台座に魔剣を戻した。
そうだよ。
台座に戻すのも、適性がないとできないんだから。
「皆さん、ありがとう」
父さんが振り向くと、皆さんは静かに聞いてくれているようだった。
「今は正直、驚いているんだ。あのとき僕の身体が、今以上に健康であって」
あのときっていうのは、皆さんのように十五歳の頃を言ってるんだろう。
「こうして、勇者の資格を手に入れたのであったら。僕はやはり王にはならずに、勇者となることを、選んだと思うんだ」
魔石が変化したんだから、きっと適性があったんだと思う。
もしかしたら、先代の勇者様は、父さんだったかもしれない。
「僕はもう、こんな歳だから。魔獣の討伐は彼女たち、『鬼の勇者さん』に任せようと思ってる。それでも有事の際は、僕も剣を持って、皆さんを守ることができる。それだけで十分、嬉しいと思ってるんだ」
アレイラさんが拍手をした。
彼女は涙をぼろぼろに流してた。
ジェミリオさんも、泣きそうになってる。
そりゃそうだよね。
知ってるよ。
魔剣が使えるってわかったとき、君たちも泣いて喜んだことをね。
彼女に続いて、皆さんも拍手をくれた。
拍手が止んだとき、俺は魔剣を抜いて高く上げた。
「大丈夫。俺は、この国の王である前に、皆を守る勇者なんだ。父さんが剣を握らなければならないような場面は来させない。俺がいるんだから。絶対にそんなことはさせないよ」
「酷いな、ウェル君は……」
そのあと、俺と父さんは母さんたちのいるテラスに戻ってきた。
「ごめんねマリサ。砕け散ることは、できなかったよ」
「何を言ってるのです。あなた、おめでとう」
父さんの手をぎゅっと握りしめる母さん。
母さんが涙を見せることなんて、滅多にない。
ナタリアさんが父さんの身体を治せることがわかったとき、初めて見たくらいだから。
それだけ辛抱強い母さんが、また泣いてる。
「ありがとう。嬉しいよ。でもね、悔しくもあるんだ」
「えぇ」
「あのとき、僕が勇者であったなら、マリサひとりに責務を負わせることもなかったんだ」
「ありがとう、……ございます」
「マリサに、子供を産んでもらうこともできたかもしれない。そんな未来もあったと思うんだよ……」
「そんな……。もういいのです。こうして、ウェルがいてくれるのですから」
「そうだね。ウェル君は僕たちの息子だった。十九年も前から、そうだったんだよね」
俺が勇者になった年。
母さんが天涯孤独な俺を、息子にしたいって、そう言ってたらしいんだ。
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