第六十九話 ナタリアさんとお散歩。
ナタリアさんが着替え終わるのを待って、その間に俺も固っ苦しい格好をなんとかする。
俺が着替えたのは、彼女手製のいつもの鬼人族民族衣装に、同色のズボンを合わせたヤツ。
デリラちゃんのような子供たちや、鬼の勇者のジェミリオさんやアレイラさんのように活動的な人は別にして、ナタリアさんたち女性はズボン履いていない。
領都の女性も人によってそんな感じなんだよね。
普段着とドレスの違いみたいなものなんだと思うよ。
ナタリアさんたち女性は白地に赤。
俺たち男性は本来、白地に緑。
けれど俺は、族長――国王だから白地に黒の線が縁取られた生地を使ってるんだ。
あ、この間買った髪留めつけてくれてる。
前にナタリアさんと俺とで一緒に領都を散歩したとき。
彼女が急に、ある雑貨店の店先に走って行ったと思ったら、『これ。あなたの瞳と同じ色』って見つけたんだ。
そのときの表情、すっごく可愛いかったんだよね。
他にも綺麗なのが沢山あったんだけどさ、これがいいって引かなくて。
俺の目と同じ、とび色の。
何かの樹液が固まったものが、土に埋まって長年経ったもの。
それを削って作ったらしいんだよね。
そんなに高いものじゃないんだけど。
似てるって喜んでくれたのはさ、嬉しいよね。
俺は裏口からそっと、ナタリアさんと出てきたんだ。
つい昨日までは、準備期間中の祭りの会場みたいだった。
それでも、ここまで賑わうとは思わなかったよ。
そういや、そろそろデリラちゃんが六歳になるんだって。
俺もあともうすこしでまた一つ年を取る。
俺は夏の終わりの生まれだけど、デリラちゃんは夏の始まり。
ナタリアさんは俺より少し後、冬になる前なんだって。
どうせならナタリアさんとデリラちゃんと、三人一緒に祝えたらいいかもしれないよね。
王城から領都に向けてまっすぐに伸びる道。
こちらからは、鬼人族の人たちが。
あちらからは、父さんと母さんが守っていた領都からのお客さんが歩いてくる。
鬼人族の人はおおよそ三百人ほど。
領都の人たちは、父さんに聞いたところ、七百人はいるんだってさ。
合わせて千人くらいになるんだな。
町の外れ、……というか街道の始まりで王都の入り口。
そこには、バラレックさんたち商隊の拠点となる、商会の建物がどどーんと建っている。
両隣と向かいには建物がまだないから、結構目立ってるわ。
だからかな?
結構お客さんも入ってるみたいだね。
かなり珍しいものも置いてるみたいだし。
なによりここは、鬼人族の人たちには必須の場所でもあった。
鬼人族の人たちは、買い物といえば、バラレックさんが来たときだけ。
今まで困っていなかったんだけれど、いざ領都で買い物をしようとするとちょっとした問題が出てくる。
それが、金貨や銀貨などの通貨なんだ。
鬼人族の家々は、小さな粒魔石を持ってるから。
前はほぼ、物々交換だったもんね。
俺は知らなかったんだけどさ、『魔獣になりかけている獣』にも、魔石はあるんだって。
そういうのは、普通の槍や剣でも狩ることができる。
だから細々と魔石を貯めていたものを、ここで少しだけバラレックさんたちに換金をお願いしてるんだ。
王都へ人たちを迎え入れるために準備を終えた鬼人族の人たちは、領都を散策できるようになるこの日を、ずっと楽しみにしていた。
そのわずかながらの金貨を握りしめて。
美味しいものを食べて、綺麗なものを買って。
娯楽の少なかったみんなにも、楽しい生活を送ってもらえる。
ほんと、街道を作って良かったと思ってるよ。
王都はまだあまり見るところはないかもしれないけれど。
それなりにあったりするんだよね。
例えば、アレイラさんの家は雑貨屋をやってる。
そこでは、鬼人族の民族衣装や織ったばかりの布地。
グレインさんのところで作った鍋なんかの生活道具。
グリフォン族で作ってる木工製品なんかも置いてあるんだ。
ジェミリオさんのところは宿屋さんで、食堂も兼ねてる。
鬼人族で一般的な、煮込み料理なんかも用意してるらしい。
この王都の菜園でとれた、野菜や果物も食べられるし。
もちろん、ナタリアさんが考えた料理もあるんだってさ。
ジョーランさんの家は肉屋さん。
宿屋さん、雑貨屋さんの隣に建てられた店。
お客さん、結構いるね。
何せ、獲れたての肉が沢山あるから。
ジョーランさんも忙しそうに、お客さんの相手をしてるよ。
領都ほど発展はしていない王都。
これから徐々に色々な物ができあがっていくはず。
仕方ないよね。
つい最近までは、ここは荒れ地で未開の地。
父さんから譲り受けて、俺たちが開拓して、ここまでなんとかやれただけ。
「ウェルさん。あ、いや。ウェル国王陛下――」
ライラットさんと、彼が連れてる男の子や女の子まで立ち止まって。
俺に敬礼始めちゃったよ……。
『あ、ぱぱさん』
『若様、奥様』
「いやいや。お忍びだか――あぁ。見つかっちゃった」
「も、申しわけありません……」
「いいって。巡回ありがとう」
ライラットさんは、鬼人族の若い子たちを連れて、王都を巡回してくれている。
「散歩だから。俺と奥さんだけ。ちょっとだけ見逃してちょうだい」
ナタリアさんが俺の背中から、恥ずかしそうに手を振ってる。
うん、頑張ってるね。
笑いが上がる。
平和だよね。
俺と鬼の勇者たちが作ったこの安全。
今も毎日、毎朝、巡回して危険を排除してる。
俺は元々、この人たちみんなの生活を背負ってたんだ。
今だってやることは一緒。
精一杯やるだけなんだよね。
「じゃ、行こうか。ナタリアさん」
「は、はいっ」
▼▼
夜になり、テラスから見下ろす王都の町並みにはあちこちに明かりが灯って綺麗だ。
それでもまだ、人の姿が途切れていない。
元々父さんの持っていた公爵領は、広いことは広かった。
けれど実際、安全に生活できる範囲は、領地全体からみたらほんの一割にも満たなかったんだ。
けれど鬼人族のみんなと、グリフォン族の人たちのおかげで、残りを使えるようになった。
魔獣を駆除することで、新たな農地が利用できる。
そこから採れる農作物は王都だけじゃなく、領都の人たちの生活にも潤いを与えることができるはずだ。
クレンラード王国王都を含め、人が生活する場所の数倍はあるこのクレイテンベルグ。
それこそあちらの王都がすっぽりと、何個も入ってしまうほどの大きさがある。
夕食を摂り終わり、父さんとこうしてここでお酒を飲めるなんて、思ってなかった。
それもみんな、ナタリアさんが父さんの身体を治癒してくれたからだね。
まだ全快したわけじゃないから、すぐそばで母さんがじっと見張ってる。
もちろん、父さんが調子に乗って飲み過ぎないように。
「ウェル君」
「はい」
「こうして君と、お酒を飲める日がくるなんて、あのときは思ってなかったよ」
あのときってきっと、父さんの城へ通うようになった、俺が十五のときのことだと思う。
母さんが俺の部屋を用意してくれて、辛いときはそこで、母さんの膝を借りて泣いてたあの日。
父さんもずっと、見守ってくれてたのは知ってる。
いや、エルシーがこっそり教えてくれたから、知らないままでいるわけにいかなかったんだよね。
「はい。ナタリアさんにはほんと、頭が上がりません」
「そうだね。本当に、自慢の娘だよ」
「うんうん。娘って本当にいいですよね」
「あぁ。たまらないね」
俺と父さん、このあたりが似てるんだよ。
口には出さないけれど、俺も父さんもロードヴァット兄さんが羨ましかった。
いや、恨めしかった。
だから、父さんも許せなかったんだと思う。
娘たちを、あんな風に育てちゃったことを、……ね。
俺も残念に思ってるよ。
二人とも、赤子のときから知ってたからさ。
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。
書き続けるための、モチベーションの維持に繋がります、どうぞよろしくお願いいたします。