第六十八話 街道の開通式典。
旧領都の一番端だった場所。
今は沢山の人が、式典を待ってくれている。
ここから先は、新王都へ向けた敷設したばかりの街道が続いている。
道の真ん中には旧公爵家の家紋が入る馬車
馬車の周りを二十歩ほどあけて、鬼人族の勇者たちが四方を囲む。
ライラットさん、ジョーランさん。
ジェミリオさん、アレイラさん。
旧領都の皆さんは、この四人が魔獣から守ってくれていることを知っているからか。
かけ声がかかるほどに、人気者になっているようだ。
公爵だった父さんが、こうして皆さんの前に出るのは何十年ぶりなのだろう?
それこそ、元気な姿を見せるのは初めてなのかもしれない。
隣に座る、公爵夫人だった、元聖槍の勇者の母さん。
向かいには、俺の奥さんナタリアさんと、デリラお姫様。
デリラちゃんは特に人気者だ。
なにせ、聖槍の勇者様の孫娘なんだから。
エルシーはどこにいるかって?
ほら、俺の腰に大太刀が差してあるよ。
実はまだ疲れがとれてないんだってさ。
あの『聖魔石』って、かなり厄介な代物だったんだな……。
だから今回はここから見ててくれるって。
『えぇ、正直言うとそうなのよね。二人の手前、ちょっとだけ無理しちゃったけれど』
馬車が四人乗りだったからっていうのもあるらしいんだけどね。
『それもないとは言わないわ。あたしがそこで立ってるわけにもいかないの。しっかりしなさいね、ウェル』
はいはい。
わかってますよ。
馬車には俺の乗る場所もなかったりするから、前に立ってるんだ。
普通の国王がどうするのかはわからないんだけどさ。
俺は皆さんに迎えてもらうまでは、こうして毎年姿を見せていたんだ。
そう、勇者としては普通なんだよね。
若い女の子の声は上がらなかったけれど、子供には人気だったんだ。
でも今は、そうでもない。
けれど、『ぱぱさん』、『若様』という声が上がるんだよ。
そうなんだ。
デリラちゃんのぱぱさんであり、父さん母さんの若様なんだ。
俺って相変わらず、そういう認識なんだね。
それはそれで嬉しいけどさ。
あー、鬼人族の人、鬼の勇者たちまでそう呼んでる。
あとでちょっと注意しておこうかな?
ま、いいか。
父さんたちが乗る馬車の後ろには、バラレックさんたちの商隊の馬車が続く。
何台あるんだろう?
一、二、三、四……。
八台あるんだけど?
話によると、新王都に作ってる拠点から、全ての馬車が出て行くことになるんだって。
ということは今まで、この馬車は一カ所に留まることなく、あちこちの国や村などを回って商売をしながら、情報を集めていたんだろうね。
母さんの話では、母さんたちの実家は王都にあった小さな商店だったんだって。
バラレックさんがひとりで大きくしたって、褒めてたんだよ。
本人には言わないらしいんだけどね。
『マリサ商会』って言って、店はないけど、王都じゃ誰もが知ってる名前だったんだ。
この王都に作った拠点の名前は、そうなってたりするんだ。
「――んー。えっとごめん。相変わらず俺。こういうの慣れてないんだわ」
どっと笑いが上がる。
勇者だったときも、苦手だったんだよ。
皆の前で何かを話そうとすると、頭が真っ白になったんだ。
「父さんの治めたこの領都と、俺が作った王都を結ぶ道がやっとできた。これからはさ、好きなときに行き来ができるようになるんだ」
しーんとしてる。
みんな俺の話を聞いてくれてるんだ。
ありがたいよね。
「まだ何もないけど、王都へ遊びにきてくれると嬉しい。あ、そうだ。美味しい果物が採れる農園はあるよ。王城も見学できるようになってるし。……駄目だ間が持たない。ごめん、父さんお願い」
『ほんと、こういうのは前から不得意だったのよねぇ。わたしもだったけれど』
エルシーに似たんだよ、きっと。
『黙らっしゃい』
あはは。
あ、父さんが出てきた。
母さんの支えなしで、俺の隣に立ってるのを見て、どよめきの声が上がる。
それは驚くだろうね。
今まで皆さんの前に姿を見せたときは、いつも母さんが横で支えていたから。
一番喜んでるのは、母さんなんだ。
父さんが後ろを見てる。
母さん、馬車から手を振って、嬉しそうにしてるし。
「あー、うん。皆さん、ご無沙汰して申し訳ないね。僕はこうして元気になった。これも全て、僕の可愛い娘であり、息子、ウェルの奥さん。この国の王妃で、僕の娘のナタリアさんのおかげなんだ」
娘って何度言ってるんだか。
ほらナタリアさん。
まっ赤になって照れちゃってるじゃないのさ?
「僕の妻、マリサが守り、僕の息子のウェルが守ったこの地。僕の後を継いで、新しい国まで興すに至ったウェル。この先はもう、希望しかないと思ってる。ウェルを、娘のナタリアさんを、孫娘のデリラちゃんを受け入れてくれてありがとう。……ウェル、これくらいでいいかな?」
「はい、助かりました」
そのとき。
「ぱーぱ」
あれ?
デリラちゃんが呼んでる。
「どうしたのデリラちゃん」
「んっ」
両手を広げて、抱き上げろ。
そう意思表示してるじゃありませんか?
「これ、デリラ」
「いいって。はい、おいで」
「あいっ」
俺が抱き上げると、俺の首の後ろ。
肩車の状態によじ登ろうとしてる。
「ごめんね。今日はこれで我慢してね?」
俺は右肩の上にデリラちゃんを乗せる。
仕方ないでしょ?
デリラちゃん、今日はドレスを着てるんだものね。
「みなさん」
デリラちゃんの声。
「ありがとぉ」
一斉に拍手。
デリラちゃんは、俺の肩の上で皆さんに手を振ってる。
「だいすきっ」
お姫様の賛辞だ。
皆さんも嬉しいだろう?
そうだよね?
俺だって嬉しいんだから。
『デリラちゃん』、『デリラ姫』、そんな声が上がる。
そこに『ぱぱさん』、『若様』、そんな声が混ざってる。
俺はナタリアさんにデリラちゃんを預ける。
デリラちゃんは、窓から手を振ってる。
「ありがとう。ようこそ、俺の作った王都へ」
上空からは、グリフォン族の皆さんが見守る中。
エリオットさんが操る馬車が進んでいく。
続いて、バラレックさんたちの商隊が続いて進む。
馬車に続くように、皆さんも徒歩で新しい街道を、足で踏みしめながら、感触を楽しみながら進んでくれている。
▼▼
「まだここにいなきゃ駄目かな? 俺も色々説明して回りたいんだけど?」
「駄目に決まっているでしょう? ウェル、あなたは仮にも国王なんだから」
「そうは言ってもさ、……こう。じっとしてるのは性に合わないというかなんというか」
式典の後、俺はデリラちゃん、ナタリアさんの三人で、テラスの上から手を振ってるだけ。
デリラちゃんは楽しそうだけど、ナタリアさんはちょっと恥ずかしいみたい。
まだ慣れていないもんね。
ナタリアさんも王妃様なんだから、慣れてくれると助かるんだけどな。
下から手を振ったり、声をかけてくれるのは、俺のことを知ってる領都の人たち。
鬼人族の人たちは、忙しそうに対応してくれている。
『デリラちゃーん』
「はーい」
『デリラ姫-』
「はーい」
すっごく楽しそうだね。
身を乗り出そうにしながら、皆さんに手を振るデリラちゃん。
『王妃様ー』
『王妃殿下ー』
『ナタリア様ー』
王国の同じ王妃、フェリアシエル姉さんもここまで歓声があがったか?
まぁ仕方ないよ。
ナタリアさんは、あの王女姉妹よりも、綺麗で可愛いんだからさ。
俺のひいき目じゃないと思うよ。
うんうん。
『ぱぱさんー』
『若様ー』
こっちは変わらず。
仕方ないか-。
いくら春先とはいえ、ずっと外に出続けたからか。
デリラちゃんはちょっと疲れてきたみたいだね。
「ウェル。私とエルシー様で、デリラちゃんはみていてあげるわ」
「いいの?」
「えぇ、ナタリアちゃんと楽しんでらっしゃいな」
「助かるよ。俺も飽きてきたところだからさ」
「この子は何を言ってるんだか……」
エルシーったら、そんな露骨に呆れなくても。
母さんまで同調して苦笑しちゃってるし。
俺は母さんにデリラちゃんを預ける。
「あははは。あ、ところで父さんはどこに?」
辺りを見回したけれど、父さんの姿は見当たらない。
「クリスエイルさんなら、グレインさんのところだと思うわ」
「えぇ。あの人ったら、結構好きみたいなのよ」
「あー、鍛冶場に行ったんだね」
そういえば前に、グレインさんが打った聖剣エルシー。
興味深そうに見てたもんね。
母さんとエルシーは目を合わせて笑ってる。
そっかそっか。
父さんもそう言う意味では、男の子なんだね。
俺はナタリアさんに手を差し伸べる。
「散歩してこない?」
「あ、はい。ご一緒します。あ、でも」
「ん?」
「ちょっと歩きづらくて」
俺の姿は、いつもの鬼人族の民族衣装ではなく、父さんと同じ。
ナタリアさんに至っては、ドレス姿だから。
「そっか。じゃ、着替えてこよっか」
「はい。助かります」
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。
書き続けるための、モチベーションの維持に繋がります、どうぞよろしくお願いいたします。