第六十六話 家族三人でお出迎え。
「あ、」
朝ご飯を食べ終わって、俺の膝の上でゆったりしてるデリラちゃんが壁の向こう側を見るようにして言った。
そっちは確か、中庭だったかな?
「ん?」
「どうしたの、デリラ」
「エルシーちゃん、かえってきたよー」
デリラちゃんの『あの力』だね。
もうすぐ六歳になるデリラちゃん。
最近更に磨きがかかったというかなんというか。
こうして俺たちのことを感じるだけでなく、魔獣のいる方角まで言い当てるんだよ。
「ぱぱ、おむかえおむかえ」
デリラちゃんはくるりと向きを変えて、俺に両手を差し出しておねだり。
ナタリアさんを見ると、片付けを終えたみたいで頷いた後微笑んでる。
「よし、母さんたちを迎えに行こうか」
「うんっー」
俺たち三人は部屋を出ると、中央入口へ向かった。
途中、すれ違う侍女さんたちにデリラちゃんは手を振る。
笑顔で手を振りかえしてから、俺たちに会釈。
もはやこれはいつもの感じ。
つい俺も頭を下げてしまうのだが、前にエルシーと母さんに怒られたことを思い出す。
「(おっといけない。俺は国王だっけ……)」
笑顔で頷く程度にとどめておく。
俺の少し右後ろにいるナタリアさんはきっと、会釈しちゃってるんだろうな。
これは慣れが必要なんだよ、ほんと。
階段を降りて一階へ。
そこは広いホールに続く廊下が延びてる。
途中何人かとすれ違うけれど、その度にデリラちゃんは笑顔で手を振る。
ほんと、人気者だよね。
可愛いは正義だ。
ここと全く同じ造りの新しい王城にもあるから、勝手知ったるというものなんだけど。
玄関ホールを抜けると、大きな二枚扉がある。
これは俺も見上げるほどの大きさがあるんだ。
それを片手で軽く押す。
これって俺くらいしかやらないんだって。
それくらいの重さがあるそうだ。
前に平気でやってたとき、驚かれて困惑したことがあったっけ。
『ぎぃ』という軽いきしみの音を伴って扉は開いていく。
外から来る心地よい風が迎えてくれるみたいだ。
昼前なのにそこそこまぶしい日差し。
それでもまだ、暑いというところまではいかない。
城の中庭に当たるこの場所は、その名のとおり目の前に大きな庭がある。
庭を覆うように、円形の軌道を描く道があるんだ。
綺麗に咲く花々を見ながら、俺たちはゆったりと待つことにする。
ややあって、デリラちゃんが指差す。
「ぱぱ。きたよ」
その先に豆粒のように見える黒い馬車。
あれに母さんたちが乗ってるってことだわ。
さっきデリラちゃんが気づいたのは、俺たちがいた部屋だから。
どれだけ広い範囲を感じることができるんだろう?
ナタリアさんの治癒の魔法もそうだけど、末恐ろしい子に育つと思うよ。
きっと、ナタリアさんの良い部分を受け継いだんだろうね。
馬車が目の前に停車する。
御者席にはエリオットさん。
上空からはルオーラさんも降りてくる。
馬車のドアが開けられると、最初に父さんが降りてくる。
「出迎えありがとう」
そう俺に言うと、父さんはデリラちゃんの頭を撫でる。
「おかえりなさい。おじーちゃん」
「ありがとう。デリラちゃん」
もう、じじ馬鹿だね。
すっごく嬉しそうな表情してるし。
俺もあんな目をしてるんだろうな。
きっと。
「お帰りなさい。お父様」
「……うん。ただいま」
ナタリアさんの出迎えに、何やら感極まってる感じ。
今にも感涙を流しそうな勢いだよ。
うん、娘は良いよね。
娘は。
父さん、俺もよーくわかるよ。
母さんが出てくる。
父さんが手を差し出すと、その手をとって足元の段をゆっくりと降りる――と思ったら、走ってこっちに来るし。
「デリラちゃん。ただいま」
両手を広げて満面の笑顔。
あぁ、母さんはこういう人だったっけ。
「おばーちゃんっ」
デリラちゃんは俺の腕から飛びつくように母さんの胸へ。
母さんはデリラちゃんの頬に、自分の頬をすりすり。
母さんもまた、至福の表情なんだよね。
デリラちゃんも母さんと父さんが大好きだからね。
六歳になろうとしてる今、凄く活発で足の力も増えてる感じ。
俺の腕を踏み台にして飛びつくなんて、立派立派。
ぱぱは嬉しいよ、ほんとに。
最後に降りてくるはずのエルシー。
あれ?
「あれ? エルシーだよね?」
「そうよ。誰に見えるわけ?」
「いやだってその。服と髪型がさ」
確かにそうだよ。
まるでさっき何人もすれ違った侍女さんたちと同じ服装してるんだ。
「あぁ、この服ね。それはそうよ。わたしはお忍びだもの。デリラちゃん、ただいま」
母さんが抱くデリラちゃんの頭をなでなで。
「うん。エルシーちゃん」
あ、父さんったら苦笑してる。
なるほど、打ち合わせをした上でのってヤツだったわけだ。
「エリオットさん、ルオーラさん。お疲れ様」
「ありがとうございます。若様」
「ウェル様。ありがとうございます」
エリオットさんは、今でも俺のこと『若様』って呼ぶ。
ルオーラさんも前と変わらず。
殿下とか陛下とか呼ばれないから気持ちが楽だったりするんだ。
エリオットさんはルオーラさんの、執事としての師匠のような存在。
もちろんルオーラさんは、人間界の様々な情報を得てるはずだから、そういう呼び方を知ってるはずなんだけど。
それだけ気を遣ってくれてるんだろうね。
すっごく助かる。
俺たちはそのまま食堂へ。
父さんたちはあちらで食事を摂らなかったらしく、軽く食べてる最中。
デリラちゃんは、旧領都で人気の甘い水菓子をご馳走になってる。
何やら果物の果汁と果糖を、海で獲れるなんだかで固めて冷やしてるとか。
「ぱぱ、あーん」
「ありがと。あーん」
軽い刺激のある果物の香りと、すっきりとした甘み。
ざくざくとした変わった食感が、男の俺でもなかなかの味に感じる。
お酒のお供にも良さそうな感じだね。
「おいし?」
「うん。美味しいよ、ありがとう」
「うんっー」
ナタリアさんは自分で作るべく、ここの料理人さんに聞いてたから理解してるみたいだけど。
俺にはさっぱりわかりませんわ。
エルシーは大太刀に戻って一休みしてるよ。
さっき俺がマナを分けたところ。
かなり消耗したみたいだけどさ。
『食事が終わったら話すわ。少し休ませてちょうだい』
――って言ってたんだよ。
何があったんだろう?
『――色々あったのよ。あれはとにかく酷かったわ』
「(あ、エルシー起きたんだ)」
『えぇ。貯めていたマナを消費しただけ。それよりウェルは大丈夫なの? かなりの量を分けてくれたみたいだけど』
「(あぁ、大丈夫。ここのところマナを消費することが少なかったからさ)」
魔獣の討伐も、勇者たちがほとんどやってくれてるし。
俺は街道の敷設と魔石の加工だけだから。
肉体的には疲れてたけれど、マナはそんなに消費していない、……はず。
『……ほんとう。人間離れしちゃったわね』
「(今更それを言う?)」
『そうね。食事も終わったみたいだし、元の姿に戻るわ』
「(どっちが元の姿なんだろう?)」
『この状態では姿がないもの』
「(そうだった)」
俺の背中で気配が動く。
エルシーが大太刀から姿を変えたんだろう。
「よいしょっと」
その証拠に、彼女の声が聞こえてきたからね。
「エルシー様が戻られたようだから、そろそろいいかな?」
「えぇ、そうですね」
父さんと母さんはお茶を飲んで寛いでいる状態だった。
俺とデリラちゃん、ナタリアさんが並んで座ってて。
向かいには母さんと父さんが座ってる。
壁際には、エリオットさんとルオーラさん。
母さんの横にエルシーが座った段階で、話は始まった。
「ウェル君も――あぁ、僕はこっちの呼び方のが慣れているものだからつい。申し訳ないね」
「いいえ、続けてください」
父さんらしいというか、なんというか。
「こほん。……ウェル君も知っての通り。僕はつい先ほど、クレンラード王国、公爵の位を返上してきたんだ」
「やっぱりそうだったんだ」
「あぁ。僕はこれでただの、マリサの夫で、ウェル君とナタリアさんの父で」
デリラちゃんを見て微笑んで、ナタリアさんを見て目尻をもっと下げてるし。
「デリラちゃんの祖父、おじいちゃんでしかなくなったんだ。なに、幼い日から僕は、王となるべく教育は受けてきたんだ。最低限、この国の政治的な防壁にはなれるはずだよ」
軽く言ってくれるよね。
母さんが一目惚れしただけはあるよ。
かっこよすぎる。
俺がまだ若かったとき、勇者だった母さんに憧れたように。
横に並ぶ父さんにも、憧れた時期があったんだよね。
優しくて、強い意志を持ってて。
とても適わないなと、思ったんだ。
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