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第六十五話 お留守番中のできごと。ナタリアさんのある懸念。

 愛おしい愛らしい娘デリラちゃんの寝息が聞こえるほど静かな部屋で、俺とナタリアさんはお留守番。

 母さんと父さん、エルシーは『大事な用事があるから』と、クレンラード王国の王城へ出かけている。

 そのため、俺たちは、クレイテンベルグの旧領都にある、父さんの城でこうして待っているわけだ。


 今日の午後からは、新しい王都と旧領都(ここ)を繋ぐ、街道の開通式が待ってる。

 旧領都に住むの職人さんたちや、手伝ってくれている若い世代の人たち。

 鬼人族の人たちや、グリフォン族の人たちが手伝ってくれて、式典の準備をしてくれているんだ。

 俺はその会場を見ていないから、どんな感じに仕上がるのか、正直楽しみだったりする。


 留守番しているこの部屋は、俺が十五のときに母さんが、父さんにお願いをして用意してくれた俺の部屋なんだ。

 あのとき俺は、王城の宿舎で寝泊まりしてたから、月に一度くらいしか使ってなかった。

 けれど今は、俺たち家族が滞在するときはこうして使わせてもらってる。


 あのときよりも更に大きく広いベッド。

 俺とナタリアさん、デリラちゃん三人で眠っても落ちないくらいに大きい。

 そこにデリラちゃんがひとり、気持ちよさそうに寝ている訳なんだ。


 この部屋には、母さんが用意してくれた、デリラちゃんとナタリアさんのドレスが沢山用意されてる。

 もちろん、今日の式典に着ていくものも選んであるわけだよ。

 俺の礼服も、父さんと同じものが用意してある。

 両方とも母さんが選んだんだってさ。


『デリラちゃんほんっと、可愛いね』

『えぇ。あたしの娘ですもの』


 俺たちの、なんだけど。

 そこはあえて、突っ込まないでおいとく。

 なんせナタリアさん、自慢げに言うもんだからさ。


 俺たちは、長椅子に並んで座り、デリラちゃんを眺めてる。

 だから小さい声で囁くように話しても、十分聞こえるんだ。


『そうだよね。ナタリアさんが可愛いから、デリラちゃんはもっと可愛いんだ』

『あなたったら。また、大げさに言うんですから……』


 相変わらずこう褒めると、ナタリアさんは頬を染めてしまって、俺から視線を外してしまうんだ。

 こういうところが、俺より年下の奥さんっていう感じでさ。

 可愛くて仕方ないんだよね。


『あら? それ、何かしら?』

 

 ナタリアさん、何やら俺の顔かな?

 顎かな?

 その辺りを見て、首を傾げてるんだ。


『あなた』

『ん?』

『服、脱いでもらえますか?』

『いいけど。ここで?』

『はい』

『その、……さ。デリラちゃん、そこで寝てるんだけど?』


 ナタリアさんはきょとんとした表情。


 うん。

 ナタリアさんはさ、『そういう意味』で言ったんじゃないのはわかってるんだ。

 もちろんちょっとした俺の悪戯(いたずら)だったんだけどね。


 少しだけ間があって、俺の言ったことに気づいたんだと思う。


『……ば』

『ば?』

「馬鹿なことを言わ――」

『しーっ……』

『あ、その。すみません……』


 俺が口元に指をもっていき、もう一方の指で寝ているデリラちゃんを差す。

 ナタリアさんも状況がわかったんだろうね。

 頬を真っ赤に染めて、俯いてしまった。

 それでもすぐに、何か思い出したような表情をして顔を上げるんだ。


『あなた、違うんです。ちょっとこちらへ来てください』


 俺は手を引かれて、壁際に連れて行かれる。

 そこにはナタリアさん用に用意された、姿見のある机。

 王城(あっち)にもある母さんから、確かイライザ母さんにも贈られたものだった。

 そういえば、『女の身だしなみを整えるのには必要なものなのよ』って、エルシーも言ってたね。


『ここに座ってください』

『う、うん』

『前、見てください』

『うん』

『ほら、ここ』


 ナタリアさんが指差すとこ。

 それは、俺の襟元。


『あれ? もしかして、これ?』

『そうです。その黒いものです。おかしくないですか? それ』


 確かに、首元に黒い影のようなものが見える。

 あれれ?

 こんなのあったっけか?


『だからあたし、『服、脱いでください』って言ったんです……』


 そっか、そう言う意味だったんだ。

 意地悪な解釈をして、ごめんねナタリアさん。


『わるかったってば』

『わかればいいんですっ』


 ナタリアさん、横向いて拗ねちゃってる。

 ほんと、可愛いったらありゃしないね。


 俺はナタリアさんの言うように、上の服を脱いだ。

 そのままやや半身になって、左の肩から首元を姿見に見えるようにして。

 映し出してみたんだ。


『――な』

『何です? これ?』

 

 俺もナタリアさんも、『それ』を見て驚いた。


 左肩(そこ)に刻まれていた烙印。

 俺が勇者をやめさせられたあの日。

 黒い竜が二匹、絡み合うようにとぐろを巻いているような烙印。

 それは確かに前からそこにあった。


 俺はナタリアさんのように、毎日姿見に自分を映したりしないから。

 気にすることはほとんどなかったんだ。

 前に烙印を見たとき。

 あれってどれくらい前だったかな?

 ヘタすると、ナタリアさんと一緒になるときだったかも。

 

 あのときよりも、『邪竜の刻印』が少し大きくなってる。


『前に見たときと、違うように見えるんですけれど』


 あのとき、クレンラード王国からの追放が決まって。

 外へ連れ出される前の一晩、牢に捕らえられていたんだよな。

 手枷と足枷をされていて、目隠しもされてた。

 魔剣も取り上げられていたし。


 夜もまだ寒くてさ、ついくしゃみをしたとき、手枷が『みしっ』って軋んだんだ。

 あれもしかしたら、目一杯力入れたら、きっと壊れてた。

 素手でも多分、牢くらい出ることもできたんだと思うよ。


 それでもさ、ロードヴァット兄さんたちに、あれ以上迷惑かけられないと思って。

 俺は大人しくしてたんだよ。


 翌朝、連れ出される前に、俺の左肩にさ。

 『この国へ侵入できないよう、処置を施させてもらう』って、あの元騎士団長(あほう)が言ったんだ。

 すると、左肩に何やら火で炙られたような、それに似たやや強い刺激のようなものが走ったんだ。

 あれがきっと、『邪竜の刻印』を烙印として刻んだときなんだと思うよ。


 それほど痛くはなかったけれど、あれっておそらく魔法か何かだったんだろう。

 あのあと、他の町でほら。

 肩に触れて、詠唱みたいなものを唱えると光ったんだよな。

 俺だけあんな確認されたところみるとさ。

 俺だってわかるような、特徴の有る人相書きのようなものでも出回ってたんだと思う。

 ほんと、用意周到というかなんというか。

 そこまで嫌われてたんだねぇ……。


『一応さ、十年くらいで消えるって言われたんだけど』

『その、……消えるどころか、大きくなっているように見えるのですが?』

『うん。そうなんだよね。……あ、そうだ。父さんにあとで聞いてみるよ。こういうのは詳しいと思うからさ』

『絶対ですよ?』

『わかってるって。心配させてごめんね』


「――ぱーぱ?」

「あ、起きたみたいだよ。おはようデリラちゃん」

「おはよ。ぱぱ」


 女の子に多くて、俺たち男じゃ身体の構造上難しいはずの。

 足の膝から下を外側にして、お尻からぺたんと座るあの姿。

 こっちみて、きょとんとして首を傾げてる。


「可愛い……」

「かわい?」

「あなた、声に出てますよ」


 ナタリアさんを振り向くと、何やらものすごく呆れた表情をしてた。

 こんな顔もするんだね。


「いやその。あ、あははは……」


 ここはもう、笑って誤魔化すしかないってもんだ。


「ほら、デリラ。顔を洗ってきましょ。そのあと、ぱぱと一緒にご飯にしましょうね?」

「うん。かおー」


 ややあって、顔を洗って戻ってくるデリラちゃん。

 勝手知ったる父さんの屋敷。

 ひとりで、お風呂の手前に行けるくらい。

 何度も遊びに来てるから、デリラちゃんも覚えてしまったんだと思うよ。


 あっという間にお弁当を広げて、ナタリアさんは朝ご飯の準備を終えていた。


「じゃ、食べようか?」

「うん。せいれいさまの――んっと、わかんない。いただきます」


 鬼人族に伝わる、親から子へ、子から孫へ伝えるっていう。

 精霊に日々の糧を感謝する言葉らしいんだけど。

 俺も良くわからないんだよね。

 ほら、元人間だし。

 

 伝統は大事にしなきゃ駄目だよね。

 デリラちゃんも鬼人族の長直系なんだし。

 俺もあとでちゃんと教えて貰わないとだわ。


「あはは。いただきます」

「はい」


 ナタリアさんも、笑ってる。


 心配させちゃ駄目だからさ、父さんにあれは聞いておこう。

 まぁ、心配はないと思うんだけどさ。

 エルシーだったら『魔王様なんでしょう? それくらいなんてことないわよ』って笑うんだろうけどね。


「ぱぱ、あーん」

「はい。あーん」

「おいし? ね? おいし?」


 そりゃナタリアさんが作ったご飯だ。

 美味しくないわけがない。

 でもデリラちゃんはそういうことを聞いてるわけじゃない。

 デリラちゃんが食べさせてくれるんだから。

 もっと美味しいに決まってるんだ。


 きっとさ、『ナタリアさんに食べさせてもらったらさ、もっと美味しく感じるんだよ』って言ったときのことだろうね。

 ナタリアさんが前に食べさせてくれてさ、俺が褒めたのを見てたんだと思う。


「うん。すっごく美味しいよ」

「うん。おいしーねっ」


 デリラちゃんも自分で食べて、ご満悦。


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