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第六十四話 開通式の日、父の決心。その4

 【エルシー視点】


「触れて確認しても構わないのかな?」


 クリスエイルさんはロードヴァットに『聖魔石へ触れても構わないか?』。

 そう尋ねたわ。


「はい。大丈夫です。ただ、気をつけてください。前に触れた際、倒れてしまいそうになるほど、痛みというか苦しさのような感覚がありましたので」


 なるほどね。

 青ければ青いほど、魔石はマナの吸収が強いのでしょう。

 もし『何か』があったとしても、わたしが倒れるような大きさではないでしょうね。


「マリサ」

「はい。お願いできるかしら? エルシー……」


 そんな申し訳なさそうな顔をしないの。

 再会を果たしたあの日から、あなたはわたしのことを『エルシー様』って呼ぶから。

 今のように呼ぶのは、心苦しく思ってるんでしょう?

 ありがとう、マリサちゃん。

 あなたの気遣い、十分にありがたいわよ。


「はい。かしこまりました」


 わたしは数歩前に出て、指先でそっと聖魔石に触れてみた。

 確かにマナを持って行く感じはあるわね。

 けれど、わたしにとって指先がかゆくなる程度。

 さ、それより、目を閉じましょ。


 なにこれ?

 なんだか、凄い。

 わからない――わからないのだけれど。

 なんでしょうね?

 痛みや、苦しさ。

 苦しいほどの憎悪にも似た、そんな『何かを訴える感じ』が流れ込んでくる。

 これはロードヴァットには辛すぎるでしょう。


「これは、わたしたち鬼人族のものではありませんが。魔物――わたしたちの言うところの、魔獣でもありません」

「それでは――」

「ですが、……恨みや辛さ、酷い憎悪。そのようなものを感じられます。もしかしたら、どこかの種族、……人であったのかもしれません」


 大げさに言ったのだけれど、後で二人には説明しておこうかしらね。

 他の種族か、それだけ知能の高い魔獣のものだったかもしれないわ。


「そ、そんな代物だったのですかっ?」

「例えば、馬車を引く馬なども、知能が高いとされているはずです。今となってはわかりませんが、そのように知能の高い魔獣がいるとしても、おかしくはないかと思われます」


 わたしの後ろから、マリサちゃんが肩に手を置いてくれる。

 後ろを見ると、クリスエイルさんが何か言いたそうな表情をしてるわね。


「……マリサが勇者だった二十年の間。国庫から出されることはなかった。聖女の杖もそうだが、この国で作られたものではないだろうね。文献にも一切書かれてはいなったから」


 マリサちゃんも頷いたわ。


 ウェルが一人前になって、あのマリシエールが治癒の魔法に目覚めたあたり。

 確かウェルが二十半ばになるまでは、マリサちゃんのために派遣されていた先代の聖女さんがいたのよね。

 この杖が国庫の奥から出されたのは、マリシエールが聖女となった後でしょう。

 彼女がいくら聖女と呼ばれていたからといって、治癒の魔法を多少使える人間だっただけ。

 治癒の魔法を普通に使える、鬼人族の女の子にも劣るかもしれないわ。

 マナを扱える技量も経験も、身体に内包するマナの量も違いすぎるのですから。

 比べる方がおかしいかしらね?


「そうだね。おそらくは、僕たちのお爺さま以前。この国へどこからか贈られた。もしくは貸し与えられた可能性が高いとも言える」

「マリサとウェルが勇者であったとき、魔石の責任を負っていた家はどこだったのかな?」

「はい。ミュラット伯爵家でした。国外追放となった後は、直接私が指示を出しています」


 この間聞いた、クリスエイルさんの話では確か……。

 ミュラット家のはあの元騎士団長(できそこない)が罪を受けたとして、当主は死罪を免れたって。

 ただし廃爵されて、一族は国外追放になったって聞いたわ。

 もちろん、ウェルのような印は刻まれたりしていないのよ。

 不公平よ、全く。

 まぁ、他国へ無事たどり着けるかどうか。

 それだけでも十分罰にはなってるんでしょうけどね。


「なるほどね。確かにあの家は、家格だけは高かった。筆頭伯爵家でもあっただろうからね。いや、ちょっと待て……」


 クリスエイルさんは顎に手をやって、少し考え始めたわ。

 ややあって何かを思い出したように、顔を上げたのよ。


「もしや、先代の聖女が派遣されてきた国。聖王国との外交も?」


 クリスエイルさんは別に、今思い出したわけじゃないのよね。

 わたしもマリサちゃんも、この話を切り出すこと、実は知ってたのよ。


「はい。そうです……」

「マリサやウェルが討伐した魔物の魔石。それが全てこの国だけで消費されていたとは思えない」

「はい……」

「それは調べがつき次第、追って報告すること。いいね?」

「わかりました」


 マリサちゃんとウェルが倒した魔獣は、かなりの数だったと思う。

 マリサちゃんの弟バラレックさんも、小さな魔石だとしても、価値は金貨に劣らないと言ってたわ。

 マリサちゃんの二十年、ウェルの十九年。

 どれだけの収益を上げていたか、そこに不正はなかったか。

 調べさせるって、クリスエイルさんは約束してくれたわ。

 あなただから、デリラちゃんがウェルの背中を押してくれたと思うのよ。

 良い夫を持ったわ、マリサちゃん。

 良い父親を持ったわね、ウェル。


「ロードヴァット」

「はい」

「もし、約束を違えたら。……ウェルには魔物の討伐から手を引かせる。いいね?」

「も、もちろん約束は守ります」

「ならいいんだ。では――」


 この後は、公爵を返上した後の話がされていたの。

 例えば、クレンラード王国側に発生した魔獣を討伐した場合。

 食用可能な魔獣は、わたしたちだけでは、食べきれない数になってしまうから。

 肉も一緒に魔石と譲ることになるのね。

 その代わりに、討伐の報酬として魔石本来の価値の、倍の額を金銭で納めるなど。

 そのような細かな取り決めが交わされたわね。


 続いて、ロードヴァットから後始末に関する報告があったわ。

 勇者だった少年のその後。

 王女だった二人のその後。

 戻ったらウェルにも教えてあげなきゃいけないわ。

 あの子はほら、優しい子だから。

 知らないというだけで、余計な心配をしてしまうから。


「以上で、此度の要件は全て終わった。これからも良き隣人でいてくれることを祈ってるよ」

「はい。間違いなく」

「はい。お約束いたしますわ」


 クリスエイルさんが立ち上がって、踵を返そうとしたのだけれど。


「待ってください。あなた」

「おや? 何か忘れていたかな?」

「もうひとつ大事なことを忘れていましてよ」


 クリスエイルさん、座り直して首をかしげてるわね。

 何かしら?

 わたしも全て終わったと思ったのだけれど。


「私たちと約束した、もう一つの報告がなされていないのです。フェリアシエルさん」

「は、はいっ」


 まさか今回、自分が矢面に立たされるとは思っていなかったのでしょう。

 わたしも予想外だったわ。


「ロードヴァットさんは、励まれているのかしら?」

「はい?」

「国王のお勤めのことです」

「あ……、はい。その、毎晩とまではいきませんがその」


 フェリアシエルったら、頬を染めてうつむいてしまったわ。

 跡取りの話。

 養子を取らずもう一人跡取りをと、約束させたんだったわね。

 ロードヴァットは、まだわからないみたいだけれど、クリスエイルさんは気づいたみたい。


「マリサ。その話はほら、この場で訊くようなことでは――」

「いいえ。そういうわけにはいきません。ロードヴァットさん」

「は、はいっ」

「滋養のあるものを摂り、もっと励みなさい」

「あ、はいっ。頑張りますっ」

「そんな、直接的な言い方をしなくても、だね?」

「いいえ。ロードヴァットも、フェリアシエルも四十手前。まだまだ大丈夫なのです。私だって本当なら……」

「そうだった。すまなかった……」


 クリスエイルさんは立ち上がって、マリサちゃんの肩を抱くようにしてる。

 そうよね。

 マナを激しく消費しさえしなければ。

 マリサちゃんにも――ううん、わかってる。

 ウェルたちにはもっと親孝行をさせなきゃいけないわね。

 戻ったら言ってあげなきゃ。


 ロードヴァットとフェリアシエルに見送られて、わたしたちは城を後にした。

 これで名実ともに、クレイテンベルグ公爵領は、鬼人族とグリフォン族、人間の住む国。

 鬼人族国家クレイテンベルグの一部になったわ。


 王都と旧領都の間には、国境としての関が建設され始めてる。

 岩山から切り出してきた石材を積んだだけの状態だけれど、明日からまた再開するとのことだったわね。

 さて、戻ったらウェルたちと軽くお話をしたあと。

 街道の開通式が待ってるわね。



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勇者召喚に巻き込まれたけれど、勇者じゃなかったアラサーおじさん。暗殺者(アサシン)が見ただけでドン引きするような回復魔法の使い手になっていた。

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