第六十三話 開通式の日、父の決心。その3
【エルシー視点】
クリスエイルさんは、ロードヴァットのお兄さん。
身内だからこそ、厳しくできるのでしょうね。
「それならば、民にとって良い王となるよう日々努力するように。これより僕たちは、親族ではなく隣人になる。この先良い関係が続けられるかどうかは、お前たち次第なんだろう。クレンラード王国が約束を違えない限り、僕たちは隣人でいようと思う。大丈夫。外交は今まで通り僕が行う。ウェルを決して矢面に立たせるようなことはしない」
「はい」
「僕は丈夫に生まれ育つことができなかった。けれど、亡くなった父や母を恨むことはなかったよ。ただ単に運が悪かった、それまではね。いつまで生きられるかわからない、ただの惰性で生きていた僕に、憧れが生まれた。その人がマリサだったんだ。自分の命と引き換えに、魔物を倒すマリサは輝いていた。マリサは、こんな僕を選んでくれた」
マリサちゃんだってね、普通の商家の生まれなのよ。
そんな彼女は、王子様だったあなたに憧れていたの。
お互い様なのよ、本当にね。
「そんなマリサが、息子のように可愛がっていたウェルも、僕を慕ってくれていたのを知ってる。身体の弱い僕と、マナを消費しつづけたマリサの間には、子供は望めないことも覚悟していたさ。だから身寄りのないウェルを、息子のように長い間二人で見守ってきたんだ。ずっと見てきたから知ってる。あの子があのような悪さをするわけがない。そうだろう? お前たち二人だって、自分の弟のように可愛がっていたんだから」
「…………」
「娘二人が可愛いのはわかる。だが、お前たち以上に、この国の民を思い、愛し、助けようと身体を張ったウェルを……。何故あのとき、身体を張って助けてやれなかった? それが僕には不思議でならない」
「……すみませんでした、兄さん」
「ウェルの。あの子の期待をもう二度と、裏切らないでやって欲しい」
「わかりました」
「フェリアシエルさんも頼む」
「お義兄様、申し訳ございませんでした……」
マリサちゃん、ほら、涙拭きなさいって。
あなたの言いたいことを全部言ってくれて、感極まっちゃってるし。
あぁもう、傍に行って拭ってあげたいわ。
ほんと、あなたも昔から涙もろいのよねぇ……。
あ、そうそう、今のわたし侍女だったわ。
そっと近づいて、肩をつんつんして。
『――マリサ様。失礼いたします』
小声で話しかけて。
手ぬぐいで、そっと目元を押さえるように拭いてあげて、……と。
これでいいでしょ。
「ありがとう――」
『お気になさらずに』
軽く微笑んで。
あとは不自然にならないように、後ろ歩きでそっと戻る。
いいわ。
まるで本当の侍女みたいだったわね。
「さて、僕が帰る前に二、三確認したい案件があるんだが、いいだろうか?」
「はい。如何様なことでも」
ここからがわたしが今日、同行した理由でもあるのよ。
噂でしか耳にしたことがないから、この目で確かめなきゃいけないと思っていたの。
昨日、クリスエイルさんにお願いしたことでもあるのよね。
ウェルも見たことがないって言ってたから。
「ありがとう。まずは王家で保管している、聖魔石の件についてだが」
「……聖魔石ですか」
「そう。この城の国庫に保存されている聖魔石だ。国宝とされていながら、祭事にすら日の目を見ることのない代物。民の目に触れるものは、『聖女の杖』だけだという事実も、異様だと僕は思っていた」
実はその聖魔石。
わたしが生きていた時代には、噂も聞くことはなかった。
もちろん、『聖女の杖』もなかったと思うわ。
「確認したいのだが、いいかな?」
「はい。断る術など、私にはありません」
国王、王妃の私室より遙か下の階。
地階の二階部分にあたるところに、この城の国庫はあったわ。
厳重に施錠された正面扉。
鍵は執事のロイドさんが開けてくれた。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとう」
ロードヴァット、フェリアシエル。
クリスエイルさん、マリサちゃん。
わたしの順で入ろうとしたときだったわ。
ロイドさんがわたしの行く手を阻もうとしたのね。
「大変失礼ではございますが、侍女と思われるあなたはお断りしたいの――」
「いいんだ。彼女はマリサの侍女であり、鬼人族の巫女なのだから」
「鬼人族の巫女様?」
あらいやだ。
巫女様だなんて、照れてしまうじゃないの。
わたしは精霊なのだから、似たようなものでしょうけどね。
「そう。今回、聖魔石と聖女の杖に、ある懸念が浮かんできた。そのため、双方の確認をする際に、必要と判断したから連れてきた。別に断るとは言わないね? ロードヴァット」
「は、はいっ。もちろんです」
もうほとんど、脅しじゃないの。
クリスエイルさんも、マリサちゃんも平静を装っているけれど。
未だに相当、腹に据えかねている部分があるみたいだわ。
それもそうなのよ。
わたしがここに来たのはその聖魔石と、聖女の杖の先端に埋められているという紫の魔石。
それらが鬼人族の遺品ではないと、確認するためなのよね。
鬼人族女性が残した角と親和性の高かったわたしなら。
触れただけでわかるんじゃないかと思ったの。
わたしたち三人で話し合って、確認しようということになったわけなのね。
「マリサは見たことがなかったね?」
「はい。そうですね」
「僕も一度だけ、父が生きていたときに見たきりなんだよ」
「お父様ですか……」
先代のクレンラード国王は、マリサちゃんが勇者になったあとに亡くなったのよね。
ロードヴァットが即位して、フェリアシエルと一緒になったあたりだったかしら?
民思いの、良い国王だったのは憶えているわ。
勇者が女の子だったから、マリサちゃんは大切にしてもらっていたのよね。
「辛いことを思い出させてしまって悪かったね」
「いえ、大丈夫です」
国庫の奥へ歩いて行く。
様々な箱が両脇に積まれている。
宝物庫も兼ねているらしく、様々なものが収められているんでしょうね。
一番奥の突き当たり部分。
壁には、そこには抱えられるほどの小さな扉。
王族のみが開けることを許されているという扉。
クリスエイルも王族だったのだけれど、公爵として王都の外にいたから。
鍵を持っていなかったのと、ここへ来る理由もなかったのでしょうね。
その扉の手前には、聖女でなくなった元王女、マリシエールが手にしなくなったことで深い造詣の杖が掲げられているわ。
その杖は、手元から上に向けて、数個埋め込まれた透明度の高い赤い魔石。
先端には紫色の大きな魔石が鎮座してる。
マリサちゃんが勇者だったときに、派遣されていた先代の聖女にも貸与されなかったという国宝のひとつね。
「いいかな?」
「はい。存分に」
「マリサ」
「はい。あなた」
クリスエイルさんは、マリサちゃんにお願いした。
杖を持って、わたしの前に来てくれる。
わたしは先端にある、女性の手のひらほどの、ひときわ大きな魔石に触れてみた。
それだけで、紫色の魔石と、細かな魔石の『何か』を感じられるから。
細かなとはいっても、子供の手のひらくらいはあるのだけれどね。
「――大丈夫だと思われます。これは、わたしたち一族の魔石ではございません」
この色味は、鬼人族誰の角にもなかったわ。
周りの小さな魔石も、綺麗ではあるけれど。
暖かな感じがしないから鬼人族由来のものではないはず。
考えたくはないけれど、他の種族――ううんきっと、魔獣の魔石なんでしょうね。
その昔、わたしが倒した魔獣の中にも、ここまでではないけれど、似たような色味の魔石があったと聞いていたから。
ほっとした表情で、マリサちゃんは杖を戻した。
次は奥の扉ね。
「ロードヴァット」
「はい。今」
太い金属製の鍵。
鍵穴に入れて回すと、金属が擦り合うような鈍い音が聞こえる。
ロードヴァットが扉が開けると、そこには上蓋のない木の箱。
柔らかい布が敷かれていて、その中央に、確かにわたしたちの小指ほどの大きさ。
青く澄んだ小さな魔石が置かれていたのね。
これが、聖魔石。
確かに異様な感じがするのは間違いないと思うわ。
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