第六十二話 開通式の日、父の決心。その2
【エルシー視点】
クレンラード国王ロードヴァットと、王妃フェリアシエルが住む王城が見えてきたわ。
王都に入ってからここまでの道中。
商店などの建物にも、荒んだ感じはまったくなかった。
クリスエイルさんが以前言っていたように、この国はある程度以上裕福なのでしょう。
馬車は城の裏手へ進んでいく。
裏手にある入り口。
ここは資材や、城勤めの人の出入りが行われる場所のでしょうね。
馬車の通れるほど大きな門が。
近づくと門が開いて、そこは中庭に通じていているようね。
中庭に向かって馬車が門を抜けると、門が閉められたわ。
ゆっくりとそのまま進んでいくと、ややあってやっと馬車が停まったみたい。
そこで待っていたのは、執事の服装をした、エリオットさんよりやや若く見える男性。
エリオットさんは、彼の元へ歩いて行く。
迎えてくれた彼も、きっとこの城の執事なんでしょうね。
彼の顔は、なんとなく見覚えがあるのよね。
……ロイドという名前、だったかしら?
確かウェルがそう呼んでいたような憶えがあるわ。
毎日見ていたわけじゃないから、なんとなくなのよね。
安全が確認されたのか、エリオットさんが戻ってくる。
客車のドアが開けられて、最初にクリスエイルさん。
続いてマリサちゃん。彼女の次は、わたしが降りていく。
普通なら侍女のわたしが先に降りるべきなんでしょうけど。
まぁそれは建前でしかないから、気にしないことにしましょうか。
今のところ、マリサちゃんとクリスエイルさんに対して、敵意を向けている気配が、感じられないから。
警戒しすぎるのもわざとらしくなってしまうのよね。
素手だからといって、マリサちゃんに適う者がどれだけいるか?
まぁそんなことはわたしがさせないわ。
何が起きても大丈夫なように、一応準備はしているんですものね。
わたしたちの前には、両方から開く感じの大きな扉。
もう一人の執事が押すようにして開けてくれる。
そこはもう、城の建物の中。
わたしも知る場所がやっと見えてきた。
エリオットさんは、彼をロイドと呼んでいた。
わたしの記憶にあった名前は間違っていなかったようね。
そのロイドさんを先頭に、エリオットさん。
クリスエイルさん、マリサちゃん、わたしの順で廊下を進んでいく。
すると、突き当たりに、ひときわ立派な扉。
ここは確か、国王であるロードヴァットたちの私室。
あの日最後の夜、ウェルがお酒を飲んで気を許した場所よ。
忘れるわけがないわ。
あの悪夢が始まった場所なんだもの。
「陛下。公爵閣下がお見えになっています」
ロイドさんがそう言った。
すると奥から声が聞こえる。
これも忘れるわけないわね。
「はい。お通ししてください」
やや臆病な感じがするその声は、間違いなく国王のロードヴァットその人だった。
扉が開く。
そこには、テーブルの前に立って、マリサちゃんとクリスエイルさんを迎える二人の姿。
緊張の面持ちな、ロードヴァットとフェリアシエル。
「忙しいところ済まないね。失礼するよ」
前の訪問のときとは違い、彼の声には棘が感じられない。
表情も、前のように怖い感じがしなかったのだろう。
もちろん、マリサちゃんも穏やかなものだわ。
一応、ウェルの件『だけ』は、解決したことになっているんですものね。
思いのほか穏やかな二人の表情に、彼らはほっとした表情をしているわね。
けれど、それは驚きに戻っていく。
それはそうでしょう。
ロードヴァットの兄でもある、病弱だったクリスエイルさんが、マリサちゃんの補助を必要としないで、立っていられるのだから。
「あぁ。驚くのも無理はないか。この件については、後で説明するからね」
「は、はい」
ひとつ解決したと思ったら、今度はわたしを見て、不思議そうな顔をしてる。
侍女の服装をした、明らかに人間ではない女性がいるのだから。
仕方のないことでしょう。
わたしは昨日の打ち合わせ通り、二人の後ろで控えるエリオットさんの横に並んでいるわ。
だから『鬼人族の侍女』だと思ってくれたのでしょうね。
それにわたしの角の色。
この青く澄んだ色も気になって仕方がないのでしょうね。
わたしも噂でしか知らないのだけれど。
この青は、この国の国庫に大切に保管されている。
聖魔石の色と同じなのでしょうからね。
まぁ、それはクリスエイルさんの用事が済んだあとの話。
慌てなくてもしっかり調べさせてもらうのが、今日、わたしがここへ来た理由でもあるのだから。
「あぁ。彼女のことかい? 彼女はマリサの侍女だ。気にしないでくれると助かるよ」
「は、はい。わかりました。兄さん……」
「座っても良いかな?」
「はいっ。どうぞお座りください。義姉さんも、どうぞ」
「えぇ。失礼しますわね」
マリサちゃんと、クリスエイルさんが座ったあと、続くように二人も座ったわ。
「さて、今日の訪問はお前もわかっているかと思うが」
「はい」
ロードヴァットとフェリアシエルは、緊張した表情に戻ったわ。
「今日この日をもって、僕はこの国の、公爵位を返上させてもらうことになる」
「……やはり、そうでしたか」
やはり爵位返上の話なのね。
がっくりと落としたロードヴァットの両肩。
まったく迷いのないクリスエイル。
兄弟なのに、対照的な表情。
ロードヴァットからすれば、自分たちのしてしまったことから考えるに。
それはもう、避けられないことだと理解するしかなかったはずだわ。
以前はマリサちゃんに肩を借りなければならなかった彼も。
今はしっかりと立っていられる。
クリスエイルさんを取り巻く状況が大きく変わったのだと、認識せざるを得ない状況だったでしょう。
「だからね。僕は、妻マリサと息子ウェルの、報酬を貰いに来たんだ」
「はい」
「その報酬の代わりに、わが領の領民共々、領地ももらい受けるつもりだ。もちろん、マリサとウェルの両勇者がクレンラード王国にもたらした利益は、それくらいでは安いとは思うのだけれどね?」
「確かにそう、ですね……」
「先日、僕たちの息子のウェルが国王になった」
「そ、そうだったんですか?」
「国の名は、クレイテンベルグ。国王はもちろん、ウェル・クレイテンベルグだ」
「兄さんの家名を継いだということですね……」
「あぁそうだ。僕の家はウェルが引き継いでくれた。僕たちの夢。魔物の災害のない、穏やかな生活。それを実現しようとしてくれているのも我が息子だ。僕は先日、あの子に領地の大半を任せることにした。もちろん、開拓されていない荒れ地のような領都以外をだ。それでもあの子はやり遂げた。そして僕は、公爵でいる必要がなくなったんだ」
「それはなんとも……」
ロードヴァットの言葉の最後には、羨ましいというのがあるのでしょうね。
彼らもウェルのことを、弟のように可愛がっていたのを知ってるわ。
ただ、それでも娘だった二人を制御できなかったんですもの。
二十年近くもかけて築いた良好な関係を、崩してしまったのも彼らなのですから。
「近隣国家とはいえ、知らないのは仕方のないことだよ。ウェルは、前にここへお邪魔したと聞いた。そのとき、『魔族の王。魔王である』と宣言したらしいのだけれど」
クリスエイルさんったら、悪い笑みを浮かべているわね。
あら?
マリサちゃんも同じだわ。
ほんと、似たもの夫婦なのね。
二人って。
「あぁ。あの言葉は、そういう意味だったのですね……」
「ロードヴァット」
「はい」
「あれ以来、魔物の被害はないだろう?」
「はい。発見の報告はないと聞いています」
「それはそうだよ。ウェルたちが頑張って駆除してくれているんだ。おかげで君たちは、魔物に怯えることのない、普通の生活を送ることができている。違うかね?」
「はい。それはとてもありがたいことだと思っております」
「そうだね。あの頭の悪い騎士団長もいないことだから」
「はい。恥ずかしい限りです……」
「おそらくはこの大陸でも、一番の安全な国と言えるだろう」
そうね。
魔獣災害を気にしなくても良い国なんて、ないでしょうから。
そんな夢のような国、わたしが勇者だった頃も聞いたことがなかったわ。
人間よりも強いはずの鬼人族ですらあのような状態だったのよ。
今のこの国は、ある意味幸せなのかもしれないわ。
「はい。その通りです」
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