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第六十一話 開通式の日、父の決心。その1

 【エルシー視点】


 わたしはデリラちゃんのおでこに口づけ。

 わたしの可愛い息子ウェルの娘。

 わたしの可愛い娘のナタリアさんの娘。

 わたしを『エルシーちゃん』と呼ぶ、ただひとりの可愛い孫娘。


『わたし、行くわね』


 そのままウェルの耳元で囁く。

 ウェルの目は『(うん。いってらっしゃい)』って言ってる感じがした。

 けれどね。

 この姿だと、あなたの考えは読めないの。

 聞こえるわけないじゃないの?

 ほんっと、おバカねぇ……

 そんなところも可愛らしいんですけどね。

 まぁそれでも、長年の女の勘がそう言ってるって教えるのよ。

 これでもあなたの母親だと思っているひとりなのだから。


 ウェルの肩越しにナタリアちゃんへウィンク。

 彼女は黙礼と笑顔で応えてくれる。

 ほんと、良い娘をもらったわ。

 感謝するのよ?

 ウェル。


 執事のルオーラさん、エリオットさんを見て手を振って。

 わたしは踵を返して、勝手知ったるクリスエイルさんの邸宅内へ。


 街道の開通式は昼からだから。

 これからの用事が終わるまでは、ウェルたちはお部屋でお留守番。

 ナタリアちゃんと一緒に、まだ薄暗い時間だからデリラちゃんの寝顔を見て幸せそうにしてるでしょうね。

 ここのところ忙しかったのだから、二人の時間をゆっくりと過ごすといいわ。


 途中、使用人さんたちがわたしを見て会釈してくれるの。

 すれ違いながら、笑顔で手を振っておくわ。

 旧領都(こっち)でもわたし、結構人気者なのよ。

 精霊であるわたしの、こんな仮初めの身体なのだけど。

 ひとりの人間として、接してくれるのはとても嬉しいわ。

 クリスエイルさんのことだから、精霊だと周知は済んでるんでしょうけどね。


 わたしはドアをノックする。

 コンコンと小気味の良い音がするわ。


「わたし。入ってもいいかしら?」

『はい。お入りください』


 奥からクリスエイルさんの声が聞こえてくる。

 ドアを開けると、マリサちゃんとクリスエイルさんが、お茶を飲みながら待ってくれてたわ。


「おはようございます、エルシー様」

「おはようございます。お忙しい中、ご足労ありがとうございます」

「おはよう。昨夜は眠れたかしら?」


 わたしは今日の主役、クリスエイルさんの顔を見たの。


「えぇ。昨夜は少しだけこれをやりまして。寝付きも最高でした。ナタリアさんのおかげで、身体もこの通りです。物心ついたとき以来、一番良いのではないかと思うほどですよ」


 彼はウェルのことを『ウェル君』、ナタリアちゃんのことを『ナタリアさん』と呼ぶ。

 二人のたった一人の父親。

 わたしはウェル勇者になる前。

 まだマリサちゃんが勇者だった、彼に恋心を抱いていた頃から、彼のことを知ってるわ。

 前は確かに、辛い身体を引きずっていながらも、笑顔で誤魔化す困った子だったのよね。

 それでも今の彼の笑顔は本物よ。

 良い顔をするようになったわね。


 その証拠に、となりに座るマリサちゃんの笑顔。

 新婚の奥さんのような、とても穏やかな、うっとりとした彼を見る目。

 こう見えても、恋愛して一緒になったそうだから。

 お互い一目惚れだったなんて、本当に奇跡の出会いだったのよね。


「二人とも、準備はいいかしら?」

「はい。エルシー様。ロードヴァットにはエリオットを通して、通知が済んでおります」

「ところでクリスエイルさん」

「はい。何でしょうか?」


 クリスエイルさんは佇まいを直し、背筋を伸ばしてわたしに向き直る。


「ウェルにするように、もう少し砕けた感じの話し方にならないのかしら、ね?」

「ふふふ」


 あらやっぱり、マリサちゃんは気づいていたみたいね。

 わたしは今日、彼らが行う予定を知っている。

 だけどわたしにとっては、修羅場にはなり得ない大したことのないもの。

 気を引き締めるような話をするわけないでしょう?


 緊張していた表情を少し緩めるクリスエイルさん。


「いえ、そのですね。こう言っては失礼かもしれないのですが……」

「いいわよ。言ってごらんなさい」

「はい。僕にとってエルシー様は、その。マリサの姉のような存在です。いわば義理の姉。その上、伝説上に存在する勇者のお一人ですよ? そんなあなたに、軽口を叩けるほど、僕は緩んだ育ちをしていませんので……」


 あら、困った表情(かお)にさせちゃったわね。


「いいのよ。ごめんなさいね。ウェルに話すときの口調、わたし結構気に入ってるのよ?」

「そうだったのですね。ん――、ありがとうございます。エルシー様」

「エルシー様。緊張をほぐしてくれているのはわかってます。この人をあまりいじめないであげてくださいね」

「わかったわよ。ほら、外でエリオットさんが待ってるはずよ。そろそろ行かないのかしら?」

「はい。マリサ、行こうか?」

「えぇ。あなた」


 一度わたしは、大太刀の姿に戻る。

 その後、すぐに人の姿へ。

 するとわたしの服装は変化してた。

 この程度は、今のわたしには楽なもの。

 ここに来る途中、すれ違った侍女さんの服装を真似たものなのね。


「エルシー様。その、角はどうされるのですか?」


 わたしの青い角。

 これは別に隠す必要はないわ。


「いいんですよ。わたしはほら『鬼人族の侍女』なのですから」

「お綺麗ですよ。エルシー様」

「あのねぇ。侍女を褒めてどうするのです?」

「あ、その……」

「ほんと、昔から変わらないわね。そういう可愛らしいところ、大好きよ」


 二人と一緒に部屋を出て、屋敷の外に停まっていた馬車へ乗り込んだわ。


「お館様。奥様。エルシー様。お待ちしておりました」


 この館の執事、エリオットさん。

 二人を先に呼ぶのは良いことよ。

 わたしは前にお願いしたのよね。

 わたしよりも、二人を優先なさいって。

 執事として長い彼は、すぐに理解してくれたわ。


「ありがとう。エリオット」

「ありがとう。エリオットさん」

「よくわたしだって、わかったわね?」

「えぇ。その美しい角ですので」

「あらま――」


 最後にクリスエイルさんが乗り込むと、本日の目的の場所へ馬車は走り出す。

 そう。

 国境の整備が始まったその先。

 クレンラード王国、王都へ。


 いずれ国境となる公爵領旧領都(ここ)と王都との境を超えて、両側には何もないただ続く石畳の道。

 昨日までにウェルたちが仕上げていた道とも、旧領都とも少々違う。

 こちらは王都と同じ仕様、ちょっと稚拙に作られているようだわ。


 細かい石が埋められたちょっと凸凹した道。

 馬車の揺れも、そこそこ強くなってきたわね。

 ただそれは、王都に近くなるにつれて、揺れも収まりつつある。

 道自体の質が上がってきてるからなのでしょう。


 王都に入ったわ。

 まだ朝早いからでしょう。

 人の姿もそれほど見えない。


 この馬車はごくありふれた、お忍びで使うための、少しだけ高価なものだそうよ。

 マリサちゃんや、クリスエイルさんが乗ってるとは思わないのでしょうね。

 それよりも、商店などの、朝の準備が忙しいのでしょう。

 誰も振り返ることはないようだわ。


 わたしにはもう三百年は前の話。

 それでもつい昨年まで、ウェルの目を通して見ていたから、懐かしさは感じない。

 あの子は歩いてこの王都を回っていたわ。

 わたしが魔物――魔獣を感知するのを頼りにね。

 ほんとう、あの子は真面目過ぎるくらいに、良い子だったのよ。

 王都のこの人たちを、愛してたのでしょうね。


「――でも、人の心は扇動(だま)されてしまうものなのよね」


 わたしの手を握ってくれる、優しいマリサちゃん。


「えぇ。私もあのときは目を疑いましたわ」


 十九年も尽くしたウェルに石を投げた人たちのこと。

 それを防ぐことができなかった、張本人たちが住む城が見えてくる。

 クレイテンベルグの屋敷よりも大きな、クレンラード王国王城。

 そこは二人が今日、目的としている場所だったのね。



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勇者召喚に巻き込まれたけれど、勇者じゃなかったアラサーおじさん。暗殺者(アサシン)が見ただけでドン引きするような回復魔法の使い手になっていた。

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